ごめんなさい
「この手紙を、本の中から見つけました」
ブノワに話があると声をかけて差し出したのは、先日見つけたジョスの手紙だ。
もう過ぎたことだと見なかったことにもできたが、やはり気になる。
本当にアニエスのせいで皆が亡くなったのなら、今からでも謝罪をするべきだろう。
見捨てられたらどうしようという怖さはまだある。
それでもクロードの存在が背を押してくれたので、勇気を出すことに決めたのだ。
手紙を受け取ったブノワが読んでいる間、アニエスは向かいのソファーに腰を下ろして待つ。
目の前に紅茶もお菓子も用意されているが、とても喉を通りそうにない。
一通り読んだらしいブノワは手紙をテーブルに置くと、深いため息をついた。
「見つかった、というのは借金取りか何かに追われていたのですか? お父様は知っていたのですか?」
「……あの日、ジョスはアニエスとエリーズをうちに預けて、バルテ侯爵領の泉に行くつもりだったんだ。そこで、人に会うのだと」
そう言うと、ブノワはティーカップに手を伸ばす。
「誰と会う予定だったのかは、私も知らない。ジョスが言わなかったからね。だが、まさかあんなことになるとは」
紅茶を一口飲むと、ブノワはもう一度ため息をつく。
「事故の後、私も色々調べた。盗賊の仕業と言われたが妻の装飾品は無事だったし、盗むというよりもあえて荷を散乱させたような様子だったから」
ブノワがアニエスと同じ違和感を覚えていたことに驚くが、そうなるとますますわからない。
「盗むが目的ではないのなら、何故」
「ジョスはオレイユの出だが、実は貴族の家柄だったらしい。家を出てヴィザージュに入り、国境近くのバルテ領の泉でエリーズに出会ったんだ」
「……お父さんは、平民なのだと思っていました」
「私もそう思っていたけれど。結婚を許したところをみると、もしかしたら亡き先代には事情を話していたのかもしれないね」
仮にジョスが貴族だとしても家と国を出ているのだから、その影響力は皆無。
どちらにしても、二人の恋路を認めてくれたのは確かなのだろう。
「あの事故では妻の装飾品をはじめとして、金銭的に価値がありそうなものは盗まれていない。馬すら殺されていたが、後々になって唯一盗まれている物があることに気が付いた」
「……お父さんの指輪、ですね」
アニエスの言葉に、ブノワは目を瞠る。
「知っていたのかい?」
「この間、お父さんは馬車の中でもあの指輪をしていたのを思い出しました。あれは、盗まれたのですか?」
ブノワはうなずきながら、そっとティーカップを戻す。
「あの指輪はジョスが持っていた唯一の資産と言ってもいい。約束の証なのだと聞いたことがある」
約束というのは、一体誰と交わしたのだろう。
もしかして、泉で会う予定だったのはその相手なのだろうか。
「金銭目的ならば装飾品を放っておくとは思えないし、馬まで殺すところを見ると怨恨が思い浮かぶ。だがジョスは借金なんてしていないし、恨まれるような人間でもない。もちろん、エリーズや妻も同じだ」
それは間違いないので、アニエスも大きくうなずく。
三人ともとても優しくて善良な人だし、とても恨みを買うとは思えない
「手掛かりは、唯一盗まれた指輪だ。私は必死に調べ……おおよその見当はついた」
「何ですか⁉」
まさかの発言に食いつくが、ブノワは眉間に皺を寄せて首を振る。
「あくまでも私の推察で確たる証拠はない。そしてジョスと『詮索はしない』『アニエスとエリーズを守る』と約束している。だから、今まで誰にもこのことを言っていないし、表立って行動していない。だが恐らく……仇は、オレイユの人間だ。あの指輪は、オレイユでは意味があった。だから、あれだけを持って行ったのだろう」
目的が指輪だけだというのならば、確かに他の物に手を付けない理由もわかる。
荷物を散乱させたのは指輪を探したか、盗賊に襲われたように偽装したのかもしれない。
「指輪が欲しいのなら、指輪だけを持っていけばいいのに。お父さんは、そんなに指輪が大事だったのでしょうか」
「ジョスは命よりも指輪を優先するような人間ではない。たぶん泉に行くというのは、指輪を渡すためだったのだろう。そして相手は、指輪だけでは済ませない可能性があるとわかっていた。だから、事前にアニエスとエリーズを私に預けようとした」
では、相手はもともとジョスを殺すつもりだったのか。
馬まで殺したのは万が一にも逃亡を防ぐためだと考えれば、辻褄が合う。
それだけの執念の理由がわからなくて恐怖以上に困惑が勝ち、わけのわからない感情で指先が震える。
「あの事故の時、ジョスはありったけの力でアニエスを隠した」
「隠す?」
「ジョスも精霊の加護を持っているが、薬草を育てるくらいだっただろう? 何でも、質としてはとても珍しいが、魔力量に恵まれなかったそうだ。だから普段は薬草を育てるくらいしかできないと言っていた」
初めて聞く事情に、アニエスはただうなずいて耳を傾ける。
「そのジョスから、馬車の中に魔力でできたメッセージが残されていた。妻と御者が殺され、ジョスの力ではアニエスとエリーズの二人を隠すことは不可能。逃げようにも取り囲まれていて、三人で突破できるとは思えない。だからアニエスを守ることに全力を注ぐ。きっと相手は死体を確認しようとするから、妻がアニエスに見えるようにし、アニエスの乗った馬車には認識阻害の魔法をかける、と」
そこまで一気に言うと、ブノワは小さく息を吐く。
「妻を巻き込んでしまったことを心から謝罪していた。だが、どうか犯人を特定しようとしないでほしい、と。全員死んだと思えば、私達には目が向かないだろうから。もしもうまく逃げられたら、その時にはすべてを打ち明ける。自分が戻らなかったらアニエスを頼む。どうか、アニエスを守ってほしい。……光の文字はそう綴って、そして消えた」
そう言われてみれば、馬車の中で目が覚めて扉を開けた時に光が弾けた。
あれは、ジョスの魔法だったということか。
「だから、オレイユの王族が訪問すると聞いて、表情が曇ったのですね」
オレイユという言葉に、あの事故を思い出したのだろう。
「妻とエリーズとジョスの仇を取るためなら、命など捨てても構わない。だが、私にはアニエスとケヴィンがいる。だから二人を守って生きることを選んだ」
「……ごめんなさい」
絞り出した声はかすれていて、ブノワが眉間に皺を寄せる。
「どうして謝るんだい?」
「私がいなければ、お父さんとお母さんは逃げられたかもしれません。伯母さんも巻き込まれなかったでしょう。それなのに私が生き残って。そのせいで、お父様は身動きが取れない」
声が震えそうになるのを隠すため、いったん小さく深呼吸をする。
「ろくに社交もできず、へなちょこ王族に婚約破棄され、キノコを生やして。全然、役に立てずに迷惑ばかり。……ごめんなさい」
沢山のものを失った悲しみに、ブノワは耐えている。
その枷となり足を引っ張ることしかできない自分が、情けなくて悔しい。
どんどん視界が滲んでいき、耐えきれずに涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「アニエス」
いつの間にか、ぎゅっと抱きしめられ、何度も何度も頭を撫でられる。
「謝らなくていい。アニエスは何も悪くない。悪いのは犯人だ」
アニエスを慰めるその言葉は、きっとブノワが自分に言い聞かせていたことなのだろう。
「犯人のことは、死ぬほど憎い。でも、アニエスとケヴィンの安全の方が何倍も大事だ。ジョスとエリーズも、アニエスが大切だから守った。妻が馬車に同乗していたのも、おまえ達が心配だったからだ。だから、決してアニエスのせいなんかじゃない」
腕を緩めたブノワはとても優しい笑みを浮かべていて、アニエスの頬を涙がつたう。
「へなちょこ毛根のせいでつらい思いをさせてしまったけれど、クロード殿下ならきっとアニエスを大切にしてくださる。アニエスが幸せになることが、あの三人にとって何よりの慰めなんだ」
ハンカチでアニエスの涙を拭うと、ブノワは小さく息を吐いた。
「ジョスはオレイユではそれなりの家の出で、その関係で命を落としている。アニエスは死んだことになっているから、大丈夫だとは思うけれど。それでも、オレイユと関わるのは気をつけなさい」
「はい」
どうにか返事を絞り出すのを見て、ブノワは困ったように微笑んだ。
「アニエスなら、大丈夫。『私は可愛い、私はできる』だろう?」
「な、何故それを⁉」
まさかの言葉に、溢れそうになっていた涙が一気に引っ込んでいく。
「ケヴィンに聞いたよ。いい言葉だね」
「ケヴィン……!」
まさかの裏切り行為に震えるアニエスに構わず、ブノワはアニエスの頭を撫でる。
「私も、聞きたいな」
「ええ?」
そんなもの、恥ずかしいから嫌だ。
そう言いたいのだが、期待に満ち溢れた眼差しを無視できない。
「わ……私は、可愛い。私は、できる」
どうにか絞り出したのだが、それでは満足できないとブノワの目が語り掛けてくる。
「――私は可愛い! 私はできる!」
やけになって叫ぶと、ブノワは満足そうに微笑みながらうなずいた。
「そうだね。アニエスなら、できるよ」
精神的な疲労に襲われて息切れしてしまうのだが。
何と強力な言葉なのだろう。
「幸せに、なるんだよ」
肩で息をするアニエスの手を、ブノワがぎゅっと握りしめる。
するとその手の甲に破裂音と共に、赤い傘に白いイボのキノコが現れた。
ブノワは手の上で揺れるベニテングターケをじっと見ると、そっとその傘を撫でる。
「私の大切な娘を……キノコのお姫様を、どうか守っておくれ」
婚約者のクロードならいざ知らず、ついにキノコにまでアニエスを託し始めた。
ちょっとどうかとは思うのだが、本人が意外と真剣な様子なので突っ込みづらい。
するとブノワに応えるようにポンポンとベニテングターケが増えていく。
水玉模様のキノコだらけになっていくブノワを見ながら、アニエスはただ笑うしかなかった。
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こちらも是非ご予約くださいませ。
m(_ _)m
【今日のキノコ】
ベニテングタケ(紅天狗茸)
赤い傘に白いイボが水玉模様のように見える、絵に描いたザ・毒キノコという見た目。
スー〇ーマ〇オなら1upしそうだが、実際は食べると危険。
運命の赤い菌糸を感じ取っては生えてくるキノコで、クロードのひとめぼれの相手でもある。
「我々もアニエスを守る」と訴えるべく生えてきた、やる気満々のキノコ。
ブノワが水玉模様に埋もれているが、これはこれで似合っている気がする。








