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俺は、好きだよ

 アニエスの声に反応するように、ケヴィンの腕に灰褐色の傘のキノコが生えた。

 黒褐色のイボのせいでヒョウ柄のようにも見えるのは、ヘビキノコモドーキだろう。


「うわあ、珍しい。俺にもキノコが生えたよ。やっぱりキノコが生えやすくなってるね」

「な、何ですか。恋人って!」

 焦るアニエスに構わず、ケヴィンは腕に生えているヘビキノコモドーキをつついている。


「え? 違うの? だって婚約はまだなんでしょう?」

「こ、婚約!」

 恋人という単語の時点で胸がドキドキしているのに、更に強力な言葉を浴びせてくるとは。


「私は別に……何てことを言うんですか、ケヴィン!」

 熱を持つ頬をどうにか冷まそうと声を上げるが、ケヴィンはまったく気にする様子もない。


「えー? だってさあ、フィリップ様とは晴れて婚約解消したし、殿下の番なんだろう? 魂の伴侶、だっけ。で、まだ婚約していないんだから……とりあえず恋人じゃないの?」

「それは。でも、そんな話はまだ……」


 確かに好意は伝えられたし番だとも言われた。

 だが恋人になるという話はしていないのだが。

 困惑するアニエスを見て、ケヴィンは肩をすくめる。



「殿下はもっと押していく人なのかと思っていましたが……」

 ちらりとケヴィンが視線を動かすと、鈍色の瞳の美青年は笑みを浮かべた。


「うん? 番で魂の伴侶というのは間違いないよ。でもアニエスにはアニエスのペースがあるからね。まずは親しい友人からでもいいとは思っている」


 ――いい人だ。

 アニエスは心の底からクロードに感謝した。

 キノコを両肩と腕と手の甲に乗せている変態なのに、輝いて見えるほどだ。


「意外と気長なんですね」

「そ、そうですよね。親しい友人からですよね!」

 気持ちの温度差が激しいルフォール姉弟を眺めながら、クロードは両肩と腕のキノコをむしり取る。


「そうだね。アニエスが俺のことをどう思っているかによるけれど」

「え?」

 テーブルにキノコを並べたクロードは、手の甲のキノコもむしり始めた。


「俺のことを好きだと思ってくれるなら、恋人と言っていいよね」

「え? そ、そうですね?」

 勢いに押されてうなずくアニエスを見ると、クロードは鈍色の瞳を細める。


「それで? アニエスは俺のこと、好き?」

「はい?」

 急な展開に、思わず声が上擦ってしまう。


「――俺は、好きだよ」



 ケヴィンが口笛を吹き、それに合わせるかのようにキノコをむしったばかりのクロードの腕に、一気にキノコが生えた。

 乳白色の小さなキノコはオトメノカーサ、半円球で扁平な緋色のキノコはヒイロターケだろう。

 だがそれどころではないアニエスは、ようやく冷めかけた頬が今度こそ真っ赤に染まるのがわかった。


「アニエスは?」

「うぇっ?」

 妙な声が口から飛び出したが、クロードは笑みを浮かべたままこちらを見つめている。


「俺のこと、嫌い?」

「き、嫌いじゃない、です」

「じゃあ、好き?」

 鈍色の瞳にまっすぐに見つめられ、アニエスの頬はそろそろ溶け落ちそうだ。


「う。……は、はい……」

 どうにもならない胸の苦しさに、ケヴィンの腕にしがみついたままうなずく。

 それを見たクロードは満足そうにうなずくと、腕に生えたキノコをむしる。


「うん。それじゃあ、恋人同士でいいね」

 驚いて否定しようとするが、満面の笑みを向けられて言葉を失う。

 たとえ手に溢れんばかりのキノコを持っていようとも、好きな人の笑顔というものは強力なのだ。


「は……はい……」

「姉さん、シャツが破けるよ。ちょっと放して」

「無理です。ケヴィン、行かないでください……」

 現在唯一の頼れそうな存在を逃すまいと、ケヴィンの腕に縋りつく。



「困った姉さんだなあ。……まあ、殿下が引きっぱなしじゃなくて安心しました。姉はアレコレのせいで、笑っちゃうほど自己肯定感が低いです。なので終始面倒ではありますが、適度に加減しつつ、基本は甘やかしてください。……フィリップ様の呪縛が解けて、ようやく言葉が通じるようになってきましたので」


「どういう意味ですか?」

 終始面倒という評価は、少しショックだ。

 確かに自分でも面倒だとは思うが。


「俺も父さんも、姉さんには幸せになってほしいってこと」

「わかった。頑張るよ」

「クロード様は頑張らなくていいです。何だか怖いです」


 既にアニエスの胸ははちきれそうに苦しいし、頬だって熱くてたまらない。

 この上何かされたら、とても体がもちそうにない。

 だが必死なアニエスに対して、クロードは楽しそうに笑うばかりだ。


「何も怖いことなんてしないよ、大丈夫。……それじゃあ、ケヴィンも一緒に三人で出かけよう。迎えに来るから、待っていて」

「は、はい」


 うなずきつつもケヴィンの腕を放さない様子を見ると、クロードは苦笑しながらアニエスの頭を撫でる。

 優しく撫でられて少し緊張が解けると、クロードはアニエスの手を取り、その甲に唇を落とした。


「――きゃああ!」

 アニエスの悲鳴と共に、淡黄褐色のキノコがクロードの胸に生える。

 ヘラ状の傘がいくつも集まったキノコは、チョレイマイターケだ。

 もう何が何だかわからないが、そろそろアニエスの胸は爆発するような気がする。


「またね」

 クロードはすべてのキノコをポケットにしまうと、そのまま笑顔で庭を去って行った。



「……いつまでくっついているの、姉さん」

 ケヴィンの腕を解放すると、シャツの皺が酷いことになっている。


「ケヴィン。私、どうしたらいいのかわかりません」

「何が?」

「全部です」

 正直に訴えると、ケヴィンはたまらないとばかりに吹き出した。


「姉さんはさ、フィリップ様に抑圧されて、自分のしたいようにすることに慣れていないんだよね。思ったことを言っていいんだよ。誰にも非難されないから大丈夫。馬車での外出も、嫌ならそう言えばいい。殿下は怒ったりしないよ。……行きたくない?」


「いいえ」

 アニエスが首を振ると、ケヴィンも同じように首を振る。


「違うよ。行きたい、だろう? だいぶ良くなってはきたけれど、へなちょこ王族の負の影響は根深いな。本当に、俺達がもっと早くに気付いていたら……」

 そう言って少し俯くケヴィンは、何かを振り払うように頭を振った。


「ようやく解放されたんだ。これからはもっと、自分の好きなようにして。意見を押し通して」

「わがままレディ、ですか?」

「そう。あんまり酷かったらちゃんと止める。だから、今はそこを目指していいと思うよ。何度でも言うけれど、俺達は姉さんが好きだから。幸せになってほしい」


 アニエスは目を瞬かせると、口元を綻ばせてうなずく。

 同じ好きでも、クロードのように胸を激しく揺さぶったりはしない。

 じんわりと温かくなるそれは、とても心地が良かった。


「はい。ありがとうございます」

「――うん。言葉が通じるって、いいな」

「何ですか、それ」

 ケヴィンはシャツの皺を叩いて伸ばすと、にこりと微笑む。


「ようやく姉さんが姉さんらしくなれるのが嬉しいんだよ。な?」

 ケヴィンはそう言って、腕に生えたままのヘビキノコモドーキを撫でる。

 気のせいか、アニエスの目にはキノコがゆらゆらと揺れているように見えた。


いつも感想・ブックマーク・メッセージ・評価等ありがとうございます。

とても励みになっています。



【今日のキノコ】


ヘビキノコモドキ(蛇茸擬き)

灰褐色の傘に黒褐色のイボを持ち、ヒョウ柄のようにも見えるキノコ。

肉は白色で特徴的な味はないが、毒キノコなので口に入れてはいけない……キノコの勇者は、今日も食べてはいけないものに挑んでいるらしい。

どこかのおばさまが好むような柄を持っているだけあって、噂話が大好きなおばちゃん気質。

オトメノカサとは情報交換をする仲。

「最近の若いキノコはいいわねえ」が口癖で、今はアニエスの恋路に興味津々。


オトメノカサ(「女王が二本降臨しました」参照)

乳白色の傘を持つ、小さくて可愛らしいキノコ。

乙女な気配を感じると逃すことなく生えてくる、恋バナ大好きな野次馬キノコ。

「好きぃー!」と絶叫しながら再び生えてきたが、キノコなのでアニエスには聞こえなかった。

もし聞こえていたら、アニエスの鼓膜が危険だった。


ヒイロタケ(緋色茸)

半円球で扁平な緋色のキノコで、全身錆びついたサルノコシカケという感じ。

『木材腐朽菌倶楽部』の一員。

放って置くとどこまでも勝手に盛り上がるオトメノカサにブレーキをかける役割だが、ほぼ機能していない。

クロードの告白のせいで飛び出したオトメノカサについて来たが、やはり止められなかった。


チョレイマイタケ(猪苓舞茸)

淡黄褐色の小さなヘラ状の傘がいくつも集まったキノコ。

地中に菌核があり、それが猪苓と呼ばれる生薬となる。

キノコ部分は食べられるし、結構美味しいらしい。

胸が苦しいとアニエスが訴えたので、助けなければと慌てて生えてきた。

だが効能は利尿や解熱なので、恋のときめきには無効だった。


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「竜の番のキノコ姫」

「竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~」

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英語版「キノコ姫①」
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西根羽南のHP「キノコ姫」紹介ページ ※AudioBookもこちら

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― 新着の感想 ―
[一言] 昨日は出かけていたので今日読了。相変わらずきのこのオンパレードで知識も増えて楽しいですね
[良い点] チョレイマイタケくんがやってきました。 ネツサガールくん絡みでなく登場出来てよかったですね~。 [一言] ケヴィン君がヘビキノコモドーキと会話しているのを、 自然に流していました。 ケヴィ…
[良い点] 出た!……もとい、生えた!オトメノカサ先輩! 彼、もしくは彼女が登場すると併せて恋愛タグを超実感するので読者としてもテンション上がりますね( ´艸`) 好きぃーーー!!!甘々ぁーーー!!…
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