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キノコの感度が上がっています

 王宮に到着すると、あっという間に大勢の女官に囲まれて、風呂に入れられ、磨かれ、着替えさせられた。

 馬車で緊張し通しだったせいで、アニエスには抵抗する気力もない。

 それに女性ならば、男性よりはキノコが生えにくいので安心だ。

 というか、安心するからキノコが生えにくいのだが。


 ドレスアップした頃には既に疲労困憊で、正直に言えば帰りたい。

 アニエスのために用意されていたのは、翡翠色と白の爽やかな色合いのドレス。

 翡翠色はアニエスの緑青の瞳に近くてよく馴染むし、桃花色の髪がより鮮やかに映えた。

 リボンやフリルといった可愛らしい装飾は控えめだが、花を模した白いレースが繊細で可憐な印象である。


 どうみても、一級品の生地だ。

 これだけ上質なドレスとなると、王族や上位の貴族の物を借りてきたのだろう。

 恐ろしすぎて、埃一つ付けたくない。

 思わずアニエスがため息をつくと、女官が髪型の希望を聞いてきた。


 今まではフィリップの要求で地味にまとめるだけだったし、髪飾りもほとんどつけなかった。

 髪型というよりも、桃花色の面積を減らす作業という感じで、特に思い入れはない。

 だが、もうそれに縛られる必要もないのだからと、髪はおろすことにした。


 アニエスの髪は隣国生まれの父の血のおかげで、桃花色という珍しい色だ。

 それゆえにこの国では嫌厭されがちだし、フィリップも目立たぬようにと要求していたのだから、クロードもきっと不快に思うだろう。

 これでさっさと帰れと言われれば、儲けものである。


 女官達はサイドの髪を少し編み込んで、翡翠の髪飾りで留めると、後は自然におろしてくれた。

 きっと触れるのも嫌だっただろうに、申し訳ないと思う。




 促されるままに部屋に通されて待っていると、扉を開けて入って来たのはモーリスだった。

 肩に生えていたキノコはもうない。

 取ったのか取れたのかはわからないが、とりあえず視界にキノコがないだけでアニエスの心に優しいので良しとする。


「お似合いですよ、アニエス様」

「はあ。ありがとうございます」

 よくよく考えてみれば、モーリスは騎士なのだからこんな役割をこなす必要はない。

 というか、きっと不本意だろう。


 王族の威光なのか、上官の命令なのか、同僚の頼みなのかはわからない。

 だが結局クロードが諦めない限り、モーリスはアニエスを連れてくるために頑張るしかない。

 ここにも、悲しい身分の差があった。

 同情と、キノコの反省で、少しだけモーリスに親近感が湧いた気がする。


「ところで、このドレスはどちらからお借りしたものでしょうか」

「借りる? これはアニエス様のために、殿下が作らせたものですよ」

 さらりととんでもないことを言われ、アニエスの動きが止まった。


 モーリスが前回ルフォール邸に来たのは三日前だが、あの後作らせたということか。

 確かに腕のいい仕立て屋に最優先で作ってもらえば不可能ではないかもしれないが、普通はありえない。

 背中のリボンで締め上げる形だからある程度は融通が利くにしても、サイズもぴったりなのは何故だ。



 一転して不信感を抱いたことで、モーリスの肩に白いキノコが生えた。

 白い針状のものがいくつも垂れていて、遠目にはふさふさしているようにも見える。

 確か、ヤマブーシダケという名前だったと思う。

 モップみたいな見た目なので、印象的で憶えている。


「……何故ですか」

「ドレスがないから参加できないと言ったのは、アニエス様ですよ?」


「そうではなく。何故そこまでして、私が参加しなくてはいけないのですか? フィリップ様との婚約も解消しますし、もう王家とは無関係になります。……それとも、元婚約者のために晒し者になれということでしょうか」

「そんな風に思っていたんですか?」

 目を瞬かせるモーリスは、本当に意外だという表情でアニエスを見つめる。


「それ以外に何があるんですか?」

「大体、招待したのはクロード殿下ですよ?」

「王族の名誉挽回のために、私を利用するつもりなのかと」

 すると、モーリスは大袈裟に首と手を振った。


「いやいや、まさか。色々アレですが、女性にそんなことをする人ではありません」

「でも、私の意思は押しのけて、ここまで連れてきましたよね?」

「それは、すみませんでした。ですが話をするためであって、アニエス様に不利なことをしようとしているわけではありません」

「それで、何の話なのかは教えてもらえないのですよね?」


 いつの間にかヤマブーシダケがもう一つ隣に並んでボリュームアップしているが、まだモーリスは気付いていない。

 どうせなら両肩に生えればバランスがいいのにと思っていると、瞬く間に反対の肩にもポンポンとキノコが生えた。

 両肩にヤマブーシダケを乗せた様は、まるで軍服の肩のふさふさした飾り……エポレットのようだ。


 これはいけない。

 このままでは、モーリスはただの菌床になってしまう。

 それも、気高きキノコの軍人バージョンだ。

 男性への恐怖はもちろん、感情が高ぶってもキノコは生える。

 アニエスは心を落ち着けようと深呼吸をした。



「ドレスまで着せたということは、舞踏会に出ろということですよね」

「是非、参加していただきたく」

 笑顔のモーリスの横では、キノコのエポレットが楽し気に揺れている。

 顔を中心にちゃんと対称に並んでいるあたり、アニエスの心情に影響されたらしい。


 やはり、以前よりもキノコの感度が上がっている。

 理由はわからないが、気を付けなければこのままではクロードをキノコまみれにしてしまうだろう。

 ……いや、いっそキノコ王子にしてしまって、追い出されればいいのか。


「ああ、でも。それでは家に迷惑が掛かりますね……」


「――迷惑とは、何だ?」

 扉を開けて入ってきたのは、花紺青の髪の美青年だった。


【今日のキノコ】

ヤマブシタケ(山伏茸)

軟らかい白い房状の無数のとげを丸い形に垂らしたキノコ。

ふわふわモコモコの毛玉に見えなくもない。

若いうちは真っ白で、段々褐色を帯びるらしいので、色の変化も楽しそう。

食用で、健康食品でもある。

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― 新着の感想 ―
[良い点] よくスーパーで見るきのこが出てきて妄想しやすかったです。エポレット! 前生えたきのこの行方も気になります。 ハッ。いかん。きのこのことしか…。
[良い点] いつか来ると思っていたヤマブシタケ。 思いのほか早い登場でした。 それに、まさかエポレットになろうとは、山伏もビックリです。
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