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事故の記憶と違和感

 ただでさえ恥ずかしい事態に恥ずかしいキノコだったわけだが、現状は更に過酷だ。

 この馬車には、モーリスも乗っている。


 つまり、目の前で先程の接近戦を展開していたのだ。

 なかったことにもできなくて、頬を赤らめたまま意を決して話しかける。


「あ、あの……」

「大丈夫です。日頃から鍛錬しておりますので、ご心配なく」


 ……一体、何の鍛錬だ。

 アニエスの心中を知ってか知らずか、モーリスは穏やかな笑みを向けてくる。


「私のことはいないものと思って、存分にいちゃいちゃしてください」

 とんでもない申し出に、アニエスは勢いよく首を振った。


「い、嫌です。無理です。恥ずかしい!」


 アニエスの叫びと共に破裂音が響き、モーリスの腕に灰褐色の傘に黒褐色のイボのキノコが生えた。

 ヘビキノコモドーキをむしりながらも、モーリスは何故か笑顔のままだ。


「そういう反応も殿下は喜びますし、キノコも喜びます。何にしてもアニエス様がそばにいてくだされば殿下は幸せです。私や他の護衛のことは、道端のキノコだと思って気になさらないでください」

「気になるに決まっているじゃないですか……」



 すると、突然馬車の動きが止まる。

 ルフォール邸に到着するにはまだ早いが、何かあったのだろうか。


「何事だ」


 少し緊張した表情でモーリスが問いかけると、御者が何やら返事をしている。

 内容は聞こえないが、モーリスの眉が少しだけ顰められたのが気になった。


「何か、あったのですか?」

「いえ。少し道が通りづらいので、迂回するそうです。ご心配なく」


 それはない。

 この道は何度も馬車で通っているし、歩いた回数はそれ以上。

 道は広いし、迂回する必要なんてないはずだ。


「……事故、ですか?」


 嘘をつく気はないらしく、モーリスは静かにうなずく。

 少しだけ躊躇したが、やはり気になって窓から外の様子を窺う。


 車輪が外れた荷馬車と、崩れ落ちたらしい木箱。

 道には沢山のオレンジが散乱していた。

 一瞬、両親の事故を思い出してしまい、背筋を寒気が走る。


「ただの故障のようです。荷物も御者も大事ないようですから、ご安心ください」


 恐らく、クロードにアニエスの両親の事故のことを聞いているのだろう。

 最初に事故という言葉を使わずに迂回しようとしていたし、今もあくまでも故障が原因で誰も傷ついていないことを主張している。


 その心遣いはありがたいのだが……何かが引っかかる。



 もう一度車窓に目を向けると、木箱の蓋を直す人やオレンジを拾う人が目に入った。

 あの事故の時も、周囲には木箱や荷物が散乱していた。


 そう、散乱して………残っていた。


 違和感の正体に気付いたアニエスは車窓から視線を戻し、曖昧な記憶をどうにかたどろうとする。

 あの事故は盗賊によるものだろう、と聞いた。

 それなのに、荷物はほとんど残っていたのだ。


 アニエス達の荷物はたいした価値がなくて、盗むに値しなかったということだろうか。

 だが鞄もそのままだったし、中身を見た様子もなかった気がする。

 確認した上で鞄に戻して閉じた可能性もなくはないが、盗賊がそんな律儀なことをするとも思えない。


 それに血にまみれた伯母の首元には、宝石でできたと思しきネックレスがあった。

 子供のアニエスでは価値はわからなかったが、それでも高価であることは間違いないだろう。

 だが、ジョスの瞳と同じ緑青色の石の指輪はなかった気がする。


 盗む物の基準が、いまいちわからない。

 けれど、妙に気になって仕方がない。


 盗賊ならば換金できるものは持っていくはずなのに、荷物も高価な装飾品にも手を付けていない。

 記憶が曖昧ではあるが、確か馬も死んでいた気がする。


 盗むことが目的ではないというのなら、殺したかったのだろうか。

 いや、それならばアニエスだけ生かしておくのも意味がわからない。

 大体、両親や伯母にそれほど恨まれる理由があるとは、とても思えなかった。



 帰宅した後も何だか落ち着かなくて、アニエスは自室の本棚から一冊の本を取り出す。


 あの事故の時の記憶は曖昧だが、荷物が散乱し血の海だった場所からアニエスを助けてくれたのはブノワだ。

 ほとんどの荷物は血まみれで捨てるしかない中、この本は馬車内に残っていたので無事だったと渡されたもの。


 それまでは両親と一緒によく見ていた薬草の本だったが、あの事故以来見るのが怖くてずっと本棚にしまい込んでいた。

 ソファーに腰かけてパラパラとページをめくると、少し色あせた挿絵が並んでいる。


「……懐かしいですね」


 小さい頃はこの絵が大好きで、少し大きくなってからは説明文を読みたくて一生懸命文字を覚えたものだ。

 ルフォール邸に行く時も必ず持って行き、ケヴィンと一緒に読むのが楽しみだった。


「あら?」

 最後のページをめくって終わりにしようとしたのだが、裏表紙の部分に不自然な凹凸がある。


「何か、入っている……?」


 飽きるほど読んでいたし、こんな凹凸があればとうの昔に気付いていたはずだ。

 ということは、気付かないタイミング……アニエスが読み終わった後。

 あの日馬車に乗るまでの間に、何かが入れられたことになる。

 そんなことをできるのは両親くらいしか思い当たらない。


『見つかった。話をつける。戻らなければ二人を頼む』


 中から出てきた紙に書いてあるその字は、間違いなくジョスのものだった。







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【今日のキノコ】

ヘビキノコモドキ(蛇茸擬き)

灰褐色の傘に黒褐色のイボを持ち、ヒョウ柄のようにも見えるキノコ。

肉は白色で特徴的な味はないが、毒キノコなので口に入れてはいけない。

……キノコの勇者は、今日も食べてはいけないものに挑んでいるらしい。

どこかのおばさまが好むような柄だけあって、噂話が大好きなおばちゃん気質で、オトメノカサとは情報交換をする仲。

「恥ずかしさも、若さよ」と照れるアニエスを見守りつつ、「アニエスに恥ずかしい思いをさせるなんて」と苦言を呈す、矛盾を恐れないキノコ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 両親の死の謎、お待ちしてます。
[一言] >道端のキノコだと思って気になさらないでください なにもない道端にキノコが生えてたらむしろ気になる >キノコの勇者 昨日の感想に書いたブリーディング・トゥースは苦くて食用に向かない、イカタ…
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