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もう一度、会いたかった

 何やら言っている二人を放置してクロードについて行くと、会場を出て小さな部屋に通される。

 テーブルとソファーがあるだけとはいえ、調度類の質の高さと無駄な広さはさすが王宮といったところか。


 促されるままソファーに腰かけると、クロードはその正面に座った。

 会場を離れるとすぐに姿を現したモーリスは、扉の近くに控えている。

 どこからともなく現れた女官は紅茶を用意すると、素早く退室してしまった。


「……話とは、何でしょうか」

「その前に。何故フィリップとバルテ侯爵令嬢と言い争っていたんだ?」

「あちらが話しかけて来たんです。一人で参加するなんてフィリップ様に未練があるのだろう、と」

 思い出しても腹が立つ。

 一体どういう思考をしていればそうなるのか、わからない。


「あるのか?」

「まさか。未練なんてありませんし、話すこともありません」

 一気にまくしたてると、何故かクロードが安堵の表情を浮かべる。


「殿下、何故私を招待したのですか? 私と一緒にいると、殿下のイメージにも悪影響です。それに、結構なキノコの危機でした」

「君は、俺にエスコートされるのが嫌だった?」


「殿下がどうという問題ではありません。私はもう、公の場に来るつもりなんてありませんでしたから。誰でも同じです」

 アニエスの言葉を聞くと、クロードはほんの少し目を伏せた。



「……そう、か。ところで、さっき言っていた平民というのは、本気なのか?」

「はい。傷物で厄介者の私が家に迷惑をかけないためには、これが一番だと選択しました」

「家族は……ルフォール伯爵は認めているのか?」

 これは、痛いところを突いてきた。


「家族は優しいので、止めてくれます。父も考え直すようにと言ってくれます」

「では、何も平民にならずとも」

「だからこそ、私は家を出るつもりです。優しさに甘えて弟の障害になるなんて、絶対に嫌ですから」


「何故、障害になると思うんだ?」

「王族の婚約者であったのに浮気され、公衆の面前で婚約破棄され、それに対して堂々文句を言うような女です。まともな縁談は来ません」


 悪いのは浮気をしたフィリップとその浮気相手であるサビーナだ。

 だが、男性優位な世の中に加えて、フリップは端くれとはいえ王族。

 何だかんだでアニエスにも非があったのだろう、と言われる可能性は高い。


 ましてアニエスには桃花色の髪という、負の財産がある。

 これを理由にフィリップに同情する者が現れるのは、目に見えていた。


「それだけならまだしも、社交界デビューしたばかりの弟のイメージにも悪影響です。王族に公開婚約破棄された行き遅れの小姑がいるなんて、縁談が遠のいてしまいます」

「なら、今日フィリップと口論するのは良くなかったのでは?」

 クロードに痛いところを突かれ、アニエスは俯く。


「それは……そうです。話しかけないでと何度言っても絡んできたので、つい。私が間違っていました。何を言われても無視して、逃げ回れば良かったです」

「……それはそれで目立つがな」

 確かに、今日のアニエスは髪をおろしてるので、桃花色の髪が悪目立ちするだろう。


「もう社交の場に出るつもりはなかったんです。だから、ドレスもすべて処分しましたし。……ドレスを仕立ててまで私を連れ出す理由なんて、ありませんよね。それとも、やはり晒し者にしたかったのですか?」


 クロードの目的がそれならば、フィリップと口論したのは目論見通りということになる。

 何とも不愉快な話だ。

 だが、クロードは慌てて首を振った。



「それは違う。そんなことのためにわざわざドレスを用意して、エスコートしない」

 確かに、あまりにも費用対効果が低すぎる。


「では、円満に婚約解消したのだとアピールしたいのでしょうか。……大変に不本意ですが、それならばそうと先に言っていただきませんと。フィリップ様相手では、笑顔ひとつ用意できません」

「違う、フィリップは関係ない。俺が、君にもう一度会って話をしたかった」

 虚を突かれたアニエスは、じっとクロードを見つめる形になった。


「……何故ですか? ハンカチでしたら、先日お返ししました。悪用して殿下の手を煩わせることはありませんので、ご安心ください」

「悪用?」


「独身の御令嬢にとって極上の獲物である殿下に取り入るために、使用しないということです」

「極上の獲物……」

 静かに呟くクロードを見て、アニエスは自身の失態に気付いた。

 王位継承権第二位の王子に対して獲物呼ばわりは、さすがにまずい。


「も、申し訳ありませんでした」

「いや、いい。それより、君も独身の御令嬢だろう? 君から見ても俺は極上の獲物、かな?」

 じっと鈍色の瞳に見つめられ、何だかドキドキしてしまう。

 さすがは美青年、恐るべし。


 アニエスの鼓動につられたのか、クロードの胸に黄土色のキノコが現れた。

 あれは恐らく、オオホウライターケ。

 細身の柄に縁が反り返った傘は、まさに小さな雨傘の様な見た目だ。

 

「……そうですね。殿下は器量良し、血筋良し、将来性良しの、優良物件だと思います」

「そうか」

 アニエスの不敬な返答の何が面白いのか、クロードは笑いながらキノコをむしった。



「……怒らないのですか」

「何を?」

「失礼な物言いだと。あと、キノコを」


「わかって言っていたのか? キノコもわざとじゃないだろう?」

 クロードはオオホウライターケを、楽しそうにくるくると回して見ている。

 キノコもまさか、美青年に眺められるとは思っていなかっただろう。


「そういうつもりではありませんが。……元々、私はこんな感じで淑女には程遠いのです。ご存知ないでしょうが、私は平民として暮らしていました。迷惑をかけないよう、フィリップ様との婚約のお話をお受けして、一生懸命努力していたつもりです。でも、もうそれも必要ないと思ったら、すっかり口が滑るようになってしまって。申し訳ありません」

 アニエスは深く頭を下げると、ちらりとクロードを覗く。


「お話は終わりでしょうか。でしたら、もう帰って……」

「まだだよ」


「はあ」

 思わず気の抜けた声を出したアニエスを見て、クロードが微笑む。 


「君に会ってから、ずっと気になっていたんだ。もう一度、会いたかった」


そろそろ例の菌糸の気配が近付いております。

いよいよ、あの人が本性を現し始めそうです。


【今日のキノコ】

オオホウライタケ(大蓬莱茸)

細い柄に黄土色の傘で、成長すると縁が反り返って雨傘っぽい。

食用に適さないらしいが、傘が全開の榎茸に見えなくもないので、いけそうな気もする。

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― 新着の感想 ―
[一言] |独身の御令嬢にとって極上の餌である殿下 餌ではなくて『獲物』では? (餌だと御令嬢の方が捕まえられてしまう)
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