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わがままレディを目指すのなら

「今更だよ。もう立派にキノコ姫だって」

「そんな!」

 弟に残酷な現実を突きつけられ、アニエスはショックを隠せない。


「大丈夫、大丈夫。キノコ姫でも、姉さんは姉さんだから。それに、殿下は喜ぶと思うよ」

 確かにクロードはキノコを生やせば生やしただけ喜ぶだろう。

 だがそれは恋人ではなくて、ただのキノコ発生装置ではないだろうか。

 悩むアニエスの肩をケヴィンがポンポンと叩く。


「殿下の食の好みまでは知らないけどさ。姉さんが殿下のために作ったケーキなんだから、喜ぶに決まっている。キノコ姫でも喜ぶ。だから問題ないよ」


「そうですね。クロード様は優しいですから」

 仮に口に合わなくても、不味いと言って放り投げるようなことはしないだろう。

 キノコ姫のことはいったん置いておいて、とりあえずケーキの不安は少し解消できた。


「そうじゃなくてさ」

「お嬢様、殿下がお見えになったようです」

 テレーズの言葉に、アニエスは慌ててナイフを探し始める。



「私、これを切り分けます。ケヴィンは出迎えをしてくれますか?」

「まあ、いいけど。それよりも、着替えたら?」

「え?」


 ナイフを手に持ったアニエスは、何を言われたのかよくわからずに首を傾げた。

 今着ているのは、臙脂色のワンピースだ。


 フィリップ仕様のドレス類を処分して残ったのは、数着のワンピースと、クロードに贈られた華やかなドレスだけ。

 家で舞踏会のようなドレスを着るわけにもいかず、前回お出かけで深緑色のワンピースを着たので、今回は色を変えていたのだが。


「新しい服を仕立てなって言ったじゃない。殿下と一緒に仕立てるにしても、それまでは困るだろう」

「いえ。困っていませんが」


「あー、もう。あのへなちょこ王族、ろくな影響を残さないな! どこの世界に、数着の地味色ワンピースだけで過ごす伯爵令嬢がいるんだよ!」

 ケヴィンは忌々しそうに舌打ちをすると、扉に向かって歩く。


「とにかく俺は殿下をお出迎えするから。もう少し、何とかしておいて!」

 そう言うと、大きな音を立てて扉を閉めてしまった。


「な、何とかと言われても……ねえ」

「お任せください、お嬢様」


 同意を求めてテレーズに視線を送ると、にこりと笑みを返された。

 笑顔が怖いというのは、こういうことだろう。

 アニエスは思わずナイフを握りしめた。




 切り分けたケーキとティーセットをワゴンに乗せ、アニエスは部屋の前に立っていた。

 ここに到着してしばらくになるが、扉を叩く勇気がどうしても出ない。


「お嬢様、そろそろ参りましょう。殿下もお待ちですよ」

 テレーズの催促も何度目だろう。

 だが無理なものは無理なのだ。


「ま、待ってください。やっぱり直しましょう」

「いけません。このままで大丈夫です」

「でも」


「……ねえ、いつまでそこにいる気?」

 いつの間にか少し開いた扉から、ケヴィンが顔をのぞかせている。

「何しているの。さっさと入りなよ……」

 アニエスと目が合ったケヴィンは、合点がいったとばかりに深くうなずく。


「なるほど。それのせいか」

「だ、駄目ですよね? すぐに直します!」

 踵を返そうとするアニスの腕を、テレーズが放してくれない。


「いや、それでいいよ。よくやった、テレーズ」

「お褒めにあずかり光栄です」

 恭しく礼をすると、テレーズはアニエスの手をケヴィンに引き渡す。


「さあ、行くよ姉さん」

「え。でも。待って、待ってください」

「大丈夫」

 ケヴィンに手を引かれて部屋の中に入ると、ソファーに腰掛けるクロードの姿があった。



「ああ、アニエス。こんにちは……」


 目が合った瞬間から、クロードの視線が顔……というか髪に集中しているのがわかる。

 先ほどまでは作業用にひとつに束ねていたものを、テレーズに緩い編み込みにされた。

 その上、編み込みのところどころには小さな白い花を挿してある。


 編み込みはまだ何とかなるとしても、舞踏会でも何でもないのに花を飾るだなんて、恥ずかしすぎる。

 花自体は好きだが、似合わないのだから余計なことはしないほうがいい。

 無言の視線に耐えられなくなる寸前、クロードの口がようやく開いた。


「その髪」

「――すぐに直してきます!」


 すべての言葉を聞く勇気が出ず、ケヴィンの手を振り払うと急いで扉に向かう。

 だが、いつの間にかすぐそばに来ていたクロードが、アニエスの手をつかんだ。


「直す? 何故?」

「だって」

 逃げられないので渋々クロードに向き直すと、優しい笑みがそこにはあった。


「とても似合っているよ。そのままでいい。可愛い」

 褒められれば、嬉しい。

 だがこうも胸が苦しいと、いっそ貶してもらったほうがいいのかもしれない、という錯覚に陥ってしままう。



「ほら、言っただろう姉さん。大丈夫だって」

「でも」


 この場合の大丈夫というのは、何が大丈夫なのだろう。

 アニエスの鼓動でいうのなら、激しいので全然大丈夫ではないのだが。

 するとクロードは部屋の入口に置いてあった花瓶から、黄色い花を抜き取り、アニエスの髪に挿した。


「ほら。もっと可愛くなった」

「そんなことは」

 破裂音と共に、クロードの肩には黄色い棒状のキノコが生えている。

 だが、今はキソウメンターケにかまっている余裕はない。


「ある。よし、わかった。次の夜会には花をたくさん飾って参加しよう。ドレスも花モチーフで、うんと華やかにしようね」


「ああ、いいですね、それ」

 ケヴィンは楽し気に相槌を打つと、ちらりとアニエスに視線を送る。


「姉さん。わがままレディを目指すのなら、ここで宝石をねだるくらいじゃないと駄目だよ」

「――目指していません!」



募集した推しキノコ、順次登場しています!

ヽ(=´▽`=)ノ


「花嫁斡旋」も同時連載中です。

よろしければ、ご覧ください。




【今日のキノコ】


キソウメンタケ(黄素麺茸)

地面からフライドポテトがニョキニョキという感じの、黄色い棒状のキノコ。

素麺の名を冠するだけあって食べられるが、食べ応えがないらしく食用としての価値は低い。

そして、食べるのには勇気が必要らしい。

自分は勇気の証なのだと、ちょっと誇らし気にニョキニョキしている。

扉を叩く勇気が出ないというアニエスに、勇気をわけてあげようと生えてきた。

だがタイミングを間違えたせいで、いちゃつく二人を特等席(肩)で観賞する羽目になった。

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「竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~」

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西根羽南のHP「キノコ姫」紹介ページ ※AudioBookもこちら

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― 新着の感想 ―
[一言] 最近ケヴィンが過去のへなちょこ遺物に怒りまくってるので、マイタケとヨーグルトの菌活でカルシウムを摂って欲しい感じです。まあクロード様がアニエスを幸せにしてくれれば全て解決でしょうけれど(*´…
[一言] アニエス頑張って!! 自己肯定感死んでから、 蘇生まで時間と手間がかかるだろうけど、 クロードが何とかしてくれると信じてます。
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