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貧乏くじ同士です

「ここなら、人は来ない」

 花の咲き誇る庭の四阿(あずまや)に腰を下ろすと、甘い香りが風に乗って運ばれてくる。


「でも、クロード様は他の方にご挨拶もありますよね? 私はここにいますので、どうぞ」


 王族に挨拶をしたいという貴族は山のようにいるし、それの相手をするのも仕事だ。

 今日は他の王子も揃っているとはいえ、クロードだけ何もしないで休んでいるわけにはいかないだろう。


 本来ならばアニエスもそれに付き従うべきなのだろうが、正直、疲れてしまってつらい。

 それにまだ婚約者でも何でもない以上、そばにいることでかえって迷惑をかけるかもしれなかった。


「アニエスをひとりにして、行くと思う? 今日は王族に紹介できれば十分だよ」

「……はい」

 そんなことはないとは思うが、これはきっとアニエスの疲労を見越して言ってくれているのだろう。


「グザヴィエ兄上には以前に会ったと思うけれど。他の王子と会うのは、初めてだよね」

「はい」

「やはり、フィリップは俺達とアニエスを会わせないようにしていたんだろうな」

 何の話だろうと首を傾げると、クロードが鈍色の瞳を細めた。



「前にも言ったろう? ありえないんだよ、王族が集う場に一度も婚約者を連れて来ないなんて。誰もフィリップに興味はなかったし、陛下は会っているから気にする理由がなかった。……それを逆手に取ったな」


「でも何故。やはり、私のこの髪を王族の皆様にお見せして、気分を害してはいけないからでしょうか」

 アニエスが自身の髪をつまむと、クロードはその手を包み込むように握りしめる。


「何度でも言うよ? アニエスの髪はとても綺麗だ。嫉妬する奴や風習にとらわれる奴もいるだろうが、大半は綺麗だと認識する。……俺の言うことが、信じられない?」

 そのまま指に唇を落とされ、アニエスの肩が震えた。


「そ、そういうわけでは」

 慌てて手を引くアニエスを見て、クロードは小さなため息をついた。

 いつの間にか、その腕にはキノコが生えている。

 黄褐色の傘は、ヤマドリタケモドーキだろう。

 だが突然の指へのキスに動揺しているアニエスは、キノコどころではない。


「ケヴィンの言う通りだな。アニエスは、わがままレディを目指すくらいでちょうどいい」

 キノコをむしったクロードは、傘を撫でるとポケットにしまった。



「……フィリップが何故王族の端くれなのかは、知っている?」

「フィリップ様のお母様が国王陛下の妹なのですよね。侯爵家に降嫁して、その侯爵がお亡くなりになり、王家に戻られたと聞いています」


 多少疑問はあったが、婚約当時のアニエスは貴族社会のことなど、まったくわからなかった。

 なので、聞いた話をそのまま受け入れていた。


「それは、フィリップから聞いた話だろう? ルフォール伯爵からは何と聞いた?」

「フィリップ様がそのまま王族に残らず、婚姻と共に王族を外れるのは、本人ではなくて母親のほうに理由があると聞いています。フィリップ様も不憫だ、と」


 よくはわからなかったが、それ以上ブノワは教えてくれなかった。

 何にしてもフィリップも色々抱えているのかと、少し親近感を持ったのを覚えている。


「公にされているのはそこまでだから、事実を知っていてもアニエスに言うわけにはいかなかったんだろう。……フィリップの母親は陛下の妹。つまり俺にとっては叔母にあたる」

 フィリップは国王の甥なのだから当然ではあるが、改めて言われるとフィリップとクロードはかなり近しい血縁なのだ。



「叔母は元々、デカルト侯爵に嫁いでいた。何でも叔母のひとめぼれらしく、当時既に婚約者がいた侯爵に無理に結婚を迫った形らしい。それでフィリップが生まれたんだが、侯爵は若くして亡くなってしまった」

 フィリップの母の行動力に驚かされるが、相手は国王の妹。

 侯爵といえども未婚の状態では従うしかなかったのだろう。


「本来ならばデカルト侯爵夫人として家を支え、フィリップが成人するのを待つ。だが、叔母はすべてを投げ出して王家に戻ると主張した。馬鹿げた話だし、本来は一蹴して終わりだ。だが叔母は本当に何もせずに王宮に引きこもった」


 仮に夫を亡くした悲しみ故としても、さすがに家を放置して実家に戻るというのは無責任だ。

 侯爵が亡くなった以上、その代理は侯爵夫人であり、次期侯爵のフィリップのためにも頑張るべきところではないのか。


「そのうち、無理やり結婚したことでよく思っていなかった侯爵の弟が、自分が継ぐと言い出した。陛下も愚かとはいえ妹を捨て置けず、王家に戻ることを許したんだ。その代わりに、今後デカルト侯爵家には関わらないこと。フィリップに家督を継ぐ権利はないこと。フィリップは婚姻と共に王族から外し、叔母は同時に遠方の離宮に行くことが決められたんだ」

 一気に説明したクロードは、一旦休憩とばかりに息を吐く。



「フィリップは本来継ぐはずだった侯爵位を失った。今は王族だが、それもいずれ外される。ごたごたを嫌った貴族達からは、腫物のように扱われていたらしい」

「そうだったんですか」


 王族を外れるということしか知らなかったが、こうして聞いてみるとフィリップには何も責がない。

 フィリップの母親には一度だけ会ったことがあるが、アニエスには微塵の興味もない素振りだった。

 髪の色で嫌われているのだろうとばかり思っていたが、そもそも自分以外には興味がなかったのかもしれない。


「少なくとも、この時点でフィリップには何の咎もなく、境遇が面倒とはいえ同情する声も多かった。だが、いざ本人が社交を始めるとあの態度だ。アニエスと婚約するまで、かなりの数の打診を断られていたと聞く」


「では私に貧乏くじが回ってきたようなものですね。ですが私もかなりの貧乏くじです。……ある意味、お似合いだったのかもしれません」


 フィリップと一緒に夜会に行っても、ほとんど話しかけられることはなかった。

 アニエスのせいだとばかり思っていたが、多少はフィリップも避けられていたのだろう。

 だが、それを聞いたクロードの鈍色の瞳が鋭く光った。



ランキング入りありがとうございます。

「花嫁斡旋」も同時連載中です。




【今日のキノコ】


ヤマドリタケモドキ(山鳥茸擬き)

黄褐色の傘を持ち、湿気が多いと表面がヌメるキノコ。

ヤマドリタケ(ポルチーニ)によく似ており、同様に美味しい。

何だか深刻な話をしているので、「良かったら食べて元気を出して」と生えてきた。

モドキという名前ではあるが、味と香りには自信があり、パスタがおすすめ。

クロードに傘を撫でられ、満更でもない。

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