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キノコと自己肯定感

「本当に、俺が隣なの? せっかくのデートだろう?」

 馬車に乗るなり隣を確保したアニエスを見て、ケヴィンが呆れている。


「練習ですよ、練習」

 最初からクロードと二人きりなんて、難易度が高すぎる。

 今回は慣れるための練習なのだから、ケヴィンが隣に座るのは譲れない事項だ。


「いいよ。緊張して気分が悪くなるといけない。アニエスの言う通り、今日はあくまでも練習。それに、正面もアニエスがよく見えていいよ」


 クロードのまさかの発言に、ポンという破裂音が馬車内に響く。

 灰色の傘に年輪のような溝があるのは、コフキサルノコシカーケだ。

 クロードの膝に生えたおかげで、ちょっとした防具に見えなくもない。


「本当に、キノコがよく生えるね」

「すみません」

 アニエスが条件反射で頭を下げると、クロードは苦笑しながらキノコをむしり取った。


「謝らないで。むしろお礼を言いたいくらいだよ。アニエスが生やすキノコは、傘の張りも美しさも素晴らしいものばかりだ。このコフキサルノコシカーケだって、環溝が綺麗に出ていて頑丈で……」


「あ、あの。キノコの話はもういいです」

 このあたりで止めないと、きっとクロードはどこまでもキノコ話を続けるだろう。

 そうなれば二次キノコの危険も増すので、よろしくない。


「ああ、ごめん。あまりに美しいキノコだったから」

 さらりとキノコを褒めるクロードをみて、アニエスの中でふと疑問が湧いてきた。



「クロード様はキノコがお好きですよね。キノコの姿も好きなんですよね」

「ああ、もちろん」

「それはつまり、私はキノコ似ということでしょうか」

「え?」

 キノコをポケットに入れると、クロードが不思議そうに瞬く。


「服の色も落ち着いているのでキノコ似ですし、キノコを生やしますし、キノコとして好ましいのでしょうか」

 真剣に問うアニエスに、ケヴィンがため息をついた。


「すみません、殿下。見ての通り、フィリップ様のせいですっかり自己肯定感が低空……いえ地中に埋まっていまして。ようやく地面から顔を出したところです」


 そう言うや否や、ケヴィンの手の甲にセイヨウショウーロが生える。

 大理石状の模様を持ち、小さな突起が無数に見られる塊状のキノコは、あっという間にケヴィンにむしられた。


「面倒ですが、よろしくお願いいたします。……ところで、これは何キノコですか」

「大丈夫。前にも言っただろう? 俺にはアニエスだけだし、いくらでも待てる。……それはセイヨウショウーロ。香りが良い高級食用キノコだよ」

 つまんだキノコをまじまじと眺めたケヴィンは、そのままクロードにキノコを手渡した。


「惚気とキノコ情報をありがとうございます。これは差し上げます。……やっぱり俺、家に残ったほうが良かったかな」

「駄目ですったら!」

 ここで馬車を降りられてはたまらないと、アニエスは必死にケヴィンにしがみつく。

 それを見た二人は困ったように苦笑いを浮かべた。



「……そういえば、フィリップはルフォール邸に来ていない?」

「はい、今のところは。このまま地の底でおとなしくしてくれればいいのですが」

 何故フィリップが地の底にいる前提なのかはわからないが、それがあながち間違いでもないかもしれないのが怖い。


 フィリップは王太子の結婚を祝う舞踏会で、大量のキノコの攻撃に遭っている。

 どの程度影響があったのかは不明だが、仮にすべての攻撃が効いているとすると、まだ体調が戻っていないのかもしれない。


「また来ると思うか?」

「そうですね。方法はまったくこれっぽっちも理解できませんが、姉さんを特別に想っていたことは事実です。だからこそ、俺と父ははじめ、気付くことができませんでした」


「特別?」

 フィリップとアニエスは互いの都合があったので婚約しただけで、その間には家族のような情があっただけだ。

 それすらもアニエスの独りよがりで、フィリップはルフォール家のことなど考えていなかったのだが。


「……この通り、本人には伝わっていないのが救いです」

 何だかかわいそうなものを見る目を向けられているのは、気のせいだろうか。


「まあ、何にしてもフィリップのしたことは許せない。――アニエスの人格の、根底を歪めたんだからね」

 クロードの鈍色の瞳が鋭く光るが、すぐに表情が和らいだ。

「……ただ、おかげで他の男にとられずに済んだというのはある。挨拶をするくらいなら許せるかな」


「殿下は優しいですね。俺は顔も見たくありません。……まあ、殿下と姉さんがいちゃつくのを見て悔しがる顔なら、見たいですが」

 吐き捨てるようにそう言うケヴィンは、表情こそそこまで変わらないが、怒っていることがうかがい知れた。


「……ケヴィンもさあ、アニエスが好きだよね」

「そうですね。大切な姉です」

「それだけ?」


「正直に言うと、初恋は姉さんです」



年末年始の同時連載については、活動報告をご覧ください。



【今日のキノコ】


コフキサルノコシカケ(粉吹猿腰掛)

傘は灰色や白っぽい茶褐色などで、年輪のような環溝がある。

年々成長するので、大きいものは五十センチほどになることも。

名前の通り座っても崩れない耐久性を持ち、頑丈で壊れにくいキノコ……もはやキノコというよりも、家具の説明。

成長期の傘の裏にメッセージを入れると二度と消えないし、磨くと光沢が出て置物にもなる……やっぱり、家具かもしれない。

『木材腐朽菌倶楽部』の一員。

食用ではない……座れる頑丈なキノコを食べようとしないでほしい。

座る位置の話をしていたのを聞き、「よかったら座る?」と生えてきた。


セイヨウショウロ(西洋松露)

大理石状の模様を持ち、小さな突起が無数に見られる塊状のキノコ。

いわゆるトリュフで、三大珍味にも数えられる高級食用キノコ。

白と黒で値段が違いすぎるのが、目下の悩み。

地中に埋まっていると聞き、呼ばれたと思って喜び勇んで生えてきた。

今回もクロードに渡されてしまったが、たまにはアニエスの食卓を飾りたいと思っている。

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