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私は可愛い。私はできる

 重い瞼を開けると、そこはガタガタと揺れる場所だった。

 何だか痛いし苦しいのは、手足を縛られて猿轡(さるぐつわ)を噛まされているかららしい。


 決していい待遇ではないが、床に転がさずに椅子の上に寝かされているだけ、ましかもしれない。

 ぼんやりとして状況の把握に手間取っていると、向かいの椅子に座った男女がこちらに気が付いた。


「騒いだり逃げようとしなければ、縄を緩めてやる」

 男性の言葉にうなずくと、すぐに女性が猿轡を外した。


 コップに入った水を飲みながら周囲を観察するが、どうやらここは走行する馬車の中らしい。

 バルテまでの移動で使った王家の馬車とは比べるべくもない質素な内装だが、平民目線でではなかなか上等。


 男女は装いこそ平民のものだが、その腰には立派な剣がぶら下がっている。

 姿勢良く座っているところといい、賊にはとても見えないが、バルテの私兵だろうか。


 窓は塞がれていて外は見えないし、どれだけ意識を失っていたのかもわからない。

 何だかふわふわして集中できないのは、精霊の干渉を妨げるとかいう薬がまだ効いているのだろう。


 ということは、キノコは生えないし、精霊の助けも期待できない。

 仮にこの馬車を飛び出せたとしても、この体調ではとても逃げられないのだから、今は様子を見るしかないか。



 ガタガタと揺れる馬車は、恐らく少し速い速度で走っている。

 まるで、七年前のあの日のように――。


 馬車の事故のことを思い出しかけて、体が震えた。

 女性の方がそれに気付き、少し心配そうにこちらを見ている。

 現状に怯えていると思われたのだろうが、勘違いを正す理由もない。


 外は見えないし、逃げる力もない。

 ここで無理をしても体調を崩すだけだ。


 サビーナの話ではすぐに殺されることはなさそうだし、実際にこの二人から殺気は感じない。

 となれば、やることはひとつ。


 ――寝よう。


 椅子に横になると、そのまま目をつぶる。

 馬車から意識を逸らす脳裏に浮かぶのは、鈍色の瞳。


 ……クロードは、アニエスがいないことにもう気が付いただろうか。


 そうして目を閉じているうちに、いつの間にか眠りについていた。




 次に目が覚めた時には少しだけ頭がすっきりしていたし、女性にも顔色が良くなったと言われた。


 目隠しをされて馬車を降り、また乗り込む。

 馬を替えるのならわかるが、馬車を替える必要などないはずだ。


 捜索されても見つかりにくいようにしているのか、何らかの特殊な馬車なのかもしれない。

 どちらにしても手間暇とお金がかかることであり、酔狂で用意するものではないだろう。

 だが、そこまでしてアニエスを連れて行く理由がわからない。


 目隠しを外されると、正面に座るのは今までと同じ剣を持った女性と、使用人と思しき女性。

 手だけは縛られたままだったが、足の縄も外され、だいぶ待遇が良くなってきた。


 相変わらず窓は塞がれているので外の景色は見えないが、振動で速度を出しているのはわかる。

 おかげで馬車に酔ってしまい、結局は眠っていることが多かった。



 数日後には宿に泊まるようになったが、疲労のせいで泥のように眠ってしまい、気が付くと朝ということを繰り返す。


 何度か精霊を呼ぼうとはしたが、室内には必ず女性二人のどちらかがいる。

 それにふわふわとした感覚が抜けきっておらず、集中できないばかりか歩くのにもふらつく有様。


 今はまだ体力を回復させるべきだと気持ちを切り替えると、アニエスはしっかり食事をとり、出来る限り眠って体を休めた。



 少しずつ体調が戻り始めて周囲を観察すると、宿の調度類がヴィザージュとは異なっていることに気が付く。

 馬車の揺れから石畳の道が増えてきたのはわかるし、田舎ではなく、街へ向かっているのは明らかだ。


 オレイユの国王の指示だとするならば、王都に向かっている可能性が高い。

 これだけの手間暇と危険を顧みずに連れてきているのだから、恐らく道中で殺されることはないだろう。


 だが、普通に招待しないからには、何か理由があるはずだ。

 あるいは、アニエスをオレイユで殺すことに意味があるのか。



「……絶対に、ヴィザージュに帰ります」

 宿の室内で、ぽつりと呟く。


 ここ数日は、宿の室内にアニエス一人で過ごしている。

 もちろん手は縛られたままだが、警戒されなくなっているのはありがたい。


 アニエスが大人しいから逃げないと思っているのか、あるいは逃げても無駄なところまで来ているからなのか。

 後者だとすれば、もうあまり時間がない。


 やっとふわふわした感覚も抜け、体力も十分。

 逃げ出すなら、今だ。


 オレイユ国内を移動し、更にヴィザージュに入って王都まで行くのは、かなり距離がある。

 だがアニエスは平民として暮らしていた経験があるし、時間はかかっても歩いていくことだってできる。


 でも、無事に戻れたとしても、攫われた令嬢は傷物として扱われるのだろうし、クロードに迷惑がかかるかもしれない。

 王族の婚約者には相応しくない、と捨てられる可能性だってある。



「いいえ。クロード様は……そんなことしません」


 それに、もし捨てられたとしてもアニエスには家族がいる。

 家族にも迷惑がかかるというのなら、今度こそ平民として生きればいいだけ。


 だから、まずは帰る。

 必ず、帰るのだ。


「大丈夫。――私は可愛い。私はできる」


 アニエスはそう呟くと、縛られたままの手で拳を握り締めた。












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本日まさかのノー・キノコデー。

「寂しいな」と思ったあなたは、立派なキノコ中毒です。

キノコ達を阻む薬の影響も抜けたようなので、次話はキノコ達も顔を出す⁉


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― 新着の感想 ―
[一言] 王子妃予定を他国に売ったんだから良くて当人は処刑かな 家族のどこまで累が及ぶやら
[一言] きのこたちは木は壊せるけど長距離移動は難しい 馬車を壊しても意味がないところまで精霊の力を抑えるとは。人攫いたちもよく知ってなさるわ
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