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はやまったかもしれません

「まあ、そうだね。俺は君を愛しい人として扱うことで、余計な女性をあしらえる。君はそれによって捨てられたという噂が収まり、弟への悪影響を避けられる。そんなに悪い話じゃないだろう?」

「ですが。その場合私は、最終的に王族二人に捨てられたということになります」

 一見良い話にも見えるが、泥沼から一度浮上して、もう一度泥沼に飛び込むだけではないか。


「だから、俺がひとめぼれして首ったけなんだ。捨てられるとしたら、君じゃなくて、俺。その場合には君の評判を下げるようなことは決してしないし、ルフォール家に迷惑をかけないと約束する」

「それでは殿下の汚点になります」

 いくらキノコの変態王子とはいえ、一般的には麗しの第四王子なのだ。

 それが傷物の令嬢に首ったけの上捨てられるだなんて、醜聞もいいところではないか。


「心配してくれるのか? だったら、この話を受けてほしい。俺も真剣なんだ」

 言葉の通り、クロードは真摯な眼差しをアニエスに向ける。

 キノコの変態ではあるが、王子としては優秀だと聞くし、婚約破棄騒動の時はフィリップからも助けてくれた。

 とても嘘や冗談でこんなことを言うとは思えない。


「そんなに苦労しているんですね。その上キノコもついてくるとなれば、一石二鳥と言うことですか」

 すると、一瞬きょとんとしたクロードは、次いで苦笑した。

「確かにキノコは魅力的だ。……なら、君のキノコを買い取るというのはどうだろう」

「買い取り、ですか」


 確かにアニエスとしては、それほど悪い話ではない。

 どうせキノコの変態はキノコをやすやすと諦めはしないだろうし、家族に説明しておけば勘違いから変な期待をさせることもないのだから、何とかなるだろう。

 それに、厄介者のキノコでお金まで稼げるのなら、ありがたい。



「……わかりました」

「ありがとう、アニエス嬢。いや――アニエス」

 間髪入れずにそう言うと微笑まれ、さすがにドキドキしてしまう。


「君も、俺の名前を呼んで」

「で、でも」

 いくらキノコの変態とはいえ、王子に対して一介の伯爵令嬢が名を呼ぶというのはどうなのだろう。


「少しは親しげでないと、おかしいだろう? 俺が許可するんだから、問題ない」

 そう言われてしまえば、そんな気がしてくるのだから、美青年は恐ろしい。

「では、クロード殿下」

「殿下は、いらない」


「ク、クロード、様……」

 あまりに気まずくてちらりとクロードの様子を窺うと、満面の笑みをアニエスに向けている。

 美青年の全力の笑顔なんて、控えめに言ってもただの武器だ。


 ……見なければ良かった。

 更に気まずくなったアニエスは、小さくため息をついた。

 ソファーから立ち上がったクロードはアニエスのそばに来ると、ひざまずいて手を取る。


「これからよろしく、アニエス」

 笑顔と共に手に口づけを落とされ、その瞬間にクロードの胸に赤いキノコがポンポンと生える。

 ベニテングターケを胸に二本生やす美貌の王子という絵面は、理由を知っていても納得できない不自然さだ。


「な、何をするんですか!」

 突然の行動とキノコの発生に慌てて手を引く。

 アニエスとしては抗議の声を上げたつもりなのだが、クロードはまったく気にする様子もない。


「俺は君に首ったけなんだよ? これから君を口説き落とそうと奮闘するんだ。これくらいは当然だろう?」

 設定の話だと分かっていても、美青年の口から聞かされるには刺激の強い言葉だ。

 おかげで、クロードの手袋にはキノコの塊が追加されている。

 オオワライターケの群生を確認すると、アニエスはもう一度ため息をつく。


「……キノコまみれになりますよ」

「それは、本望だな」

 眩い笑顔が目に痛い。

 キノコの変態にアニエスの常識は通じないのだと、改めて気付かされる。


 ……はやまったかもしれない。

 アニエスは笑顔のクロードに見つめられながら、己の浅慮を悔いた。




 ……親しいふりをするとは聞いた。

 ひとめぼれからの首ったけだと。

 だが、まさか――それがこれほどまでに凄いとは。



 毎日の花束お届けはもはや習慣化し、ルフォール邸の使用人とモーリスはすっかり顔なじみだ。

 彼は騎士のはずなのだが、花配達人と化している現状をどう思っているのだろう。

 おかげでアニエスの部屋は花畑と見紛う華やかさで、精霊の光の玉が乱舞している。

 見た目も香りもいいが、心理的には負担だ。

 それでも花だけだったなら、大人しく受け取ればいいだけなので何とかなった。


 ところが契約を交わした翌日から、クロードは花束と共に手紙を送って来るようになった。

 メッセージカードではなくて、手紙だ。

 いくら何でも、契約に対して真摯に臨み過ぎではないだろうか。

 首ったけを表現するのにわかりやすいとはいえ、毎日手紙を送ってくるとは思わなかった。



「大体、手紙を送っているなんて、本人か使用人が言いふらさない限りは誰にも伝わらないじゃないですか。無駄ですよ」

「……ということは、殿下か周囲の人間が言いふらしているんじゃないの?」


 紅茶を飲みながら、ケヴィンが恐ろしい指摘をしてくる。

 舞踏会から帰ってすぐに父と弟には事情を伝え、クロードが親し気にしても気にしないようにと伝えてはいたが、想定以上のことにアニエスの方が混乱していた。


「まさか、そんな恐ろしいことが?」

「だって、『ひとめぼれで首ったけ』なんだろう? どうせ手紙を出すなら、宣伝した方がよく伝わるじゃないか」

「だったら、口だけで良いじゃないですか。どうして毎回、中身が書いてあるんですか!」

 思わず手元にあった封筒を掴むと、ケヴィンに向けて差し出す。


「だから、『ひとめぼれで首ったけ』だからだよ」

「誰も読まないのに、わざわざですか? どれだけ仕事が細かいんですか」

 手紙を出したという形が欲しいのなら、それこそ使用人にそう言わせれば済む話だ。

 本物の封筒がなくてもいいし、ましてや便箋に文章までしたためる必要などない。


「でも、姉さんは読むだろう?」

「だって、普通に契約内容とか日程について連絡が来るかもしれないじゃないですか。なのに毎度毎度、ないことないこと書き綴られていて……」


 テーブルの上に封筒を置くと、心を落ち着けようと紅茶に口をつける。

 興奮しすぎたせいか、ケヴィンの腕にはずらりとススケヤマドリターケが並んだ。

 暗褐色のビロードのような傘からは想像しづらいが食用であり、炒めても焼いても美味しい。

 後で、厨房に届けなければ。


 ケヴィンは丁寧にキノコをむしってテーブルの上に並べると、その横に置かれた封筒を手に取った。


【今日のキノコ】

ベニテングタケ(「赤いキノコが生えました」参照)

赤い傘に白いイボの、ザ・毒キノコなルックス。

運命の赤い菌糸を敏感に感じ取って生えてきたが、思っていた盛り上がりとは違った。


オオワライタケ(「史上最低のプロポーズ」参照)

黄褐色のブナシメジという見た目の毒キノコ。

キノコ界のにぎやかし要員として、ベニテングタケを盛り上げるべく群生した。


ススケヤマドリタケ(煤山鳥茸)

ビロードのような質感の暗褐色の傘を持つ食用キノコ。

傘の直径が15cmを超えるものもあるが、炒めてよし焼いてよしなので、寧ろありがたい。

興奮するアニエスをなだめるべく、命を賭す覚悟を決めている。(晩御飯のおかず)

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― 新着の感想 ―
[良い点] キノコたちの役割が色々と見えてきて、すごく楽しいです。 [一言] 「クビッタケ」という名前のキノコがあれば良かったですね。(誰がうまいこと言えと)
[良い点] クロード殿下が積極的です。 遠慮しなくてよい口実をあれだけ短期間で思いついたというか。クロード殿下は交渉もうまいのですね。 おかげでキノココレクションとルフォール家の食事が増えました。 […
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