会いたい
ポンポンという破裂音がそこら中から聞こえ、まるで大勢が拍手しているかのような音が聖堂内に響き渡る。
ナラターケ、ヒイロターケが壁を覆い、コフキサルノコシカーケがその合間に生える。
ステンドグラスの周りにはハナビラターケが白いフリルのように縁取り、ガラスではナメーコがぬめっている。
床以外すべてキノコが覆いつくした次の瞬間、地響きのような低い破裂音と共に、巨大なキノコが聖堂の中央からそそり立ち、天井を突き破った。
赤い傘に白いイボはベニテングターケなのだろうが、その柄の太さは大人が数人で腕を伸ばしても届かないほど。
キノコというより巨大な柱でしかない傘が破壊した屋根が、一斉に降り注ぐ。
するとそれよりも早く破裂音が響き、アニエスの横に人間ほどの大きさのキノコが生えた。
アカヤマドーリの黄褐色の傘が、クッションのように瓦礫を受け止める。
「うわああ⁉」
ジェロームとナタンの横にも同様にキノコが生え、落下物を弾いていた。
上擦った悲鳴はキノコが生えたことによるものなのか、キノコが守っていることに対してなのかはわからない。
すると今度はアカヤマドーリの傘の上に、アカカゴターケとカゴターケが姿を現す。
紅白の籠が傘の上に並ぶ様は曲芸か何かのようで、妙に楽しそうだ。
その隣には屋根がいくつも重なったような傘のキノコが生えている。
ピンクからブルーのグラデーションはバービーパコーダだろう。
傘の上がお祭り会場のように賑やかで、破壊されつつある聖堂とは別空間のように華やかだ。
「うわ、何だ⁉」
国王の頭には鹿の角のような赤いキノコがみっしりと鎮座しており、赤い髪が逆立っているようにも見えなくもない。
だがカエンターケには気づいていないらしく、白いの傘のキノコをいくつも手に持っている。
どうやらドクツルターケが生えてはむしられているらしく、国王の足元には白いキノコの山ができつつある。
たまにむせて吐き出しているのは黄土褐色の傘で、恐らくはドクササーコだろう。
国王にだけ異質なキノコが集結しているのは、気のせいだろうか。
――何も壊したくない、誰も傷つけたくない、でも止められない。
一気にキノコに侵食され破壊されていく聖堂を見て、国王は目を輝かせる。
「素晴らしい、その力をよこ……げほっ! こ、この指輪に力を与えるのだ」
キノコにむせて吐き出しながらも、この期に及んでまだそんなことを言うのか。
ジョス達を殺しておいて一片の悔恨も見せないどころか、何とも思っていない。
悔しさと怒りと悲しさで震えると、キノコ達が更に増えていく。
アニエスがいなければ、ジョスは助かったのだろうか。
とにかくキノコを抑えなければ、聖堂がすべて崩れ落ちてしまう。
だが、今精霊とキノコにお願いすれば、恐らく国王を殺すこともできる。
ジョス達を殺したのだから、死んでも当然ではないのか。
いや、それは駄目だ。
でもジョス達は何もしていないのに、何も悪くないのに。
くだらない理由で殺されたのだから、その報いを受けさせてもいいのではないか。
相反する思考に呼応するように、キノコ達は一気に生えたり消えたりを繰り返す。
同時に国王もむしったりむせたりを繰り返している。
屋根だけでなく壁もボロボロと崩れ落ち始め、このままでは完全に壊れるのも時間の問題だろう。
「アニエス、落ち着け!」
「アニエスさん!」
声は聞こえるけれど、心の奥には届かない。
増殖と消失を繰り返すキノコと落ちてくる瓦礫のせいで、二人はアカヤマドーリの傘の下から動けないようだ。
どうしたらいいのだろう。
何が正しいのか、何をしたいのかわからない。
もうどうやっても死んだ者は返らないのに、濁った感情が心を支配して揺さぶる。
『一生、アニエスのそばにいる。アニエスを大切にすると誓うよ』
ぐちゃぐちゃになった頭の中に、ふとクロードの言葉がよみがえる。
――会いたい。
花紺青の髪と鈍色の瞳の、優しいキノコの変態に。
アニエスの大切な人に――会いたい。
「……クロード様、助けて」
涙交じりの声で呟いた瞬間、轟音と共に聖堂の扉が吹き飛ぶ。
もくもくと立ち込める埃……いや、胞子の奥から姿を現したのは、大きな白い虎に乗った花紺青の髪の青年だった。
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【今日のキノコ】
『木材腐朽菌倶楽部』御一行
代表のナラタケ(楢茸)は生立木の根に寄生して枯死させるほどの実力者。
ヒイロタケ(緋色茸) 、コフキサルノコシカケ(粉吹猿腰掛)、 ナメコ(滑子)、 ハナビラタケ(花弁茸)が出動。
「アニエスをいじめるやつの家なんて、腐らせてやる」と一斉に聖堂内を覆って腐敗させた解体集団。
怒りのあまり木材どころか石材にも菌糸を伸ばしているが、一部のキノコはヒラヒラ具合とぬめりに夢中。
ベニテングタケ(紅天狗茸)
赤い傘に白いイボが水玉模様のように見える、絵に描いたザ・毒キノコという見た目。
スー〇ーマ〇オなら1upしそうだが、実際は食べると危険。
運命の赤い菌糸を感じ取っては生えてくるキノコで、クロードのひとめぼれの相手でもある。
「我々の王を害した上に、キノコのお姫様に手を出そうとは許せない」と心のままに巨大化し、聖堂の屋根を突き破った。
アカヤマドリ(赤山鳥)
黄褐色~橙褐色の傘は、直径30cmになることもある大きなキノコ。
成長すると傘にひび割れができ、焼き立てのパンのようにも見える。
巨大メロンパンという感じで、毒はないが虫がつきやすいらしい。
落下物から皆を守るために生えてきた、緩衝材キノコ。
「アニエス達は守るから、もっとやれ!」と『木材腐朽菌倶楽部』を応援している。
アカカゴタケ(赤籠茸)
別名の行灯茸の通り、赤い籠のような見た目。
英名はLatticed Stinkhorn(悪臭角笛格子)で、つまり臭い。
白い球菌が成熟して裂開し鮮紅色の格子が出てきて、その後籠が二つに割れて反り返る。
この見た目で臭いのに食用らしいが、世界にキノコの勇者は何人存在するのだろう。
いつか籠の中に蝋燭を入れてアニエスと行灯ごっこするのが夢。
「暗くなったら、行灯になってあげるね」とアカヤマドリの上で出番を待っている。
カゴタケ(籠茸)
アカカゴタケの友人で、こちらも白い球菌が成熟して裂開するが、出てくる格子も白い。
爽やかな白い籠だが暗緑色の粘液をまとっていて、やはり臭い。
そして臭いのに食用。
転がる草で有名なケセランパセランに親近感を持っていて、いつかアニエスに転がされたいと思っている。
「アニエスを泣かせた国王を粘液まみれにしてやる!」とアカヤマドリの傘の上から狙っている。
バービーパゴダ
パゴダとは仏塔のことで、簡単に言うとピンク色の五重塔キノコ。
あるいはお祭りで見かけるトルネードポテトのトルネードしてないバージョン。
火災と野ブタによる食害に押され絶滅危惧の状態だが、あまり気にしていないパリピキノコ。
よくわからないままノリで生えてきたら盛大なキノコ祭りだったので、嬉しくて胞子が震えている。
カエンタケ(火炎茸)
燃え上がる炎や鹿の角の様な形の、赤いキノコ。
致死量は数グラムで、触れるだけでも毒素が吸収されるという、猛毒キノコ。
ササクレシロオニタケの緊急通報と、アニエスの心に反応して生えてきた、毒キノコ界の重鎮。
触れるだけでも皮膚に炎症を起こすので、生えた部分の毛根はほぼ、もげることだろう。
「キノコのお姫様を泣かせた罪は、毛根をもって贖え」とお怒りで、全毛根の抹殺を宣言した。
ドクササコ (毒笹子)
黄土褐色の中央がへこんだ傘を持つ猛毒キノコで、攻撃の陰湿さに定評がある。
体内潜入後、潜伏4~5日後から手足の先と陰茎のみを執拗に攻撃し、激痛を1か月以上継続させる。
何故、そこを狙うのかは謎。
アニエスの意思により猛毒戦士が直接攻撃できないので、代わりに最前線(口の中)に特攻を仕掛ける勇敢なキノコ。
「ほーら、齧れよ。齧っちゃえよ」と挑発しながらも、毒の成分を割り増しして攻撃中。
ドクツルタケ(毒鶴茸)
真っ白で綺麗なキノコで、ササクレ・ツバ・ツボすべて真っ白。
一本で成人一人分の致死量を超える毒を持つ、猛毒キノコ。
デストロイングエンジェル(破壊の天使)の名を持つ、最強の戦士のひとり……一本。
「アニエスを泣かせたのはおまえか」と、ひたすら生えて威圧中。
「うっかり食べたぶんはノーカウント」と言って、たまに口を塞いでいる。








