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番か、竜の血か

 取り囲む野次馬の間から現れたのは、花紺青の髪の美青年だった。

 フィリップと同じ鈍色の瞳といい、服装といい、王族の一員であろうことは察せられる。

 だが青年にはフィリップにはない凛々しさと、圧倒的な王者の風格が漂う。

 王族は美形揃いではあるが、その中でもこの青年の容姿はかなり整っていて、まさに眉目秀麗といった出で立ちだった。


「陛下の舞踏会を騒がせ、女性に剣を向けるとは。どういうことだ、フィリップ」

「クロード、おまえには関係ない」

 アニエスはその名を聞いて、青年が誰なのかようやく理解した。


 クロード・ヴィザージュ第四王子。

 第四王子でありながら王位継承権は王太子に次ぐ第二位で、騎士として活動していると聞いたことがある。

 剣などほぼ触らないフィリップと並ぶと、その力強さが際立つ。

 王子様の道楽という噂を聞いたことはあるが、このぶんでは相応の実力者なのだろう。



「陛下に騒ぎを見てこいと言われてきたんだ。俺に言わないのなら、直接陛下の前に行くんだな」

 フィリップがわかりやすく言葉に詰まった。

 どうやら、ろくでもない騒ぎを起こしたという自覚が少しはあるらしい。


「……婚約破棄を告げ、無礼な口をきいた女に立場をわからせるところだった」

 さも当然と言わんばかりの態度を見ていると、フィリップにキノコを生やせる気がしてきた。

 それも、全身キノコまみれに。

 今こそアニエスの不本意な異名が本領を発揮するときかもしれないと思いつつ、理性がそれを押しとどめる。


 少しばかり眉を顰めたクロードは、そのままアニエスに向き直した。

「何があったのか、君の口からも教えてほしい」

 王族であるフィリップの言葉を鵜呑みにせず、アニエスの話も聞いてくれるのか。

 どうやらクロードはフィリップと違って、公平な人間らしい。


「フィリップ様に、婚約破棄を言い渡されました。正直に乗り換えたいと言ってくだされば了承したとお伝えすると、(つがい)と出会ったので私が偽物だったと言われました。私の言葉がお気に召さぬようで牢に入れるとのことでしたので、お聞きしたのです。何故偽物と婚約したのか、そんな節穴の目で見つけた番とやらは本物ですか、と。それにお怒りになり、剣を抜いたところでした」


 暫し間を置いてから、クロードが大きなため息をついた。

 整った顔に憂いの色が浮かび、周囲の女性から黄色い声が上がった。



「……まず、確かに婚約者なのだな」

「だが、たった今婚約は破棄した。私には運命の番が」

「――おまえは本当に王族か」

 クロードは眉を顰めながら、フィリップの言葉を遮った。


「婚約は個人の口約束ではない。家と家の契約だ。おまえがここで何を叫ぼうとも、婚約自体は変わらない。おまえ自身の品位が落ちただけだ」

「そんなことがあるか。大体、私には番が」


「いつ見つけた」

「え?」

 クロードはフィリップが手にしていた剣を取り上げると、ちらりと飴色の髪の少女を見た。

「運命とやらに出会ったのは、いつだ」

「……ひと月前、だ」


 なるほど。

 どうやらフィリップは、ひと月前から浮気していたらしい。

 状況から見て浮気は確定だとしても、公衆の面前で堂々と言うあたり、本当にお馬鹿さんだ。


「では何故、その段階で婚約解消を申し入れなかった」

「そ、それは」


「竜の血により、番を見つけた者は番しか愛せなくなると言われるが。それならば、おまえはひと月前にはその女性を愛していたことになる。何故、婚約解消を申し出なかった。番であろうと何であろうと、おまえがしていることはただの不義だ。婚約者はもちろん、番とやらである女性に対しても失礼ではないのか」

 手にした剣を兵に返すクロードを見ながら、フィリップの表情が曇る。


「それは……」

 ひと月前からの浮気を白状する形になった上に正論をぶつけられ、フィリップが押し黙る。

 これも身分が上のクロードが相手だから、こうして大人しく聞いているのだ。


 仮にアニエスが同じことを言っても、生意気だなんだと言って、まともに取り合わないだろう。

 フィリップはそういうところがわかりやすく単純で、典型的な長いものに巻かれる男だった。

 わかっていたとはいえ、一応婚約していた身としては情けなくなってくる。



「……とはいえ、こんな騒ぎを起こされては、続くものも続かないだろう。婚約は解消の方向でいいのかな?」

 クロードの鈍色の瞳が、アニエスの意志を問うてくる。

 そんなもの、答えは一つだ。


「もちろんです」

 こうなったら、もう一刻も早く婚約解消してしまいたい。

 間髪入れずに答えると、クロードはうなずいた。


「では、婚約が解消されるよう、私からも陛下にお伝えしておく。君は、私が責任を持って送ろう」

「いえ、結構です」

 ただでさえこれだけ悪目立ちしたのだ。

 この上、目立つクロードと一緒にいるのは避けたい。


 それにキノコ警報が出るので、危険だ。

 すると近くまで歩み寄ってきたクロードが、そっと囁いた。


「……口さがない者達の噂に巻き込まれるぞ」

 確かに、舞踏会の会場には貴族が大勢いるし、この騒ぎを見守る数も多い。

 クロードが去れば一斉に動き出すだろうし、近寄られれば伯爵令嬢でしかないアニエスには、かわして逃げることは難しいだろう。


「……では、お願いいたします」

「わかった」


 渋々了承すると、クロードはにこりと微笑んだ。

 同時に周囲から歓声が上がったが、本人は気にしていないようだ。

 王族の美青年なのだから、こうして女性に騒がれるのにも慣れているのだろう。



「ところで、フィリップ。証は出たのか」

 突然の話題の転換に、フィリップだけでなく周囲もざわめく。


「竜の血により、番を得た者はその証が現れると言うが」

「そんな話は嘘だ。聞いたことがない」

 焦りの表情を浮かべるフィリップを見るクロードは、何だか楽しそうだ。


「だろうな。竜の血を引く者にのみ、伝えられていることだ。おまえに、その血はない」

「そんな、俺も王族なのだから、竜の血が」

「竜の血を持っていて証が出ないのなら、番には出会っていない、ということになるな」


 証とやらが何のことなのかはわからないが、第四王子にして王位継承権第二位のクロードが言うのだから、間違いはないのだろう。

 となれば、番がいると主張すると、証が出ていないので竜の血そのものが疑われる。

 反対に竜の血を主張すれば、運命の番などではないと認めることになる。


 どちらも、プライドだけは高いフィリップには受け入れがたい話だろう。

 アニエス相手ならばうやむやにできるかもしれないが、クロード相手ではそれも不可能。

 言葉に詰まったフィリップは、まるで熱した金属の様にどんどん顔を赤くしていく。



「どちらにしても、婚約は解消し、その女性を選ぶと決めたんだ。これからは王族の端くれとしてもう少し誠実に生きてくれたまえ」

 クロードはそういうと、アニエスの手に触れようとしたので、慌てて避ける。


「し、失礼ながら、結構です。自分で歩けますし」

 手を引いてくれようとする心遣いはありがたいが、キノコ待ったなしなのでお断りだ。

 怪訝な顔をしつつも納得したらしいクロードは、アニエスの前を歩く。

 数多の視線を背に浴びながら、アニエスはそのまま会場を後にした。



そろそろキノコの気配を感じます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 青年か少年かどちらなのかしら? 青年といいながら数行後には少年となっていて違和感がががってなりました。
[一言] キノコ楽しみです(≧∇≦)!
[良い点] きのこの予感に意識が全て持っていかれます。 きのこ!きのこ!きのこ!たけのこ!たけのこ!たけのこ!
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