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わがままレディを目指せと言われました

「馬車でお出かけ、ですか?」


 庭でお茶を飲んでいたアニエス・ルフォール伯爵令嬢はティーカップを置くと首を傾げた。

 テーブルの向かいでは、花紺青の髪に鈍色の瞳の美青年が微笑んでいる。

 クロード・ヴィザージュ第四王子は、用意された焼き菓子をつまみ、うなずいた。


「そう。もちろん、嫌なら無理しないでいいよ。遠くには行かないし、練習というか……やっぱり、俺もアニエスを送迎したいし」

 そう言ってはにかむクロードは、女性であるアニエスの目から見ても美しい。

 馬車は苦手なのを知って気を使ってくれているのだと思うと、何だか心の奥がほっこりと温かくなる。



 元々、アニエスは王族の端くれであるフィリップ・ヴィザージュと婚約していた。

 フィリップは浮気の末に婚約破棄を宣言したのだが、その際にアニエスを助けてくれたのがこのクロードだ。


 うっかり生えてしまったキノコにひとめぼれしたクロードと何だかんだあり、互いに好意を確認したわけだが……正直、まだ実感がわかない。



「ああ、姉さんここにいたの。殿下、お久しぶりです。それでは失礼いたします」

 庭に顔を出したケヴィンはクロードの姿を見つけると礼をし、あっという間に踵を返す。

「待ってくださいケヴィン。お父様はいますか?」


「父さん? 今は出掛けているし、夜は遅いと聞いてるよ。……何かあるの?」

 ケヴィンはくるりと向きを変えると、アニエスのそばにやって来る。

 クロードに提案された馬車でのお出かけの件を伝えると、ケヴィンはうんうんとうなずいた。


「いいんじゃない? 父さんも許可するよ。しないなら、俺が説得する。……姉さんは、行ってみたいんだろう?」

「それは……」

 そういうことだが、改めて言われると何だか恥ずかしい。

 ちらりと横目で見るとクロードは嬉しそうに微笑んでいて、更に恥ずかしさが増した。


「なら、一緒に来るといい。隣にケヴィンが座っていれば、アニエスも安心だろう?」

「ええ? 俺、邪魔じゃないですか」

 確かにケヴィンがいれば安心なので、緊張して気分が悪くなる心配もない。

 クロードと一緒に乗った馬車で嘔吐という最悪の事態を避けるのに、かなり有効な方法だ。


「ケヴィン、お願いします」

 アニエスが期待に満ちた眼差しを送ると、ケヴィンは眉を顰め、次いでため息をついた。

「わかったよ。さっさと慣れて、二人で出かけられるようになってもらわないと困るからね」

「そうなったら嬉しいが。ケヴィンの話も聞きたいし、ちょうどいいよ」

 クロードのフォローに、ケヴィンは真剣な表情でうなずく。



「そうですね。姉さんの取り扱い事項をお伝えしないといけません」

「何ですか、それ」

「姉さんはね、色々面倒だから」

「そんな」

 弟の衝撃発言にアニエスは少しショックを受けるが、当のケヴィンはそれを見て苦笑している。


「それでも俺も父さんも、姉さんのことが大切だよ。ようやくフィリップ様の呪縛が解けたからね。ここらでしっかりと、わがままレディになってもらわないと」

「え? それが目標なんですか?」

「それくらいでちょうどいいんだよ、姉さんは」


 わがままレディなるものが具体的にどんなものかはわからないが、とりあえず目指すようなものではない気がする。

 だが、何故かクロードが口元に手を当ててうなずき始めた。


「なるほど。一理あるな」

「クロード様まで!」


 アニエスが声を上げた瞬間、ポンという破裂音と共にクロードの腕に黒いものが現れた。

 真っ黒な土筆(つくし)の頭状のそれは、マメザヤターケだ。

 黒々としたキノコの登場に、三人の視線は一気に集中した。



「……何か、最近キノコが生えやすくなった? 今までこんな風には生えなかったよね?」

「それが、何だかキノコの感度が上がっているみたいです」


 キノコがフィリップに攻撃を仕掛けた頃から、特に生えやすくなった気がする。

 以前は恐怖などの負の感情や男性との接触が主な原因だったのに、最近では隙あらば生えてくるという状態だ。


「実に、いいことだな」

 クロードは笑みを浮かべると、黒いキノコをむしる。

「マメザヤターケは表面は黒いが、中は白いんだ」

 聞かれてもいないキノコ知識を披露したクロードは、手にしたマメザヤターケをうっとりと眺めている。

 さすがはキノコの変態だ。


「クロード様には好都合でしょうが、私は困ります。家ならまだいいのですが」

「大丈夫。公の場では俺と一緒にいればいい。俺がキノコ好きなのはそれなりに知られているからね。アニエスは付き合わされていることにすればいいよ」


「それも、どうなんですか」

 麗しの王子がキノコ好きで知られているまではいいとしても、連れにまでキノコを強いる人間だと思われるのは良くないのではないだろうか。


「文句を言いたい奴には言わせておけばいい。……ただ、アニエスに言うようなら教えて。俺が対応する」

「そんな。元は私のキノコのせいです。ご迷惑をかけられません」

「迷惑じゃないから、言っているんだよ」

 やりとりを見ながら菓子をつまんでいたケヴィンが、肩をすくめる。


「ほら。だから、姉さんはわがままレディでちょうどいいんだって。『私のキノコに何の文句があるの。生えたことを光栄に思いなさい』くらい言っていいよ」

「嫌ですよ。何でそんなキノコの女王みたいにならなきゃいけないんですか」



「アニエスは、キノコの女王じゃないよ」

「クロード様……!」

 何と優しいフォローかと嬉しくなってクロードを見ると、鈍色の瞳がゆっくりと細められる。


「キノコの女王はウスキキヌガサダーケだ。アニエスはキノコのお姫さまだよ」


 ……何か、違った。

 思っていたフォローと違った。

 アニエスはキノコの変態の眩い笑みに、小さくため息をこぼした。

お久しぶりの「キノコ姫」続編、連載開始です。


ファーストキノコも生えたところで、今回も「今日のキノコ」を始めます。

前回同様、あくまでもモチーフということで本編では一部名前を変えています。


※本日は3回更新予定です。



【今日のキノコ】


マメザヤタケ(豆莢茸)

真っ黒な土筆の頭状のキノコ。豆という名前だが、見た目の通り食用には不向き。

表面は黒いが中は白く、中央は空洞。

肉は硬さがあるが、割と簡単に崩れる。

硬いのに崩れやすいというわがままボディをアニエスに見せようと生えてきたが、わがままレディの間違いだった。

恥ずかしいのでとりあえず崩れてみようと思っている。



本物の豆と莢が出てくる「豆の聖女と王子様 〜聖なるあんこを呼ぶ聖女は、王子に豆愛を捧げられる〜」もよろしければご覧ください。

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