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それでも一緒にいたいのは

「これ、ちょっと安すぎない?」


 キノコの山を買い取ってくれるお店で、アニエスはその査定額に、眉を顰める。

 本当なら当たり障りなく売っておしまいにしたかったが、いくら何でも見逃せない。


 キノコの相場はそこらのキノコ農家以上に知り尽くしているし、国は違ってもセイヨウショウーロが高価なのは変わりない。

 どう見ても相場の半分程度を提示されたアニエスは、不満を隠すことなく店主を睨みつけた。


 キノコの素人と思われたのか、単に騙そうとしただけなのか。

 どちらにしても、ここで引き下がっては生えてくれたキノコに顔向けができない。


「じ、冗談だよ。世間知らずのお嬢さんかと思ったら、キノコに詳しいな」


 店主はばつが悪そうに相場相当の額を出してくる。

 世間知らずなら騙しても許されるとは思わないが、あまり騒いで目立つのも困る。

 正当な金額を受け取れたのだから、とりあえずは良しとしよう。


「悪かったね」

 お詫びのしるしとばかりに林檎を手のひらに乗せられる。


 口止め料ということかもしれないが、どちらにしてもお腹が空いていたのでありがたく頂戴する。

 フードが邪魔なので少しずらして林檎にかじりつくと、店主がじっとこちらを見ているのに気が付いた。



「何か?」

「ああ、綺麗な桃花色の髪だなと思って。お嬢さんは精霊の加護が篤いんだろうね。羨ましいことだ」


 店主の表情は穏やかで、その瞳に桃花色の髪に対する嫌悪感は微塵も見えない。

 それどころか本当に羨んでいるのだとわかり、嫌われ慣れているアニエスは何だか落ち着かない。


「髪も綺麗だが、瞳も緑青の色なんだね。緑青の瞳は祝福の色。王族に多い色だし、必ず幸せになれるよ」

「……ありがとう」


 ドゥラランドも似たようなことを言っていたし、恐らくは社交辞令のような意味なのだろう。

 それでも何だか胸が詰まって涙が浮かびそうになるのを、笑顔で誤魔化す。


 髪も、瞳も、嫌われることがない国。

 オレイユなら、普通に受け入れられて暮らせるのかもしれない。


 それでもアニエスが一緒にいたいのは、クロードと家族だ。

 だから、あの人達のいるヴィザージュに戻らなければ。



「そうだ。乗合馬車の料金を知っていたら、教えてくれない?」

「どの方面だい?」


「西だけど」

 するとキノコを選別していた店主の手が止まり、首を振った。


「ああ、それなら数日待った方がいいよ。ヴィザージュの王族がやって来るおかげで、周囲の街は検問が強化されている。無駄に足止めを食らうことになるから」


「ヴィザージュの、王族?」

 どきりと跳ねる鼓動を隠すように、アニエスは胸のあたりで拳をぎゅっと握りしめる。


「ほら、先日王族がヴィザージュを訪問しただろう。あれのお返しらしい。隣国と仲がいいのは結構なことだ」

「そう。巻き込まれると面倒だから、後日にしようかな」


「そうしておきな。ちょっとしたお祭り騒ぎだし、他国の王族の馬車なんて滅多に見られない。せっかくなら見物するといい。お嬢さんは可愛いから、見初められるかもしれないぞ?」


 もちろん店主が本気で言っているわけではないとわかっているので、適当に愛想笑いで誤魔化すと店を出る。



 確かに朝に比べて人が増えてきたと思ったが、これは王族の馬車を出迎える人々だったのか。

 何より気になるのは、周囲の街に検問があるということだ。


 お祭り騒ぎの間に王都を出たいところだが、今行っても検問に引っかかってしまう可能性が高い。

 ここは少し時間をずらした方がいいだろう。


「それにしても、いつの間にかジェローム殿下を追い抜いていたのですね」


 ジェロームと連絡を取れれば早いけれど、方法がない。

 平民の女が他国の王子の知人だと言っても、信じてもらえるはずもないだろう。


 それに、検問を問題なく通過しているところからしても、アニエスの誘拐にはやはりオレイユ国王か王族が関わっている可能性が高い。


 その場合にはジェロームと共に王宮に行ってしまえば、アニエスの居所がばれてしまう上に、かえって厄介なことになりかねない。


「迷惑はかけられません。大丈夫、地道に帰りましょう」


 幸いキノコ達のおかげで路銀に余裕ができたし、まずは今夜の宿を探すとしよう。

 だが路地をいくつか通り抜けるとちょうど大通りに出てしまい、人の波にのまれて動けない。

 どの方向に抜ければいいのかと周囲を見回していると、遠くから歓声が上がるのが聞こえた。



「ヴィザージュの馬車が見えたぞ!」


 誰かの声に従うように、皆が一斉に顔を向ける。

 馬に乗った騎士と思しき人達数名の後ろには、見たことのある馬車が続いていた。


 あれは確かに、ジェロームが乗っていた馬車だ。

 バルテであの馬車を見送ったのは、もう何日前のことなのだろう。

 急に現実が身に迫り、自分は一人でオレイユにいるのだという不安が押し寄せてくる。


「……クロード様」


 もう何日も姿を見ていないけれど、クロードはどうしているのだろう。

 アニエスがいないことには気が付いているはずなので、きっと探しているに違いない。

 心配をかけているのだと思うと胸が苦しいし……寂しい。


 あまり考えないようにしていたのに、馬車を見たら色々と浮かんできてしまう。

 アニエスは服の上から、ポケットに入った指輪をぎゅっと握りしめた。


 今はクロードのことを考えない方がいい。

 不安に飲み込まれてはいけない。

 自分の気持ちを整理しようと、アニエスは小さなため息をつく。


 その瞬間、盛大な破裂音と共に馬車の屋根に鮮やかな黄色い傘のキノコ――タモギターケが生えていた。





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【今日のキノコ】

セイヨウショウロ(西洋松露)

大理石状の模様を持ち、小さな突起が無数に見られる塊状のキノコ。

いわゆるトリュフで、三大珍味にも数えられる高級食用キノコ。

白と黒で値段が違いすぎるのが、目下の悩み。

アニエスの懐を潤すはずが、まさかの安値に衝撃を受けている。

「キノコに詳しいに決まっている。アニエスはキノコのお姫様だぞ!」と店主にお説教しているが、キノコなので気付かれない。


タモギタケ(楡茸)

鮮やかな黄色の傘を持つ、食用キノコ。

特技は群生で、味も良く、いいお値段。

『木材腐朽菌倶楽部』の一員。

お詫びキノコ、手土産キノコ、ご挨拶キノコとしてクロードやジェロームに生えた経験あり。

アニエスに「ジェローム、ここにいるよ!」と教えてあげた、お知らせキノコ。


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― 新着の感想 ―
[一言] お、調べてみたらセミレギュラーのニガイグチやツチグリと近縁種か松露は 全部イグチ目だ
[一言] タモギタケさん、周囲の人がびっくりしてなきゃいいけど どうも派手仲間のルリハツタケさんとトキイロヒラタケさんをセットで想起します。色鮮やかでおいしいですね
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