国を支える力の源は
「アニエス、気分はどう?」
「大丈夫です。……一日に何回、同じことを聞くつもりですか?」
「何度でも。アニエスは我慢する傾向があるから、確認しておきたい」
正面に座るクロードは、そう言うとにこりと微笑む。
ジェロームのオレイユ行きに同行することになったのはいいが、当然のように移動は馬車。
しかも一日や二日では到着しない距離だ。
ブノワとケヴィンはかなり心配していたが、クロードがいるからと説得して何とか出発することができた。
すると、今度はクロードがこれである。
普段のお出かけなら早々に隣に座っているのに、この旅路ではずっと正面に座ったままだ。
どうやらアニエスの様子をしっかりと観察するためらしく、更に定期的に体調を聞いてくる。
事故のせいで馬車に乗れなかったが、それはだいぶ前に克服していた。
更にクロードと二人で馬車に乗る練習も重ねたので、今ではほとんど問題ない。
今のところ一番の問題はおしりが疲れることくらいだが……さすがにそれを言うわけにもいかない。
「悪いな、入るぞ」
荒いノックの後、返答を待たずに扉が開いて一人の男性が乗り込んでくる。
山吹色の髪の美青年は、クロードの兄のジェロームだ。
馬車内なので立ち上がらずにそのまま頭を下げると、不要だと手を振られた。
「ジェローム兄上、何かありましたか?」
「今のうちに話をしておきたくてな」
そう言うと、クロードの隣に腰を下ろす。
正面に麗しの王族が二人という状況に、アニエスは背筋を正した。
「アニエス嬢は、バルテに何をしに行くんだ?」
「バルテ領に両親が出会った泉があるので、一度見てみたいと思いまして」
「他には?」
「……フィリップ様がオレイユの国王に何を言ったのか、確認するためです」
まるで尋問のようなやり取りだなと思っていると、ジェロームが小さく息をついた。
「一応、それなりに状況は把握しているんだな。安心した」
どうやら及第点だったらしく、ジェロームの表情が明らかに和らぐ。
「国王と王子、王女の訪問に対して、ヴィザージュ側が国王はおろか王太子が訪問しない理由はわかるか?」
「竜紋持ちは国外には出ない、ということは伺いました」
今度は何か引っかかったらしく、眉間に皺を寄せたジェロームは隣のクロードをじろりと睨む。
「大切にするのは構わないが、必要なことはどんどん伝えろ」
「この移動中に説明するつもりでした」
どうやら何かをアニエスが理解していないことが、問題のようだ。
「あの、私がしっかりしないからいけないのです。クロード様を責めないでいただけますか」
以前、竜紋持ちは番を得ないと成人の頃から衰弱するという話を、クロードはアニエスに伝えなかった。
自身の命にも関わる問題なのに、アニエスがそれに責任を感じて選択肢を狭めないようにと気を配ってくれた結果だ。
クロードはとても優しいので、アニエスに負担をかけないようにしてくれる。
話していないことがあると言うのなら、それはクロードの怠慢などではなく、恐らくはアニエスのためなのだろう。
「ああ、いや。別に責めているわけじゃない。誤解させたなら、謝るよ」
ジェロームはそれまでの強い口調が嘘のように、気まずそうに頭を掻いている。
てっきり何かの不足に対して怒っているのだと思ったのだが、違うのだろうか。
「アニエス。兄上はね、俺を心配してくれているんだ。それから、アニエスのことも」
「そうなのですね。事情も知らないのに、失礼いたしました」
「いや、いいよ。俺は愛想がいいとは言えないからな。怖かったら言ってくれ。一応、善処する。……クロードの、大切な番だからな」
怒るどころか、アニエスのことを認めてくれている。
それがわかると、一気に心の距離が縮まったような気がした。
「はい!」
嬉しくなって返事をすると同時に、ポンという破裂音が響く。
ジェロームの腕に生えたのは、鮮やかな黄色の傘のキノコだ。
「すみません、殿下」
「ああ、別に構わない」
タモギターケをむしるとそのままクロードに渡しているが、この様子ではやはりキノコ取引が内々に成立しているのだろう。
「簡単に言えば、竜紋の力は国を出ると低下する。だから、竜紋持ちは基本的に国外には行かない」
竜紋の力というとクロードの雷の魔法が思い浮かぶが、国外では威力が弱まるということらしい。
「オレイユの王族が三人もいらしたのは、国が違うので仕組みも違うからでしょうか?」
「単純に、国を出ても影響が少ない面子だからだろう」
「ということは、他の国にも竜紋が?」
驚いてクロードを見ると、うなずき返された。
「竜紋とは違うが、似たようなものはあるはずだよ。少なくとも、先代のオレイユ国王は国外に出たことはない。……『根の王』だから」
「今は確か『花の王』だったな。あの国は精霊の加護の国だから、その強さだか種類だかでわけているらしいが、詳しくはわからない。あちらも竜紋の存在は何となく知っているだろうが……互いにそんなものだ」
「そうなのですね」
ということは、『花の王』というのは竜紋を持たない王族に近いのだろう。
逆に『根の王』というのは、竜紋持ちに相当するのか。
「クロード。もう少し竜紋について詳しく教えておけよ。常におまえがそばにいて守れるとは限らないからな」
クロードはうなずくと、鈍色の瞳をアニエスに向けた。
「王族は、国を支える。その力は人外から借りるんだ」
そう言うと、手にしていたキノコをそっとポケットにしまう。
「ヴィザージュは竜、オレイユは精霊。互いに異なる力だから、それぞれの国を出ると威力が落ちる。『花の王』が影響を受けにくいとしても、王子と王女が訪問するのに国王まで来るのは、異例。だから、その原因を探りたい」
どうやら、国外に出ない『根の王』ではなくても、王族がわんさか訪問するのは珍しいようだ。
「万が一、フィリップが国の機密をばらしたのならば、重い処罰は免れない。それにアニエスのことを既に聞いていた、というのが気になる。フィリップが話した内容もだが、国王が何に関心を持ったのかを知っておかないと」
「フィリップ様というのは、私の髪のことですよね。単にヴィザージュでは珍しいから声をかけただけなのでは?」
「その可能性もないわけではないが、ナタン殿下の言葉がある」
『……あなたはオレイユに来ない方がいいと思います』
ヴィザージュの舞踏会で、王子の婚約者に対して言った言葉としては、確かに妙ではある。
「キノコが生えるのはオレイユでも珍しいと言われたんだろう? 面倒なことにならないといいが」
「兄上も気を付けてくださいね」
以前、兄弟仲について大人の関係とか言っていたが、やはり仲がいいのだろう。
うなずくジェロームの表情には確かにクロードへの信頼があって、見ているアニエスも何だか嬉しくなる。
「それよりもアニエス嬢、クロードを頼むぞ。こいつ……というか、竜紋持ちは番のこととなると抑えがきかないことが多い」
「は、はい!」
急に話題を振られたので、驚きのあまり背筋をピンと伸ばして返事をしてしまう。
「アニエス嬢は抑えすぎのようだし、ちょうどいいのかもな」
「さあ、もうすぐバルテの領主の邸に到着するよ。しっかりと挨拶しないとね」
クロードの言葉に反応するように、鮮やかな黄色の傘のキノコが腕に生える。
よく見るとジェロームの腕にも生えており、お揃いのキノコを装着した王子二人というのは、なかなか滑稽だ。
「あの、すみません。キノコが」
危うく笑いそうになるのを堪えながら謝罪すると、笑顔のクロードが慣れた手つきでジェロームに生えたキノコをむしった。
「キノコも応援してくれていることだし、迷惑の元を絶ちに行こうか」
微笑むクロードは麗しいが、このままではフィリップは空に輝くへなちょこの星になるかもしれない。
少しの不安を抱えながら、馬車はバルテ侯爵の邸へと入っていった。
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m(_ _)m
【今日のキノコ】
タモギタケ(楡茸)
鮮やかな黄色の傘を持つ、食用キノコ。
特技は群生で、味も良く、いいお値段。
『木材腐朽菌倶楽部』の一員。
以前にクロードにお詫びキノコとして捧げられた経歴があり、ジェロームには手土産キノコとして生えている。
今回はご挨拶キノコとして生えており、ジェロームに対しては「久しぶり!」と好意的。
フィリップ接近に伴って警戒挨拶体勢に入り、王子二人に生えて激励中。








