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キノコとの出会いを喜んでいるようです

「それにしても、やりとりに慣れているな」

 店を出て歩き出すと、クロードがぽつりと呟いた。

「私は元々平民ですから。この店では普段からキノコを買い取ってもらっています。ドレスや、ドレスを解体して作ったスカートもそうですし。顔なじみです」


「そう言えば、ドレスを売ったと言っていたな。……すべて、か?」

 信じられないという顔のクロードに、アニエスはうなずく。

「フィリップ様対策で地味色のドレスばかりだったので難儀しましたが、ほとんどは売れました。どうにもならない物は解体してスカートを作りました」


「……フィリップ対策とは、何だ?」

 家族内では問題なく伝わっていたが、そう言えばこれは既存の言葉ではない。

 となれば、クロードがわからなくても当然か。


「フィリップ様は、明るい色や華やかな装飾は駄目だとうるさくて。何でも、厭われる髪色の私は目立つことをしてはいけないそうです」

「そんなことを言われていたのか。……アニエスは、それに従っていた?」


「はい。違えるとうるさいですし、面倒だったので。実際、私の髪色は目立つ上に嫌われています。私が嫌われるぶんにはいいのですが、家の評判を落とされるのは困りますので」

 クロードは口元に手を当てて、何やら考えている。



「フィリップは本人と母親の素行の関係で上位貴族には相手にされずにいたが、最近は比較的評判がいい。奴が少しは王族としての自覚を持ったのかと思っていたが、先日の様子を見る限りは違うだろう。……アニエスが何かしていたのか?」


「大したことはしていません。フィリップ様が覚えていない方の顔と名前をこっそり教えたり、それとなく外交の話題を教え込んだり、マナーをひたすら口頭で叩き直したりしたくらいです」

「だからか。あいつ自身はまったく変わっていないのに、以前よりも評判がいいのは」


 どうやら、フィリップの評判は悪くなかったらしい。

 となれば、アニエスの努力も無駄ではなかったのだ。

 ……まあ、もうすべて関係のない話だが。


 ゆっくりと街中を歩いていると何か騒いでいる声が聞こえるが、喧嘩だろうか。

 人が集まれば諍いが起こることもあるのは、平民も貴族も一緒だ。

 平民に比べて貴族の方が陰に隠れた諍いが多いというだけ。


 その火種になりたくなくて、地味な色のドレスを着てできるだけ大人しくしていた。

 すべては、家族に迷惑をかけないためだ。

 それなのに、結果的には更なる迷惑をかけてしまっているのだから、切なくなる。

 小さく息をつくと、クロードの眉間に微かに皺が寄った。


「……アニエスは、そんなにフィリップが好きだったのか?」

 突然かけられた意外な言葉に、アニエスは目を丸くした。

「いいえ。好きでも嫌いでもありません。年上ではありましたが、手のかかる弟で。家族のようなものだと、思っていました。家族になるのだ、と。……私のひとりよがりだったようですが」



 結局、フィリップにとっては口うるさい厄介な婚約者だったということだ。

 わかってはいるし、フィリップとの婚約に未練はない。

 だが、家族同然の存在に裏切られたというショックはあるのだ。

 自然と俯くと、それを阻むようにクロードに手を握られた。


 同時に、クロードの胸に白いキノコが現れる。

 枝分かれを繰り返して針状の突起が垂れ下がっているのは、サンゴハリターケだろう。

 クロードはキノコに笑みを向けると、慣れた手つきでむしり取っている。


 キノコの変態王子は今日も簡素な服装ではあるが、その程度で美貌を隠しきれるわけもなく、通りすがりの人々がちらちらと視線を向けている。

 皆、整った顔立ちの方を見ているせいか、サンゴハリターケが白いシャツに同化しているためか、クロードのキノコ狩りに気付いていない様子だ。

 だが、何にしても視線が痛い。


 そんな中で手を繋いで街を歩くなんて、恥ずかしいに決まっているではないか。

『ひとめぼれで首ったけ』のためだとしても、一緒に出掛けているだけで十分なはずだ。

 文句を言おうとクロードを見上げると、優しい眼差しがアニエスに向けられていた。


「クロード様?」

「フィリップは馬鹿だが、ひとつだけ感謝しないといけない。……おかげで、アニエスと出会うことができた」

 じっと見つめてそんなことを言われれば、ドキドキしない方がおかしい。


 アニエスが言葉に詰まるのと同時に、白いキノコと赤いキノコがクロードの胸に並んだ。

 小さな白い傘はオトメノカーサ、赤い傘に白いイボはベニテングターケだろう。

 もちろん鈍色の瞳が更に輝いたことは、言うまでもない。


 クロードはあくまでも契約のためにこんな振舞いをしているのだから、アニエスが妙な反応をしては困るだろう。

 自身の美貌を鑑みてほしいとは思うが、相手は王子だ。

 生まれついての美貌なのだから、周囲への影響を理解できていないのかもしれない。

 それに、クロードが出会って喜んでいるのは、アニエスではなくキノコ。

 ここは落ち着いて返事をしなければ。


 そう思うのに、クロードの胸には二本のキノコを取り囲む様に黄褐色の傘を持つキノコがどんどん生えてくる。

 群生が得意なオオワライターケのおかげで、クロードのシャツは立体的なキノコの刺しゅうを施したように豪華になってしまった。



「慰めていただき、ありがとうございます。家族以外には髪色で嫌厭されることが多かったので。キノコのためとはいえ、嬉しいです」

 アニエスが礼を伝えると、クロードの足が止まった。

 手を繋いだままなので、アニエスもまた、荷馬車の横に立ち止まる。

 ついでにクロードのシャツにしがみついている、キノコ達の揺れも止まった。

 どうしたのだろうと見上げれば、何故か鈍色の瞳が陰っている。


「違うよ、アニエス。俺は――」

 何かを言いかけたクロードは、唇をかみしめると、小さく息をついた。


「また、売りに行く時には、俺も一緒に行く。薬草もキノコも希少だと言っていたからな。よからぬ輩に目を付けられるといけない」

 確かに亡き父と母も同じようなことを言っていたので、アニエスとしても頻回に行くつもりはない。

 とはいえ、店長は顔なじみだし、アニエスが売っていると分からなければ大丈夫だと思うのだが。


「ですが、クロード様もお忙しいでしょうし」

「俺が駄目ならモーリスでもいいから、呼んでくれ」

 鈍色の瞳に真剣に見つめられ、アニエスはうなずくしかなかった。

明日は、誰も待っていないあの人が登場します。

Let`s へなちょこ!


【今日のキノコ】

サンゴハリタケ(珊瑚針茸)

真っ白な珊瑚の様な見た目の食用キノコ。

取るのが難しく、ゴミがつきやすいらしい……トゲトゲに絡まるのだろうか。

「クロードの白いシャツに生えるのは誰だ」選手権を見事に勝ち上がった、勝者キノコ。


オトメノカサ(「大切な人だから」参照)

小さな乳白色の傘を持つ、恋バナ大好き野次馬キノコ。

乙女の気配にいてもたってもいられなくなり、生えてきた。

直前まで、ベニテングタケとどちらが生えるのか揉めていた。


ベニテングタケ(「赤いキノコが生えました」参照)

赤地に白いイボを持つ、絵に描いたような見た目の毒キノコ。

運命の赤い菌糸を感じて生えようとしたところ、オトメノカサと意見の対立があった。

だが「菌類、皆兄弟」を合言葉に、一緒に生えることになった。


オオワライタケ(「史上最低のプロポーズ」参照)

黄褐色のブナシメジという見た目で毒を持つ、にぎやかし担当のキノコ。

アニエスのドキドキと、オトメノカサとベニテングタケの和解を盛り上げるべく、群生してみた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最近のお話の中で一番ドキーーーっとしたのでオトメノカサ先輩に混じって感想欄で生えます。 恋愛力が菌力を上回った。 サンゴハリタケ先輩もおめでとうございます。
[一言] サンゴハリターケを、「産後張りタケ」と 勘違いした人いるはず! わたしだがな!
[良い点] ベニテングダケとオトメノカサが和解してよかったです。これで今まで以上ににぎやかになりますね。 [一言] モーリスさんが今度は護衛として呼ばれそうですね。
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