「キノコ姫」マッシュルームの日記念短編
マッシュルームの日だと聞いたので、急いで書きました!
「アニエス、今日はマッシュルームの日だよ」
花紺青の髪の美青年はそう言って微笑んでいるが、アニエスには意味がわからない。
「……何ですか、それは」
「異国の催し事のひとつ、かな。キノコを褒め称える日だよ」
クロードの鈍色の瞳は星のように輝き、澄み切っている。
だが、言っている内容がおかしいことに変わりはない。
キノコの変態は、遠い国のキノコ風習まで網羅している。
さすが、変態に抜かりはないようだ。
「そうですか、おめでとうございます。それでは、私は失礼しますね」
キノコの変態スイッチが入ったクロードは、危険だ。
早々に撤退すべくソファーから立ち上がろうとしたアニエスの手を、クロードがそっと握った。
その時、ポンという破裂音が室内に響く。
黒い手袋の上には、ハマグリがへばりついたかのようなキノコが生えている。
下部はクリーム色、上部は褐色で光沢があるキノコは、ヒトクチターケだ。
艶々として光を弾く様は、誇らしげにも見える。
「今日も、キノコの感度良好だね」
「……私でキノコを補おうとしないでください」
クロードは満足そうに手袋に生えたキノコを撫でているが、その前にアニエスの手を放してほしい。
「そんなつもりじゃないけれど……でも、素晴らしい光沢だ。アニエスも撫でてごらん?」
「結構です」
微笑むクロードの手を振り払いたいが、優しく握っているようでなかなか外れない。
「もうキノコは生えたので、私は必要ありませんよね。心ゆくまでそのキノコを褒め称えてください」
今更クロードがキノコの変態から足を洗うとは思えないし、個人の楽しみを邪魔するつもりはない。
だが、アニエスも参加する必要はないはずだ。
既にキノコに呪われているのに、この上キノコを崇め始めたら、本格的に「桃花色のキノコ姫」になってしまう。
「アニエス」
手を引かれたアニエスは、そのままソファーに腰を下ろす。
「アニエスは、必要だよ。俺にとって、一番大切だ」
鈍色の瞳にまっすぐに見つめられ、アニエスの鼓動が跳ねる。
その瞬間、ポンポンと軽快な破裂音が聞こえ、クロードの肩にキノコの山が出現する。
乳白色の傘は、オトメノカーサだろう。
何だか楽しそうに傘が揺れている気もするが、今はそれどころではない。
「そ、そういう言い方は」
「正直に言っただけだよ」
そうなのかもしれないし、気持ちはありがたい。
でも、どうか心の中でひっそりと思っていてほしい。
麗しい美青年に正面から必要だとか大切とか言われたら、胸が苦しくて仕方がない。
大体、いつまで手を繋いでいるのだ。
ちらりと視線を落とせば、ヒトクチターケはきらきらと光を弾いている。
本当に見事な艶だなと感心している間に手を引かれ、そのままアニエスの手の甲にクロードの唇が落とされた。
「ひゃああ⁉」
アニエスの悲鳴に呼応するように破裂音が響き、クロードの胸にキノコが生える。
赤い傘に白いイボが水玉模様のように見えるのは、ベニテングターケだ。
クロードがキノコに気をとられた隙に手を振り払ったアニエスは、慌ててソファーの端まで後退した。
「う、運命のキノコが生えましたよ。どうぞ末永くお幸せに!」
混乱してよくわからないことを口走ると、クロードは不思議そうに瞬き、そしてにこりと微笑んだ。
「そうだね。俺の運命の赤い菌糸は、アニエスに繋がっているから」
そう言ってベニテングターケをむしっているが、言っていることがおかしい。
いつアニエスに菌糸が繋がったというのだ。
濡れ衣ならぬ、濡れ菌糸である。
クロードはそのままアニエスのすぐ隣に移動する。
キノコを生やしてキノコを装備したキノコの変態が接近。
言葉にするとただの変態注意報発令という感じだが、実際にはそれにときめきも加わるので更に危険だ。
「だから……一緒に、キノコを褒め称えようね」
色気迸る笑みと共に、変態が謎の催事に誘ってきた。
ときめけばいいのか引けばいいのかわからない、とアニエスの心が悲鳴を上げている。
「わ、私は、キノコの変態では、ありませんので」
どうにか落ち着いてもらおうと訴えるが、クロード笑みは崩れない。
「大丈夫。俺はキノコが好きだけれど、それ以上にアニエスが大好きだ」
何がどう大丈夫なのか、さっぱりわからない。
このままではアニエスも、キノコを崇める会に参加決定だ。
急いで拒否なり回避なりしなければいけないのに、優しい笑顔に何も言えなくなってしまう。
キノコの変態、恐るべし。
精一杯の抵抗で視線を外そうと俯くと、クロードの胸のベニテングターケが楽しそうに揺れたような気がした。
本日「キノコ姫」スペース開催するかもです。
詳しくは活動報告をご覧ください。
【今日のキノコ】
ヒトクチタケ(一口茸)
樹木の側面に沿ったハマグリ型で、下部はクリーム色、上部は褐色で光沢があるキノコ。
木にめり込んだ栗饅頭という感じ。
美味しそうな名前に、美味しそうな見た目だが、美味しくないらしい。
クロードに褒められるチャンスだと、どさくさに紛れて出て来た、ちゃっかりキノコ。
撫でられる上に褒め称えられるのか、と歓喜して艶々割り増しで待っている。
クロードに撫でられて幸せだが、アニエスにも撫でてほしい。
オトメノカサ(乙女の傘)
乳白色の傘を持つ、小さくて可愛らしいキノコ。
酢の物、和え物などにされるが、くせがなくて食べやすい。
乙女な気配を感じると逃すことなく生えてくる、恋バナ大好きな野次馬キノコ。
「一番、大切ぅ!」と絶叫しながら生えてきたが、キノコなので届いていない。
ときめくアニエスを見て自身もときめきながら、更なる乙女の気配に期待している。
ベニテングタケ(紅天狗茸)
赤い傘に白いイボが水玉模様のように見える、絵に描いたようなザ・毒キノコという見た目。
スー〇ーマ〇オなら1upしそうだが、実際は食べたらやばそう。
運命の赤い菌糸を感じ取っては生えてくるキノコで、クロードのひとめぼれの相手でもある。
アニエスに「末永くお幸せに」といわれて、満更でもない。
この後アニエスに褒め称えられるのかと思うと、興奮で胞子が飛び始めた。