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今日はキノコスープです

「だいぶ、大きくなりましたね」

 畑に水を撒きながら、アニエスは薬草の成長具合を確認していた。


 少し前までは流行病用に精霊の加護付きの薬草をよく売りに行っていたが、最近では終息に向かいつつあると聞いた。

 となれば、加護付きの薬草を売るのはそろそろ潮時だろう。

 元々、実の父からも無闇に売ってはいけないと注意されていたし、今あるぶんを届けたらやめると店長に伝えたほうがいい。


 水やりを終えてちらりと見てみれば、青々と成長する薬草の中でひとつだけ妙に青っぽい緑色の葉っぱがある。

 葉の端は青々しているというよりも本当に青く、緑色の部分を経て、根本は完全に紫色だ。

 先日精霊に呼びかけて生えた芽が成長したものなのだが、形こそ普通の薬草とはいえ、色が明らかにおかしかった。


「これ……大丈夫なのでしょうか」


 グラニエ公爵の不調を改善したくて精霊に呼びかけ、その結果に生えてきたものだ。

 普通に考えれば、それなりの効果は見込めるはず。

 ただ、毒々しいと言って差し支えない色合いのせいで、少しばかり不安に思ってしまうのも仕方がないと思う。


「いえ。色で判断するのは良くないですよね」

 アニエス自身が髪の色で散々苦労しているのだ。

 たとえどう見ても毒草だとしても、精霊達を信じなければ失礼である。


「効くと、いいのですが……」


 番がいて強化されるというのもいまいち理解できないが、番がいないから衰弱というのもよくわからない。

 だが公式行事にすら出られないというのだから、体調が悪いのは間違いないのだろう。

 精霊達が授けてくれたこの薬草が、ほんの少しでも効くことを祈るばかりだ。



「姉さん、また庭にいたの?」

 ひょっこりと庭を覗いたケヴィンは、近付いてくると見る見るうちに眉を顰めた。


「……その薬草、何かした? 毒々しい色のやつ。妙じゃない?」

「妙、ですか」

 確かに色は良くないが、まさか佇まいからしてよろしくないとは。

 さすがにショックを受けていると、ケヴィンが眉間に皺を寄せながら加護の薬草を見つめている。


「何て言ったらいいのかな。空気が濃い?」

「いつもは、収穫した薬草に加護を貰っています。でもこれは、精霊さん達にお願いして生やしてもらった薬草です」

 普段の薬草との違いを説明すると、ケヴィンの眉間の皺が一気に深まった。


「それ、やばくない? どう考えても精霊の加護の力が割り増しだろう? ……これを売るのはやめた方がいいよ」

「これは、売りません。その……王弟殿下が体調不良らしくて。効くかもしれないと思って……」


 番に関することは恐らく言ってはいけないのだろうが、これでは押しかけ薬草だ。

 ただの伯爵令嬢が王弟に突然薬草を届けようなんて、不自然にもほどがある。

 怒られるだろうかと思いながら様子を見ていると、ケヴィンは大きなため息をついた。


「お人よしだな、姉さんは。クロード様経由で渡すんだよね?」

「え? たぶん、そうなると思います」


「なら、まあ大丈夫か。――いい? 姉さんの精霊の加護は珍しいの。妙なやつに目をつけられたら面倒なんだから、気を付けて」

「は、はい!」


 何だか先生と生徒のようなやりとりに、不思議な気持ちになる。

 ついこの間までアニエスの後ろを追いかける小さな男の子だったのに、いつの間にやら大人びてしまった。

 嬉しいような寂しいような複雑な感覚だが、これが我が子の成長を見守る母の気持ちというものかもしれない。



「まあ、姉さんが色々なことに興味を持って行動しようとしているのは、俺も嬉しい。どこかのへなちょこ王族のせいですっかり萎縮して、屋敷から出ることすら少なかったからね。……そういえば、最近来ないな。ようやく諦めたかな」


「フィリップ様、来ていないんですね」

「来なくていいけどね。来ても姉さんには会わせないけどね。……あれ? もしかして、前に姉さんが言っていたキノコの話。あれが本当に効いているんじゃない?」


「……この間の夜会で王族の皆様にお会いしましたが、フィリップ様はいませんでした。ここひと月ほど社交をしていないらしいです」

 アニエスの説明を聞いたケヴィンは、口元に手を当てて何やら考え始めた。


「王族であることが心の拠り所のフィリップ様だ。王族の集まりに出ないということは、理由があるはず。恐らく、姉さんのキノコ攻撃は効いたんだろう。……ということは、今頃フィリップ様は頭皮と毛根がもげてハゲ散らかした上に、局部にろくでもない痛みを抱えている……」

 鳶色の瞳をきらりと輝かせ、ケヴィンの口角がどんどん上がっていく。



「――俺、今、人生で一番キノコに感謝しているよ。よくやった、キノコ!」


 大声の賛辞に応えるかのように、ケヴィンの腕にキノコが生える。

 褐色の繊維状鱗片に覆われて白い地肌が見えるのは、マツターケだ。


「おお! おまえはマツターケだっけ? まあ何でもいいや。姉さんの積年の苦痛に対して、よくやってくれたよ。――今日はキノコスープだ!」

 腕からキノコをもいだケヴィンは赤ちゃんを抱き上げるかのようにキノコを持ち上げると、今日の献立を宣言した。


「――ええ? 感謝しているのに、食べちゃうんですか?」

 ショックを受けて叫ぶアニエスを見たケヴィンは、マツターケと見つめ合う。


「食べるのは駄目なのかな? でも、どうしたら……飾る?」

 ケヴィンが質問した途端、その腕と肩に所狭しとキノコが生えた。

 白褐色の傘で柄が白いのはブナシメージ、褐色の傘に太めの柄はホンシメージだ。


「……全部、食用ですね」

 アニエスが確認すると、歩く菌床状態のケヴィンは満面の笑みを浮かべた。


「キノコスープでいいみたいだね。よし、収穫だ。――こんなに晴れやかな気持ちで姉さんのキノコをむしったことはないよ!」

 御機嫌のケヴィンがどんどんキノコをむしって籠に入れるのだが、むしったそばからまたキノコが生えてくる。


「何だ、この無限キノコ。食べきれるかな」

 謎の言葉をつぶやきながらも、キノコをむしる手は止まらない。

 いよいよ籠からキノコが溢れそうになると、ケヴィンはふとアニエスに視線を移した。



「キノコはさあ。何だかよくわからない生え方をしていると思っていたけど……ちゃんと意味というか、意思があるのかな」

「意思、ですか?」

 キノコ狩りの手を止めると、ケヴィンは空の籠を取り出す。


「今までは姉さんの感情が負の方向に振れると生えることが多かっただろう? 最近は正の方向でも生えるし。段々意思疎通できているように見えるよ」

「キノコと、意思疎通……」

「まさに『キノコ姫』だね」


 苦笑するケヴィンに、何と言葉を返せばいいかわからない。

 ケヴィンに一片の悪気もないことは重々理解しているが、その呼び名はアニエスにとって決して気持ちのいいものではなかった。


「大丈夫。もう姉さんはフィリップ様から解放された。俺も、父さんも、クロード様もいる。……いつか堂々と『キノコ姫』を名乗って、キノコを生やすようになれるよ」

 二つ目の籠にキノコを入れながら、ケヴィンは笑う。


「……それ、いいんですか?」

「俺はわがままレディを目指してほしいけど、わがままキノコ姫でもいいよ」

 にやりと笑うケヴィンを見て、ようやくからかわれているのだと気付く。


「駄目じゃないですか。もう!」

 アニエスが呆れてため息をつくと、ケヴィンは更に笑う。

 その腕と肩で、キノコ達も楽し気に揺れていた。



年末年始同時連載「花嫁斡旋」は完結しました。

ありがとうございましたm(_ _)m



今日は美味しいキノコ祭りです!



【今日のキノコ】


マツタケ(「おねだりとご褒美」参照)

褐色の繊維状鱗片に覆われて白い地肌が見える、言わずと知れた高級キノコ。

食用キノコ界の重鎮の一人……一茸……一本?

『菌根菌倶楽部』の一員で、ホンシメジと仲がいい。

前回スイーツとの香りのバランスの関係で戦線離脱したので、今回はリベンジで生えてきた。

キノコ総攻撃の賛辞に対するお礼として、高級キノコの自分を惜しげもなく捧げる覚悟。


ブナシメジ(橅占地)

白褐色の傘に白い柄の食用キノコ。

栽培品が手軽に手に入り、調理法も様々なお馴染み&人気のキノコ。

「ホンシメジ」の名で売られることもあり、それがもとで菌糸のいざこざが起きたこともある。

キノコスープと聞いて、フィリップ撃退キノコ祭りで食してもらうべく喜び勇んで生えてきた。


ホンシメジ(本占地)

褐色の傘と太めの柄を持つ食用キノコ。

「香りマツタケ、味シメジ」のシメジで、当然見た目も味も申し分ない。

『菌根菌倶楽部』の一員で、マツタケと仲がいい。

シメジの名に関して昔ブナシメジと色々あったが、マツタケの仲裁による和解が成立。

今は愛され食用キノコ界を共に支える仲間として、仲良くしている。

マツタケ、ブナシメジと共に、今宵のルフォール家の食卓を盛り上げる所存。

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― 新着の感想 ―
[一言] 後書きのフリップです。 シイタケの養殖栽培を確立してくれたシイタケ博士には頭が上がらないですね。
[気になる点] >フリップ撃退キノコ祭りで~…… フィリップかな? [一言] 恐らくご存じだとは思いますが、マツタケ、昔は高級キノコじゃなかったんですよね。 今のシイタケ並みに一般家庭で普通に食べられ…
[一言] キノコの種類が多ければ多いほど、キノコスープは美味しい!のです バターたっぷりのキノコのポタージュ美味しそう
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