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7/23

+Good morninG

少し不謹慎かもしれません(二度目)。

 彼女は目を覚ます。


「おはよう」


 今日は安息日。

 隣で眠るご主人様()を起こさないように気を付けながら、白いシーツを掻き分け、身を起こす。


 彼の安眠を妨げないように、カーテンは開けず、音をたてないように忍び足で寝室を出た。


 向かうのは明るい朝陽が差し込む、白を基調としたキッチン。

 赤いギンガムチェックのクロスがかかったテーブルを過ぎて、ブラインドをあげれば窓の向こうには、水平線。小高い丘にある小さな家は、海を見下ろすことができるのだ。


 目の前に広がる小さな庭には可憐な野花が咲いている。



 ☆



 きぃん、と遥か上空で飛行体が風を切る音に、ドードーは空を見上げる。しかし、容赦のない白い陽光に目の奥を灼かれ、鉄鳥の姿を望むことはなかった。

 光を際限なく吸い込むような濃い瞳に思えても、やはり限界があるのか、青年は耐えきれないように目を眇める。


 オーロックスもドードーにつられるように顔を上げた。しかし、彼は眩しさのせいでなく眉を顰める。そして吐き捨てるように悪態をついた。


「おーかた、お偉いさんが地球(ここ)から逃げ出したんだろ、」

「行く当てもないのに」


 数世紀も前から叫ばれていた化石燃料の枯渇は、結局、決定的な解決を見つからないまま、その終焉を迎えることとなった。


 人類は仕方なく、気まぐれな自然エネルギーに振り回されることを選択した。しかし、小手先だけで自然エネルギーを得ようと荒らした環境は、かえって人類を追い詰めることになった。手当たり次第に地球環境に手を加えた結果、それは予測不可能な異常気象となり、人類に牙をむいたのだ。


 人類は、目の前に迫る危機に対処療法的な策を講じることに追われ、余裕を失い、未来を見据えた文明の歩みを止めるしかなかった。


 そんな中、近年、惰性で運用されている文明が失われないうちにと、錆びついた技術をもって宇宙へと逃避する上級人類(金持ち)が増えているのだという。


 半ば諦観した口調で彼らはぼやく。


「俺だったら火星(近所)テラフォーミング(整備)するな、」

地球(自宅)整備できて(片づけられ)ないのに?」

「…… まあ、俺ら(ひきこもり)には関係ない話だ」


 オーロックスはふと、首から下げていた双眼鏡を双眸に当てた。


「おい、あれを見てみろよ」

「…… 旧受電基地?」


 オーロックスに促され、ドードーもまた双眼鏡を目に当てる。

 ドードーが見下ろした中山間地域には、遠い昔、まだこの地方が日本と名乗っていた当時に運用されていた宇宙太陽光発電機構(アマテラスシステム)の受電基地特有の形状をした建物が見えた。


 運用当時は日本各地にあった受電基地は、社会情勢の変化に伴う宇宙太陽光発電機構(アマテラスシステム)の縮小とともに、その数を大幅に減らした。

 現在、宇宙太陽光発電機構(アマテラスシステム)の大半は機能停止しているが、軌道衛星上に取り残された衛生群のいくつかは、まだ生きており、その寿命が尽きるまで、地上にエネルギーを送り続けているものもある。


「しかし、規模が小さいな」


 オーロックスは怪訝そうにつぶやいた。

 大規模なシステムのため、受電基地もそれなりに大きな施設のものが多い。しかし、山間にポツンと突き出た建物は、彼らが知る他の受電基地の十分の一にも満たない大きさだ。


「資料に載っていないのはそのせいか、」

「でもあの感じ、もしかしたら発電機構(システム)がまだ生きてるかもしれない」


 ドードーの言葉にオーロックスは頷く。

 オーロックスは傍らに止めていた軽貨物用四駆車(カーゴバン)の運転席を覗き込んだ。駆動部の温度を示すアナログメーターは規定値以下に下がっている。


「動けそう、」

「このポンコツ、」

「とりあえず、行ってみる?」

お宝(ロスト・テクノロジー)がありそうだしな」


 ドードーが運転席に、オーロックスは助手席側へと乗り込んだ。ドードーがアクセルを踏めば、助手席のシートベルトの装着を促す電子音が響く。


「こういうとこだけちゃんとしてるのムカつく」

「君、毎回それ言ってる」


 オーロックスがきちんとシートベルトを装着すれば、電子音が止む。そのことが一層腹正しそうに不貞腐れるオーロックスを、ドードーが揶揄するように笑う。


 彼らは通称、産業考古学“屋”(産考ヤー)だ。


 国として成り立たなくなる地域が増えた時、環境破壊が進んだエリアから人々は逃げ出した。そのため、現在、各地には廃都市(ゴーストタウン)が取り残されている。

 その廃都市を巡っては、人類が手放してしまった技術(ロスト・テクノロジー)を用いた工業用機械や生活用機器を回収(盗掘)しては、適切な施設で使用できるように提供する(売りつける)ことで生計を立てている。



 ☆



 ドードーは錆びつきのないゲートに眉を顰めた。オーロックスもいぶかしげに敷地内を覗き込む。


 エネルギー関連施設は、たとえ廃止された建物でも厳重な警備システムにより封鎖されていることが多い。しかし、目の前にある旧受電基地らしき建物は、義務教育を行う公立学校のような、どこか牧歌的な雰囲気がある。


 なにより、整備が行き届いている。廃都市にありがちな舗装を割る雑草や、壁を伝う蔓などはなく、柵に沿って植えられた庭木も剪定されていた。


「ここ現役なんじゃね?」

「人の気配はないみたいだけど」

「管理システムがまだ生きてるってことか。 量産型機械人形(カラクリ)がいたら当たりだな」


 量産型機械人形、通称カラクリとは、人型を模した作業用機械の一般総称だ。


 かつて、減少する人口を補うために、人造人間(ヒューマノイド)の開発が盛んにおこなわれた時代があった。


 特に、当時存在していた日本国では、熱心に開発は行われた。もともと完璧主義な気質を持つ国民性は、当初の目的を忘れたかのように、人造人間を人間に近づけることに夢中になった。


 それこそ、それら(・・・)に知性のみならず感情すら与えようとするほどに。


 一方、大陸にある連合国は、合理主義な思想により、人造人間(ヒューマノイド)を生活の道具だと割り切った。日本からの技術供与もあったが、不要な機能(感情回路など)は切り捨てられ、人の生活を補助することに特化した便利な道具(ガジェット)の一つとして汎用製品(コモディティ)化し、量産(マスプロ化)を行った。


 その後、主要な生産国は、連合国から宇宙太陽光発電機構(アマテラスシステム)の恩恵により比較的エネルギーを確保できていた日本へと移行した。その頃、製造された低性能型(スペックダウンタイプ)人造人間(ヒューマノイド)は、量産型機械人形(カラクリ)と呼ばれることになった。


 しかし、低性能型とは言え、機械人形(マンタイプのロボット)自体が失われた技術(ロストテクノロジー)である現在、カラクリは高額で取引されていた。


「というか、普通に乗り越えられそうな柵だよ」


 ドードーに応えるように、オーロックスは視線を柵へと投げた。

 結果、施設への侵入はとても簡単だった。


 二人が建物へ足を踏み入れれば、そこには施設を維持するためのカラクリたちが稼働していた。警備などの複合機能はない単一機能型なのか、カラクリは侵入者に対し無関心に各自の業務を遂行している。


「カラクリの中でも単機能型(廉価版)ばかりだが数があるし、今回は金になるな」


 すれ違うカラクリを見て値踏みをするオーロックスに対し、ドードーは腑に落ちないように各部屋を片っ端から開いていく。


「不用心すぎる、」

「そうだな、出入り自由だ」


 管制室に踏み入れば、確かに受電装置は正常に稼働していた。

 二人は壁一面の画面に表示された受電量と当施設での消費電力などの値を眺める。


「…… 待機モード並みの消費量だ、」

「ここではなにも(・・・)行われていないのか」


 二人は顔を見合わせた後、制御室を後にする。

 次いで入った制御室の隣の部屋は管理者の書斎のようだった。


 窓際に設置されたデスクと、壁一面を覆うガラス棚。そこにはラベリングされたファイルと、今となっては用途不明な機材が所狭しと押し込められている。


 ふと、ドードーが目を留めたのはその棚の一角だ。


「あれ? この人 …… 教科書で見たことある」


 表彰の証書や杯が並べられている中に混じるいくつかの集合写真。

 その一つをドードーが手に取れば、オーロックスが肩越しに覗き込んできた。

 オーロックスは写真の中の人物を見ると、「カンザキ博士と、助手の …… 名前は …… なんだっけ、ここまで出てるんだけど」と、手を喉元に宛ててみせる。


「真ん中にいる子は世界で最初の人造人間(ファーストガール)? じゃあこっちも機械人形(カラクリ)じゃなくて人造人間(ヒューマノイド)なのかな、」


 写真の中央には、明らかに東洋系ではない女性と、東洋系の青年が映っていた。二人の間には小さな女の子、そして明らかに人類とは異なる特徴をもった人工物(ヒューマノイド?)が佇んでいる。


 小さな女の子を模したそれは世界で一番有名な人造人間(ヒューマノイド)だ。


 教科書にも載っているそれは、世界で初めての人造人間ヒューマノイドとされる記念すべき機体だ。

 スラブ系のような、アジア系のような無国籍な容貌は、根強い人種問題を避けるため、その小さな体は、当時のエネルギー溶媒が循環できる限界の大きさだと記載されていたことをドードーは記憶している。


 傍に控えるよう立つ人造人間は、おおよそ成人サイズの体格(ボディ)だったが、一部、明らかに人と違う容貌である。これは、世界で初めての人造人間ヒューマノイドをお披露目されたときの学会が、あまりにも人に似た容貌は人類との区別がつかなくなると危惧し、2体目以降の人造人間(ヒューマノイド)には、人類と異なる部位を入れるよう要望が出たためだ。


 そして、その特徴は機械人形(カラクリ)の設計においても受け継がれていた。


「…… どうしてこんなものが、」


 ドードーの疑問に、オーロックスも首を傾げることしかできない。

 せめて情報を探ろうと、オーロックスは机の上の電子計算機(コンピュータ)に近寄った。それなりに古い型だが、文明の進歩が緩やかになった現状、オーロックスにも扱える代物だ。


「これも金になるな。好事家たちが喜ぶぞ、」


 データをあさっていたオーロックスが面白そうに口の端を歪めると、実行ボタン(エンターキー)を押した。


 途端、部屋の照明が暗転する。

 ドードーがオーロックスを問い詰める前に、つまらない書斎は、明るい浜辺へと姿を変えた。


 まるで瞬間移動をしてきたかのような錯覚に、ドードーは思わず身を反らす。波打ち際にある足元の動きに合わせて飛沫(しぶき)が跳ねた。


対立体(プロジェクション)投影(マッピング)、」


 ドードーの言葉にオーロックスは少年のような笑みを浮かべた。薄い色のその目は光の反射だけでなく、晴れた日の海面のように輝いている。


「すごい解像度だな。これはどこの景色なんだろう?」


 オーロックスが無作為に手を伸ばせば、どこかに動作追従センサが設置されているのか、極楽に棲むような色彩豊かな鳥が羽を休めにくる。彼が腕を下ろせば、カラフルな鳥は再び舞い上がり、空の彼方へと姿を消した。


「さあな、南の方みたいだが …… きれいな海だ」



 ☆



 彼はまだ起きてくる様子はない。

 彼女はコーヒーメーカーを駆動させると、キッチンの窓から庭先に咲いている小さな野花を認識した。


 可憐な花をテーブルフラワーにした場合における彼の反応を検証する。

 その際、以前、彼に花を渡したときの反応を考慮に入れた。


 咲いたばかりの朝顔の花を差し出したとき、彼は「ありがとう」と言ってはにかむように微笑んだ。そのことを良いことだと判断して、花が咲くたびに渡していたら、ある日彼は苦笑して言った。


「君の気持は本当に嬉しい。でも花は野にあるように、咲いたそのままの姿が好きなんだ。今度から花が咲いたら教えて。そして、一緒に見に行こう?」


 彼女はその言葉と、その時の彼の表情に最大値の重みを付与した。


 何度も験算した結果、彼女は花を摘むよりも、彼が目覚めた時に家の中にいた方がいい、と結論付ける。なにより、彼が自分を探すような行動は控えるべきだ。


 その時、玄関の方から音がした。

 彼女が玄関に向かえば、そこには二人の男性がいた。

 彼らは、彼女を見て明らかに驚いた表情を浮かべたので、彼女は唐突に姿を現して驚かせたことに軽い謝罪を口にする。


「あら、驚かせてごめんなさい。主人(マスター)のお客様でしょうか?」


 そんな予定は聞いていない。彼に確かめるべきか、検証を始める前に、一人が口を開いた。


「いや、俺たちは …… 偶然通りかかっただけなんだ。少し休ませてくれないか」


 青年の言葉に、彼女は現状を解析、承諾した場合の問題について、計算モデルを組み立て実行する。その結果、人には親切にするという規則に従い、彼女の行動は決定された。


「ゆっくりしていってください。ただ、主人(マスター)が休んでおりますので、あまり騒がないでくださいね」



 ☆



 施設から出た瞬間、ドードーはオーロックスに問いかける。


「よかったの?」

「あんな天国壊したら罰が(GOD)落ちんだろ(DAMN US)

「そうかもね、」


 オーロックスにしてはロマンチックな答えに、ドードーは神妙に頷いた。

 二人は敷地の外に駐車していた軽貨物用四駆車(カーゴバン)に乗り込む。今度は、運転席にオーロックス、助手席がドードーだ。


彼女(・・)、不思議な髪の色だった。カラクリなのかな?」

「さあな、でも少なくともアレは日本産業規格(JIS)には準拠していなかったけど、」

「え?」

本物のカラクリ(人造人間の模造品)だったら(JISマーク)があるだろ」


 オーロックスはハンドルから片手を離すと、自身の項に手を当てた。

 量産型の工業品であるカラクリには当時採用されていた安全規格マークがある。海賊版や模造品と区別する大事な指標だ。大体は項に当たるところに印字されていることが多い。


 合理主義なオーロックスの抜け目なさに、ドードーは半ば感心し、半ば呆れてみせた。


「持ち出したとしても販路探しが大変だしな」

「…… 主人(マスター)、起きてくる気配がなかったね」


 それどころか、施設内のどこにも生物が存在する痕跡はなかった。精密に組み立てられた機械が与えられた業務を遂行していただけだ。

 命令(オーダー)を書き換えるものがいないあの施設は、駆動システムが朽ちるまで、現在の状況が維持され続けるのだろう。


 ドードーの感傷的な口調に、オーロックスはどこか苦い表情を浮かべる。


「だから寝てんだろ、」

「…… 安らかに?」

「無駄だな、 …… やっぱりカラクリの一体でも持ってくればよかった、」


 オーロックスのぼやきに、「じゃあ戻る?」と、ドードーは煽る。言葉と共に彼が浮かべた表情の意味することを正確に悟り、オーロックスは決まり悪げに、アクセルを踏み込んだ。


 道路は山間に続いている。山の向こうは海があるはずだ。

 ドードーは波の音を思いだそうと目を閉じた。しかし、彼が知るのは、先ほど見た南の海ではなく、もっとずっと明度も彩度も低い、潮と言うよりも磯の匂いがする海。


 ドードーは顔をしかめる。そして、オーロックスに提案した。


「次は南に下ろうよ、」


 オーロックスは返事を口にする前に、南に続く道へとハンドルを切った。



 ☆



 必要最低限の家具が配置された簡素な室内に眠る彼と横たわる彼女。

 彼女の身体(ボディ)が起動準備に入るとともに、連動している室内の管理システムに信号が送信される。


 彼女の瞼が持ち上がる直前に、対立体(プロジェクション)投影(マッピング)により、部屋中に色が付いた。


 レースと花柄のカーテン、アースカラーを基調とした家具に、キルトカバーがかかったソファ。


 それから彼女は目を覚ます。


「おはよう」


 今日もまた安息日。

 隣で眠るご主人様()を起こさないように気を付けながら、彼女は白いシーツを掻き分け、身を起こす。

アマテラスシステムについては、『箱庭シリーズ』をご覧いただけると幸甚です(ダイマ)

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― 新着の感想 ―
[一言] お勧めされたので、読みにきました! あれからかなりの時が過ぎて日本ではなくなっていたとか、アマテラスシステムが壊れかけているとか、機械人形とか、それぞれの時代でいろいろなドラマがありそうで…
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