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運命だと婚約破棄されたが、それはただの浮気です

「アニエス。俺は運命の相手に出会った。おまえとの婚約は破棄する」

 高らかに宣言する少年を見て、アニエス・ルフォールは心底がっかりした。


 ここは王家主催の舞踏会の会場だ。

 多くの貴族と王族までもが参加するこの場で、何て私的な馬鹿騒ぎを起こそうとしているのだ。

 王位継承権を持っていないとはいえ国王の甥であるフィリップが、まさかここまで馬鹿だとは思わなかった。


 へなちょこ野郎だとは思っていたが、ここまで致命的な馬鹿だとは。



 アニエスの目の前に立つのは、婚約者のフィリップ・ヴィザージュ。

 その傍らには縋るように腕にしがみつく少女がいて、潤んだ瞳でこちらを見ている。

 なるほど、フィリップはこんな風に可愛らしい感じが好みだったのか。


 アニエスの桃花色の髪は、寸分の隙間も許さぬほどぴっちりとまとめ上げられていて、髪飾りひとつつけていない。

 対して少女の飴色の髪は緩く巻かれ、レースのついた水色のリボンで飾られている。

 フィリップの指示で味気ない髪形にしているというのに、この少女は華やかに飾り立ててる。

 この差が、つまりはフィリップの想いの差なのだろう。


 じっと綺麗な飴色の髪を見ていると、視線に気づいた少女は怯えるようにフィリップの陰に隠れた。

 何て滑稽なのだろう。

 まるで、アニエスが二人を引き裂く障害物のようではないか。


「運命、ですか」

「そうだ。俺は(つがい)を見つけた。運命の相手で、魂の伴侶だ」

 アニエスの呆れた様子に気付いていないらしく、フィリップは得意気に胸を張って答えた。


 王族には竜の血が入っているという。

 竜の血の話の中で一番有名なのは、『番』だ。

 出会うことは稀だが一目でわかるという魂の伴侶で、決して引き裂くことはできないらしい。

 どこまで本当なのかわからないが、少なくとも一般にはそう信じられている。


 それを今、持ち出すのか。

 たしかに燃えるような愛情は皆無だったとはいえ、それなりに良好な関係だったのに。

 家族以外でキノコが生えないのは彼くらいで、そういう意味では信頼していたのに。


 急速に心が冷えていくのがわかった。

 同時に、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 今まで必死に勉強して、淑女たらんと我慢してきた。

 苦労も忍耐も、すべて水の泡だ。

 ついでに、キノコも生えそうだ。


 ――ふざけるな。

 アニエスの中で、何かのネジが弾け飛んだ。



「……つまり、浮気の末に乗り換えるのを、正当化したいのですね?」


 アニエスはそれまで浮かべていた笑顔を取り下げると、ため息をついた。

 明らかに揶揄する言葉に、フィリップが目を瞠っている。

 今までは大人しく従っていたから、驚いたのだろう。


 だがアニエスは元々、言いたいことは言う方だ。

 仮にも伯爵令嬢という立場で、目的があったからこそ、今まで我慢していただけだ。

 そして、もう我慢する理由がない。


「無礼な。竜の血を引く王族に対して何という言い草だ」

「では何故、先に婚約解消を申し入れてくださらなかったのですか」


「それは、おまえが承諾しないだろうと」

「打診もせず、何故言い切るのですか」


「だってそうだろう、俺にはキノコが――」

「キノコで自惚れないでください。『婚約者はいるけれど、他の女性に手を出しました。乗り換えたいです』と正直に言ってくだされば良かったのです。そんな不誠実な相手との婚約など、喜んで解消しました」


「重ねて無礼な。私は番と出会ったのだ。おまえの存在が偽物だっただけだ。偽キノコだ」

「だから、キノコは関係ありません」

 フィリップは苛立ちを隠すことなく眉を顰めると、背後に視線を移す。



「衛兵、王族に無礼を働く女を牢に入れろ。少し、頭を冷やすといい」

 だが声をかけられた兵は、フィリップの言葉に従うべきか迷って顔を見合わせている。


 それは当然だ。

 彼らは舞踏会の警護が任務であり、婚約破棄騒動に関わりたくなどないだろう。

 それも、王族とはいえ端くれのフィリップの命令に。


 だが、再三にわたって王族の名を出されれば、従わざるを得ない。

 何と悲しい身分の差。

 渋々アニエスの腕を取ろうとする兵に心の中で同情しつつ、その手を避けた。


「触らないでください。牢に入れと言うのならば、入ります。婚約解消でも破棄でも、どうでもいいので結構です。ただ、一つお聞きしたいのですが」

「何だ。今更何を言っても婚約は破棄するぞ」


「それは一向に構いません。むしろ、さっさと手続きを済ませてください」

「じゃあ、何だ」

 アニエスは眉を顰めるフィリップの鈍色の瞳を見据えた。


「運命だというのなら何故、偽物と婚約したのですか。そんな節穴の目で見つけた番とやらは、本当に本物ですか?」


 フィリップの表情が一気に険しくなり、衛兵の剣に手をかけて引き抜く。

 きらりと光を返す刃が美しい。


 切るなら切ればいい。

 そうすればアニエスは浮気の上に捨てられた女から、浮気した婚約者に切り付けられた女になる。

 どちらも甲乙つけがたい酷い扱いだが、後者ならば少しは同情の声も入るだろう。

 何せ、王族主催の舞踏会で婚約破棄騒ぎを起こした上に、婚約者である貴族令嬢に剣を振るうのだ。

 フィリップが王族の端くれとはいえ、何のお咎めもなしとはいかないだろう。


 アニエスが……ルフォール家が一方的に悪くなければ、それで十分だ。

 どうせなら、キノコが生える前に切ってほしい。

 唇をかみしめて、恐怖に立ち向かうようにフィリップを見つめる。



「――何の騒ぎだ」


 その時、よく通る低い声があたりに響いた。



新作を連載開始します。

キノコが生えるまで、少々お待ちください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 可愛い髪色に反して、アニエスはなかなかに漢前のようですね。 ユリア(@未プレイ)と気が合いそうです。 > キノコが生えるまで、少々お待ちください キノコが生えるまで待つとなると、ジメジメし…
[一言] キノコの生えない浮気ノコ婚約者か……(したり顔) 割と王道的な婚約破棄とシリアス展開なのに、ちょくちょく挟まれる『キノコ』の文字が気になり過ぎて『竜』や『番』のキーワードを忘れそうになりま…
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