少しずつ、慣れてね
「木に生えるキノコもいいが、畑に生えるキノコというのも良かった。いいものを見せてもらったよ」
馬車に乗ってからもキノコの感動を抑えきれないらしく、クロードはずっと語り続けている。
「本当にキノコが好きですね」
呆れてそう言うと、クロードは驚いたように目を瞬かせ、そして微笑む。
「ああ、好きだよ。でも、アニエスの方がもっと好きだ」
「今はそんなことを言っているわけでは」
「隣に座ってもいい?」
「ど、どうぞ」
既に隣に座っていたとしても、クロードは必ず一声かける。
それは馬車にトラウマがあって家族以外とは乗れなかった、アニエスに対する心配りなのだろう。
「最近は、馬車で隣に座っても平気になってきたね。練習の成果だ」
確かに練習として何度か馬車でお出かけしているし、さすがに慣れてきたのだろう。
「何だか楽しそうですね」
「そりゃあ、正面から見るアニエスも可愛いけれど、そばにいたいから」
にこりと微笑むと、手を伸ばしてアニエスの頭を撫でる。
その声音から手つきまですべてが優しくて、アニエスの胸が早鐘を打った。
ポンという破裂音と共にクロードの腕に生えたのは、赤と黒の漏斗型の傘のキノコだ。
ウスターケとクロラッパターケはクロードの動きに合わせて、モキュモキュという摩擦音を響かせる。
「クロード様は、すぐにそういうことを言いますよね。もともとそうなのですか?」
とにかく話題を変えたくて尋ねると、クロードは暫し考え込んでいる。
「どうだろう。今まで好きな人なんていなかったし、思ったことを言っているだけだよ」
――今まで好きな人なんていなかった。
その一言にほっとし、同時にそんな自分が少し恥ずかしくなる。
クロードに大切にされているのに、過去まで気にするなんて傲慢だ。
何て、浅ましいのだろう。
少し悲しくなって知らず俯いたアニエスの手に、そっとクロードのそれが重なる。
いつの間にかキノコをむしっていたらしく、向かいの椅子に赤と黒のキノコが綺麗に並べられていた。
「アニエスには、包み隠さず愛情を伝えた方がいいと思うんだ。フィリップのせいで自己肯定感が低くなっているし。俺がどれだけ想っているのか、きっとわからないだろうから」
「……すみません。クロード様は私を大切にしてくださっているのに。私は十分にお返しできていませんね」
クロードはアニエスに好意を伝えて大切にしてくれているし、それはわかっている。
本当ならばもっと積極的に返すべきなのだろうが、何をすればいいのかわからないことが多い。
それに迷惑かもしれないと思うと、普段と違うことをするのは怖かった。
クロードを信じると決めたのだから、もっと頑張らなければ。
「アニエス、顔を上げて」
穏やかな声に促されて顔を上げると、そこにあるのは優しい鈍色の瞳だ。
「お返しなんて、気にする必要はない。アニエスが生きているだけで、感謝を捧げたいんだ。君がこうして隣にいてくれることが、俺にとってどれだけ幸せなのか……きっと、わからないんだろうな」
困ったように微笑んだクロードは、手を伸ばして滑るようにアニエスの頬を撫でる。
「それでも、俺にはまだまだ伝えたい想いが沢山あるよ」
「あ、あの……」
ポンという破裂音と共に肩に乳白色の傘の小さなキノコと、扁平な緋色のキノコが生える。
クロードはオトメノカーザとヒイロターケには目もくれず、溶けてしまいそうな強い視線を向けてきた。
その吐息がアニエスの頬をくすぐるほどに、近い。
何か言わなければと口を開いた瞬間、馬車の揺れが止まった。
「ああ、到着したみたいだね。残念」
笑みを浮かべながら、クロードが頬から手を放す。
開放されて安心すると同時に何だか寂しいし、ドキドキが止まらなくて苦しい。
クロードはずっと優しいし、甘い言葉もかけてくれていた。
でも、何かが少しずつ変わっている気がして。
それがクロードの変化なのかアニエスの変化なのかが、わからない。
「番の愛は重いらしいから。少しずつ、慣れてね」
アニエスが返事をする間もなくその手をすくい取ると、唇を落とす。
その声音も手に触れた柔らかい感触も落ち着かなくて、アニエスはただうなずくのが精一杯だった。
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【今日のキノコ】
ウスタケ(臼茸)
赤いラッパ型の傘を持つ毒キノコ。
消化器系の中毒を起こすが、特徴的な味はない……また、誰か食べたらしい。
ラッパ型でもキノコなので音は出ないことに気付いたが、諦めなければいつか音が出るのではないかと、特訓中のキノコ。
クロラッパタケと共に摩擦音という新たな境地にたどり着き、ラッパ型キノコの可能性を感じている。
「アニエスのそばにいたい」というクロードの言葉に賛同しファンファーレを鳴らすつもりだったが、やはり単独で音は出なかった。
クロラッパタケ(黒喇叭茸)
黒い漏斗型をしていて、ラッパの様な見た目のキノコ。
別名「死のトランペット」だが、ヨーロッパでは日常的に食べられていて、スープに入れると美味。
……ネーミングがおかしいと思う。
ウスタケと共に生えて、摩擦音でアニエスにアピールしている。
いつか自力で音を出すのが目標だが、当面は相方のウスタケと共に摩擦音を極めたい努力キノコ。
オトメノカサ(乙女傘)
乳白色の傘を持つ、小さくて可愛らしいキノコ。
酢の物、和え物などにされるが、くせがなくて食べやすい。
乙女な気配を感じると逃すことなく生えてくる、恋バナ大好きな野次馬キノコ。
「伝えてぇー! 沢山、伝えてぇー!」と大興奮で傘を揺らしている。
ヒイロタケ(緋色茸)
半円球で扁平な緋色のキノコで、全身錆びついたサルノコシカケという感じ。
「木材腐朽菌倶楽部」の一員。
放って置くとどこまでも勝手に盛り上がるオトメノカサに、ブレーキをかける役割だが、ほぼ機能していない。
オトメノカサのはしゃぎぶりを止めつつ「気持ちはわからないでもない」と心の中で呟く、本音と建て前は別のキノコ。