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普通で良かったようです

 確かに、精霊に呼びかければ一本くらいは生えるだろう。

 だが、婚約者の兄王子と他国の王子の前で全力ハイテンションお姉さんを披露するなんて、どんな試練だ。


 もはや、ただの刑罰でしかない。


「あ、あれは。恥ずかしいので」

「何故ですか?」

「何故って!」


 不思議そうに問い返されたが、逆に何故恥ずかしくないのか問い詰めたい。

 いや……もしかして精霊の呼びかけというものは、人によってその形態が違うのだろうか。


「殿下は、どのように精霊に呼びかけるのですか?」

「普通ですよ」

 そう言うとナタンは室内を見回し、花の活けられた花瓶をテーブルに置いた。



「精霊達、花を咲かせてくれるかな」

 穏やかに語り掛けると光の玉がひとつ現れ、次いで花の蕾が弾けるように開いた。


「こんな感じです」

「へえ、初めて見たな。面白い」

 ジェロームは感心しているが、アニエスは衝撃のあまり声が震えそうになる。


「ふ、普通に話しかければ、いいのですか?」

「はい、そうですね」


「その、テンション上げ上げで、ノリノリの、元気な声かけである必要は」

「特にないと思いますが」


「ああああ……」

 ナタンの言葉で心に致命傷を負ったアニエスは、両手で顔を覆ってうめき声を上げる。


 何ということだろう。

 今までずっと、何度も何度も無駄にハイテンションなお姉さんになっていたのだ。


 しかも、ケヴィンをはじめフィリップやクロードに見られている。

 あの恥ずかしさはすべて、背負わなくてもいいものだったなんて。



「アニエスさん、大丈夫ですか?」


 顔を上げるとナタンとジェロームが心配そう……というか怪訝な様子でこちらを見ているが、まだ立ち直れそうにない。


「ああ、キノコですか。……精霊さん、ちょっとキノコを生やしてくれますか」


 投げやりも投げやり。

 小声で呟かれたその言葉に、光の玉がいくつも現れ、すぐに破裂音と共にテーブルの上にキノコが生える。

 褐色の繊維状鱗片に覆われて白い肌が見えるのは、マツターケだろう。


「これは、凄いですね!」

 十本ほどが密集して生える様を見たナタンは、感嘆の息を漏らした。


「ああ、出た。出ましたね。生えましたね」


 あんなに適当に呟いたのに、精霊は姿を現し、キノコが生えてきた。

 しかも高級キノコが沢山生えてきた。

 普通で、普通で良かったのだ。



「王族以外でこれだけの精霊の加護の持ち主が現れるなんて、信じられません。アニエスさんの御家族、御両親はどんな方なのですか?」

 興奮冷めやらないという様子のナタンに、アニエスは静かに笑みを返す。


「私は養女なので。実の母はヴィザージュの貴族、父はオレイユ出の平民です。共に、七年前に亡くなりました」


「それは……残念でしたね。髪と瞳の色から精霊の加護が篤いというのはわかっていましたが、想像以上です。アニエスさんは本当に精霊に愛されていますね」


 良かったねと言わんばかりの笑顔だが、アニエスの体感としてはキノコの呪いだ。

 さすがに喜んでいるらしい人には言えないので、曖昧にうなずく。

 ナタンはテーブルの上のキノコをじっと見つめると、その傘を撫でた。


「あなた達のお姫様に、迷惑をかけましたね。すみません」


 まさかのキノコへの謝罪に驚いていると、ポンという破裂音と共にマツターケがナタンの腕に生えた。

 いくら高級キノコとはいえ、他国の王子にキノコは良くない。

 慌てて謝ろうとすると、キラキラと輝く瞳と目が合った。


「このキノコ、貰ってもいいですか?」

「え? ええ、どうぞ」


「ありがとうございます」

 ナタンはキノコをむしると嬉しそうに口元を綻ばせ、そのまま部屋から出て行った。



「……王族というものは、国を超えてキノコの変態なのですか?」

「一緒にしないでくれ」

 ジェロームは嫌そうに眉を顰めると、大袈裟に肩をすくめる。


「まあ、何とかなりそうで良かったよ。アニエスは伯爵令嬢とはいえ、王族の婚約者。バルテを脅して誘拐までしているし、きっちりと賠償してもらうか」

 完全に表情が悪徳高利貸しだが、一体何を要求するつもりなのか怖くて聞けない。


「あとは国王がどう出るか、だな。何日かすればクロードも到着するだろう。それまで騎士から離れるなよ」




 ジェロームの言葉通り、女性騎士二人はアニエスから目を離すことはなかった。

 室内の移動でも一緒に動き、夜は寝室のソファーで眠るという。


「明日の謁見にドレスが間に合って安心しました」

「あとはアニエス様の魅力を最大限に引き出すお化粧に髪型……腕が鳴りますね」


「骨抜きにいたしましょう」

「そうしましょう」


 テニエとジョナが熱い握手を交わしているが、何だか気配が怖い。

 アニエスが着飾っても誰も喜ばないし、そもそも誰を骨抜きにするつもりなのだ。

 だが二人があまりにも楽しそうなので、異論を唱える隙はない。



 ベッドに潜り込んだアニエスは深いため息をつくと、天井をじっと見つめた。


 ……あと何日かすれば、クロードに会える。

 自力でヴィザージュに帰るつもりだったので、会えるのはもっとずっと後のことだと思っていた。


「クロード様」


 ソファーで横になるテニエに聞こえないくらいの小さな声でその名を呼ぶと、胸の奥がほかほかと温かくなった気がする。


 すると天井に赤い傘に白いイボのキノコが現れた。

 ぶら下がったような状態でこちらに傘を向けているのは、ベニテングターケだ。


 クロードが一目ぼれしたキノコで運命のお相手をじっと見ていると、気のせいか少し傘が揺れている。

 何となく慰めてくれているような気がして、アニエスの頬が緩んだ。


「ありがとうございます、キノコさん。おやすみなさい」

 声に出さずにそう告げると、やはり傘が揺れている。


 これはキノコがアニエスの言葉に反応しているのか……あるいは重力に負けて落ちそうになっているだけか。

 キノコ落下事件を想像してしまったアニエスは、横を向いて目を閉じる。


 疲労のおかげか、考え事をする間もなく、夢の世界に旅立った。






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【今日のキノコ】

マツタケ(松茸)

褐色の繊維状鱗片に覆われて白い肌が見える、言わずと知れた高級キノコ。

松が生えていると何となく根元を見てしまうのは、このキノコのせい。

食用キノコ界の重鎮の一人……一本。

『菌根菌倶楽部』の一員で、ホンシメジと仲がいい。

アニエスにおよばれした上に王子様達に見られるという栄誉に輝いた、お呼ばれキノコ。

ナタンの謝罪を受け入れ「うちのキノコのお姫様をよろしく」と自ら手土産になった。


ベニテングタケ(紅天狗茸)

赤い傘に白いイボが水玉模様のように見える、絵に描いたザ・毒キノコという見た目。

スー〇ーマ〇オなら1upしそうだが、実際は食べると危険。

運命の赤い菌糸を感じ取っては生えてくるキノコで、クロードのひとめぼれの相手でもある。

「クロードが来るまで、アニエスは我々が守る!」と意気込んで天井に生えた見守りキノコ。

しかしずっと逆さまになっているせいで何だか頭に血が上る……いや、傘に胞子が溜まる……気がする。


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― 新着の感想 ―
[一言] 食べたのかしら
[一言] そろそろ盛大な高級キノコフェスティバルも開催できそう。 松茸にトリュフに山伏茸に編笠茸にポルチーニに
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