傘
放課後になり校舎から出たとき、思わずため息をついてしまった。
天気予報は今日も外れた。
明日は洗濯日和になるでしょう、なんて言ってたから、傘なんて持ってきてなかった。
(駅まで走るしかないかあ・・・)
彼女は、雨が続く最近の空模様にうんざりしていた。
自然と気持ちも沈んでしまう。
しかも、この前の模試でいい結果を残せず、
親や先生からうるさく言われる羽目になってしまっていた。
実のところ何のために勉強してるのか分からなくなっていたのだが、
浪人は避けたいという気持ちだけで、学習意欲を何とかつなぎとめていた。
そしてこの雨は、そういう憂鬱さをより一層大きくしているのであった。
もやもやした思いを抱え、雨の中に踏み出そうとしたとき、
「傘、入る?」
男子が声をかけてきた。
田阪だった。同じクラスの。
「いや、・・・この雨の中走っていくの、大変かなって、思って。」
「い、いいよ。別に。」
田阪に話しかけられるなんて、思いもしなかった。
一度一緒に委員を務めたときも、無口で内気な人というイメージしかなかった。
その内気さを顔いっぱいに表現して彼は、私にこう言った。
「じゃあ、一緒に帰ろうよ。」
彼はやっとの思いで言ったようで、目はきょろきょろしている。
というか、「じゃあ」の意味が分からない。
どういうことなのか、私は分からなかった。
「あのさ、ずっとさ、・・・僕、」
彼が何か言ってるのも聞かず、私はもう走り出していた。
後ろで声がした気がしたが、走り続けた。
まさか。 田阪が私のこと・・・?
彼女は、友達から、また他の男子からも、
「北谷は元気で活発なスポーツっ子」
というイメージを持たれていた。
田阪の性格は、彼女のそれとは全く正反対であった。
(私のことを・・・?)
高校生活で、そういう話こそするものの実際の恋愛とはほぼ無縁だった。
どうしたらいいのか分からなかった。
ただでさえはっきりしない心に、また一つ、霞みがかったものが重なってしまった。
雨は、相変わらずの強さで降っていた。
その頃田阪は、立ち尽くしていた。
僕はなんてことを言おうとしていたのだろうか、と。
こんな、自分みたいな人物が、
よりによって、クラスの人気者の、
自分とは正反対の、
明るい性格の、彼女、北谷さんに。
自分でもよく分かっていない気持ちを打ち明けようだなんて。
そもそも、どうしてこんな気持ちになったのだろうか。
この、最近の天気のせいなんだろうか。
委員を務めていたころから、何か今までにない気持ちになったのは覚えている。
中学まで、あまり人になじめなかった自分の中にはなかった感情だった。
これって、恋とかいうやつなのかって、気付いたのは昨日だった。
昨日は、それを彼女に伝えようって、固い決意があった。
今日は・・・
(やはり、僕はこんなことをするべきではなかった…)
後悔の念ばかりが、彼の心を占めていた。
雨は、さっきより少し激しく降っていた。
その次の日からも、クラスでは北谷は相変わらず元気で、
いつも通りの人気者だった。
田阪は、これまた相変わらず内気で、本を読んで静かに過ごしていた。
何も変わっていなかった。
不思議なことに、前の日のことは噂にすらなっていなかった。
誰かが見ていたかもしれないと、二人とも考えていた。
しかし何も変わっていなかった。
昔書いたものを改稿したものです。