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生きる糧




「ラーメン美味かったな。ご馳走様でした」


「口に合って良かった。ちょっと歩こうか。食後の運動に、ね」


「そうだな。近くに公園とかあるのか?」


「うん。歩いて5分くらいの駅の向こう側に森林公園があるんだ」


「いい距離だな。行こうぜ」



「ねぇ、要さんは、弟さんを亡くしてから自暴自棄にはならなかったの?」


「ん〜、自暴自棄····とはちょい違うかな。弟の、駿の遺体を見て、あーホントに殺されたんだ。死んじゃったんだ。って実感してからは徐々に復讐に燃えてったって感じかな。仇討ちなんて企んだ時点である意味、自暴自棄になってたのかも知れないな」


「そうか····。僕は、復讐する勇気もなかったな」


「え?」


「僕のね、父が殺されたんだ。僕が16歳の時だったよ。父も祖父ほどじゃないけど有名な弁護士で、休む暇もないくらい忙しそうにしてたんだ。それでも合間をぬって家族で過ごす時間を作ってくれたりして、僕には自慢の父さんだった」


「良い親父さんだったんだな」


「····でもある日、父が仕事を終えて裁判所から出てきたところに車が猛スピードで突っ込んできて轢かれたんだ。即死だったらしい。担当した事件の犯人の家族に逆恨みされてね。母は気落ちして、生活がままならなくなって、だから僕は祖父に引き取られたんだ。そのまま、父と祖父に憧れてたのもあって弁護士を目指すことになったんだ」


「そうだったんだ····。辛いな」


「そうだね。でも、しつれな言い方かもしれないけど、要さんに比べたら幾分かマシじゃないかって思うよ。法で裁かれるし、自分には何もできないって逃げてただけなんだ。この世界の仕組みに甘えてたんだ。要さんは強いよ。自分の手で決着をつけようとした。たとえそれが正しくない事だって、僕は凄いと思う」


「そんな立派なもんじゃない。俺は弱かったんだ。感情の赴くままに行動して、駿を亡くしたばかりで大変な母さんを1人置き去りにして、さらに追い詰めたんだ。ただの親不孝(もん)だよ」


「なんかアレだね。聞けば聞くほど、どんな世界でも完璧じゃないし、なんでもかんでも上手くいくわけじゃないって思うね」


 いつの間にか公園に着いていた。俺たちは、話しながら木漏れ日の中をゆっくりと歩いた。


「そうだなー。もう世の中を恨んだりすんの馬鹿みたいに思えてくるよ」


「だね。要さんと出会えて本当に良かった。なんだか少し、心が軽くなった気がするよ」


「そりゃ良かった。····まぁ、俺もだよ」


「僕ね、当時は父さんとあまり話す時間も無かったせいか、最近は段々声や仕草も思い出せなくなってきててね。不安だったんだ。いつか父さんの事何も思い出せなくなるんじゃないかって。急な別れで、心の準備なんてできてなくて、父さんともっと過ごしたかったなって····」


 秤君は涙ぐんで言葉を詰まらせた。



 駿と最後に話したのは何だったかな。

 駿が殺されたあの日から考えていたけど、結局今まで思い出せていない。取り留めのない話だった事は覚えている。

 じいちゃんの米寿の誕生日会の話だったか、大学の話だったのか、母さんのポテサラ食いたいなって話だったっけか····。どれだったのか、はっきり思い出せない。


 記憶なんて曖昧この上ない物だな。

 また帰ってきてたらどうでもいいような話をして、すぐに忘れるんだから。駿の声とか話し方とかも、時間が経ったら忘れちゃうんだろうな。


 ずっと覚えといてやりたいのに。俺にとって駿はその程度の存在だったのかって聞かれたら、絶対違うって即答できる。

 でもたぶん、忘れていくんだ。会おうと思えばいつでも会えると思ってたんだ。

 近いうちに会えなくなるってわかってたら、もっとちゃんと憶えておこうって必死になって脳に焼き付けてたと思う。

 一緒に居れるのは当たり前じゃないって映画とかでよく見てたのに、まさか身近で起きるなんて思わないだろ。なんやかんやでじいちゃんになって、俺が先に死ぬんだろうって思ってたよ。



 ズキンと強烈な痛みが前頭部に走る。



 俺が小学1年生の時、隣で手を洗っていた子が、蛇口に水を掛けているのを見て理由を尋ねた。「洗う前の汚れた手で触ったからだよ。洗った手で触ると、せっかく洗った手がまた汚れるでしょ」と言って不思議そうな顔をしていた。

 少し馬鹿にされたような気がしてモヤっとしたが、同時に成程と唸った。それ以来、蛇口を洗わなければ触れなくなった。


 なんで今思い出したんだろう····。


 理解や納得をした事は深く遺るという事か。言動も想いも、脳に遺るのはいつだって深く納得がいったものばかりだ。

 でも、理解できなかったり納得がいかないものは幾度となく繰り返そうが遺らない。俺の脳は随分とアホみたいだ。皆そうなんだろうか?

 何もかも憶えてる奴なんかいないよな。仕方ないんだよ。死んでしまった奴の記憶が薄れていくのは。


 秤君の親父さんも怒ったりしないよ、だぶん。駿も怒らないよな。でもやっぱ、ちょっと寂しいよな。


 あの世で会えると思ってたのに、俺、よくわかんない所に来ちゃって。でも、まだ生きてるんだよ。兄ちゃんだけこんなんでごめんな。

 あれ? もしかして、駿も同じようにどっかに転移とかできてたりしないかな。

 だったらいいな。どこかで楽しく生きてくれてたら。魔法とか使える世界だと羨ましいな。せっかく別の世界に行けるなら、前は出来なかった事とかしてみたいじゃん。

 俺が来ちゃった世界なんなんだよ。魔法とか微塵も使えないし、結局胸糞悪いし。秤君はすっごい良い人だけども。

 でも、もし俺らが元々この世界に生きてたら、お前を苦しめた奴を懲らしめる事ができたんだろうな。俺はあんな間抜けな死に方しなかっただろうな。


 あー····、ヤバい。後悔しかないわ。俺まだ、死にたくなかったんだけどな······。




〜〜〜




──ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、──




「要…あなた、そろそろ起きなさいよ」




〜〜〜



──・・・あなた・・・そろそろ起きなさいよ──


「母さん····? 駿が····、俺····も····うっ」


「要さん? 要さん、大丈夫ですか。要さん!!」


「秤····君? あれ、なんだこれ····」


「要さん!! しっかりしてください!! 要さんっ!!」


「ダメだ····頭が····うぁっ······」



〜〜〜




──ピッ、ピッ、ピピッ、ピッ、ピピッ、──



「要? 要!!」



 ナースコールが鳴り響く。



「脳波が、今、脳波に少し変化があったんです!」



 なんだか、周囲がバタバタとしている。



〜〜〜



──かなめ? 要? 起きなさい。起きて! あなたまで逝かないでちょうだい──



「ごめん。俺····馬鹿で····」


「要さん、どうしたんですか? 要さんっ──」



〜〜〜



「ごめん。俺、馬鹿で····母さん。俺どうして····」



 目にとびこんできたのは、青ざめた顔でぐしゃぐしゃに泣きじゃくる母さんだった。



「要····。あなた還ってきたのね。良かった····。還ってきてくれてありがとう。本当に良かった。本当に····」



 母さんはその場で泣き崩れた。なんのこっちゃ分からない俺の身体が動かず、声を上げて泣き続ける母さんに手を添えてやることもできなかった。

 傍に居た看護師さんが言うには、俺は駿の仇討ちで返り討ちにあったが一命を取り留めた。

 だが、暫く生死を彷徨って、今の今まで眠ったままだったたらしい。


 俺はたった2日間のリアルすぎる夢を見ていたのかと思ったが、あながちそうでもないらしい。

 俺の起こした仇討ちがきっかけで、犯罪者の人権に対する考え方が改められる声があがっているそうだ。少しずつだが確実に、法律が被害者や遺族に寄り添う方向で改定されていく可能性があるらしい。

 刑罰も、あっちの世界で見たものに近づいていく流れになっているとか。



 被害者が馬鹿を見ない世界。正しく生きている人間が正しく生きていけるような世の中を作っていく。

 それが俺が還ってきた理由なのかもしれない。




 駿、俺が先立って世界を変えてやるよ。お前が馬鹿を見ない世界に──。




最後までお読み下さり、ありがとうございました。

初めての執筆で拙いものだったと思いますが、少しでも楽しんでもらえてたら幸いです。


次は長めのほっこりファンタジーを書いておりますので、近々載せます。

次作も読んでいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。


よつば 綴


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