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クガイの剣 とある剣豪の異境活劇  作者: 永島 ひろあき
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第九話 ラドウ

 アカシャがクガイらを隠れ家に案内している頃、タランダはわずかに不機嫌な雰囲気を醸しながら、占いの部屋で招かざる客人と対面していた。大蛇の下半身の尾が苛立たしそうにうねくっている。


「ぞろぞろと雁首を揃えてきたもの。このタランダの占いがお望みってわけではなさそうだ」


「いやあ、すまないね。君の本業が占いであるの分かっているのだけれども、今日は情報屋としての君に用があってきたよ」


 いかにも軽薄な調子でタランダに答えたのは、彼女の卓上の水晶球を挟んで真正面に座る青年だ。地平線の彼方に沈む太陽を思わせる橙色の髪に(はしばみ)色の瞳を持った美青年で、にこやかな笑みが人のよさそうな雰囲気を醸している。

 黒いシャツに白いズボンとジャケット、首には赤いネクタイを巻いている。いずれも最高級の生地を贅沢に使った一級品だ。

 ネクタイピンには大ぶりの金剛石が輝いている。最近、楽都で上流階級を中心に流行中の異国の服装で、着こなしも見事なものだ。


「無尽会の幹部様が私に情報を? お抱えの情報屋がいくらでもいるだろうに」


 目の前の青年こそは、クゼと並ぶ無尽会の若き幹部ラドウ当人であった。彼の背後には赤い髪を逆立たせた鋭い目つきの青年と、薄緑色の髪に糸目の青年とが立っている。

 二人とも灰色の詰襟服と黒いコートに袖を通しているが、これはラドウ配下の人間に支給される制服のようなものだ。


「もちろん、高い金を払って雇っている情報屋はいるともさ。けれど楽都で一番の情報屋は君だからね、タランダ殿。俺は急ぎの仕事の時は君に頼ることにしているのさ」


「能力を買われるのは悪い気はしないさ。それで何が知りたいんだい? 幸い、次の占い客が来るまで少し時間がある」


「うんうん、それはよかった。タランダ殿の事だ、俺達があるものを巡って少々危ない真似をしているのは承知の上だろう。

 その一件でね、君にはクムという少女の居場所を教えて欲しいのさ。しがない屋台の料理人だけれど、ちょっと身柄を確保する必要が出て来てね」


 にこにことあくまで陽性の笑みを浮かべながら告げるラドウに、タランダは胡乱な瞳を向ける。この魔界に浸食された都市で多くの人間を見てきたこの半人半蛇の占い師には、何か特別なものが見えていたのかもしれない。


「笑いたいわけでもないのに笑うものではないよ。クム、ね。悪いけれどその子の情報は売れないよ。情報屋の信義と掟の為にね。あんたほどの立場の人間なら、それくらいは知っているだろう」


「おや、おやおや! そうか、俺は遅きに失したか。もう少し早く来ていればここで顔を合わせられたのかい?」


「さて、ね。そこも含めての情報だ。教えられることはないよ。それ以外の情報でなら応じるけれど、なにかあるかい?」


「う~ん、目下、俺に必要なのはクムの居場所だからなあ。そうなると君から彼女の情報を得られる頃には、もう必要がなくなっているだろうし、残念だけれど今回は縁がなかったようだ」


 ラドウは言葉の割には残念な素振りを見せなかったが、背後に控える赤毛の青年が気色ばんだ顔になり、タランダを睨んでいる。青年の眼力には、荒事に慣れた人間でも知らず息を呑む圧力があったが、楽都一の占い師はそれを何とも思わぬ顔だ。


「楽都一とはいえ、たかが占い師がラドウ様に対して随分と不遜な態度だな」


「こらこらグケン、乱暴な物言いはよくないなあ」


「申し訳ありません、ラドウ様。しかしながらたかが占いと情報の売り買いを生業にしている程度の半化け物が、ラドウ様の命令に応じぬなどと身の程を弁えぬ振る舞いに他なりません」


 糸目の青年は何も言わず、あるかなきかの笑みをうっすらと浮かべている。タランダは苛立ちを挑発的な笑みに変えて、グケンと呼ばれた青年に焦点を合わせる。


「ふふん、大した忠誠心だ。見どころのある手札を持っているようだね、ラドウ。無尽会の若い連中の中で二枚看板と言われるだけのことはある」


「はは、流石はタランダ殿。俺達無尽会の内部事情もご存知か。いやあ、会長も悩んでいるんじゃないかな」


 ケラケラと笑うラドウだが、今しがたタランダが口にした程度の情報ならば、その筋の人間達なら誰でも知っている。つまらないお世辞に、タランダはフン、と鼻を鳴らす。それがグケンにとっては目障りこの上ないようで、はっきりと殺意を滲ませた。

 グケンが一歩踏み出して、彼の右手の人差し指に嵌められた指輪をタランダへと向ける。

 銀色の指輪には黄金の瞳を思わせる造作の黄水晶が埋め込まれている。この黄水晶は太陽光を蓄積するよう特殊な加工が施されており、操作一つで太陽光を糸のように細く圧縮し、発射する機能を持つ。

 圧縮された太陽光は、人体はもちろん、妖怪の硬い表皮や鱗も貫き、悪霊の類にも効果は抜群だ。


「ラドウ様への数々の無礼、今からでも謝罪するならば痛い目を見ずに済むぞ」


「おお、怖い、怖い。躾のなっていない飼い犬がキャンキャン吠えているね」


 タランダの揶揄する言葉が、グケンを行動に移させた。彼の指輪が一瞬閃き、タランダの左肩に黄水晶から放たれた光線が突き刺さる。だがタランダは微塵も苦痛を感じた様子はなく、喉の奥でククっと短く笑う。


「怖いものは閉じ込めてしまおう。ふふふ」


 タランダの右手が伸びて、卓上の水晶球を撫でる。猫をくすぐるような動作によって何が生じたか? タランダの肩を貫くはずの光線が途絶え、直後に彼の動揺する声が室内に響き渡った。


「お、俺の右手が!?」


 指輪を嵌めていたグケンの右手が鮮やかな切断面を覗かせて、手首から先が失われている。出血はなくまた苦痛もない。グケンは右手が繋がったままの感覚であるのに、かえって恐怖を誘われた。


「おやおや、グケンの右手を取られてしまったね。タランダ殿の魔術かな?」


 ラドウの呑気な声につられて、タランダへと視線を移したグケンは、水晶球の中に自分の右手首から先が閉じ込められているのに気付いた。

 タランダが水晶球を撫でた瞬間、音もなく魔術が作動して右手首が水晶球の中へと封じ込まれてしまったのだ。


転写封奪(てんしゃふうだつ)の術。瞳、鏡、水面、あるいはこの水晶球みたいに映したモノを封じる、なんてことはない術さ。

 実体のない悪霊の封印やこういう時には役に立つ。さて、次は何を奪って封じようか。その目にしようか。それとも小生意気な口か。それとも身の程を弁えぬ心か、ふふふ」


 ここに至り、グケンはようやく自分が過ちを犯していたのに気づく。楽都一とはいえたかが占い師、たかが情報屋と侮った半人半蛇の妖女は、得体の知れない魔力を操る怪物だったのだ。


「タランダ殿、うちのグケンがすまなかったね。俺の教育不行き届きだ。これでも将来有望な子でね。これ以上はいじめないでおくれよ。この子の右手も返してはもらえないだろうか。ね、頼むよ、このとおり」


 ラドウは両手を合わせ、気安い調子でタランダに頼み込む。タランダはお前もこうしてやろうか、と内心ではほくそ笑みながらラドウを見て、ふうん、と呟く。

 ラドウの瞳にグケンを心から案じる慈悲を見た、などというわけはない。タランダが見たのは、正反対のものだった。


「この指輪は少し値打ちがあるけれど、片っぽの手首なんざ、そこらの妖怪のおやつにしかなりやしない。返してあげるから、さっさとこの坊やを連れてお帰り」


 再びつるりとタランダが水晶球を撫でると、グケンの奪い取られていた右手首が復活し、傷跡一つなく、痛みや元に戻ったという感覚もない事に、グケンは顔色を青くする。


「いやあ、ありがとう! ここまで素直に返してくれるとは、優しい方でよかったよ。これは騒がせたお詫びだ。取っておいておくれ」


 ラドウはジャケットの懐から紫色の包みを取り出すと、それを卓の上に置いた。タランダがふっと小さく息を吐くと、紫の包みがひとりでに解かれて、帯封を巻かれた金貨の束があらわとなる。


「分かりやすい誠意だこと」


「ははは、分かりやすい方が良いだろう? それじゃあ今度こそお暇するよ。騒がしくして済まなかったね。ほら、グケン、セイケン、行くよ」


 セイケンと呼ばれた糸目の青年は終始沈黙したままラドウに従い、グケンは青色吐息の様子で、タランダへ恐怖に染まった視線を送りながら天幕を後にした。三人の姿が見えなくなってから、タランダは室内の片隅に向けて声を発した。


「早速、クガイの運んできた縁が別の縁を呼び寄せたね、アカシャ」


 天井から垂れ下がる布の奥から、アカシャが姿を見せた。彼女がクガイ達の案内を終え、隠れ家を後にしてからほとんど時間は経過していない。この天幕と隠れ家の距離を考えれば、にわかには信じがたい移動速度である。


「無尽会の二枚看板が揃って追い求めるクム様。ご本人にとっては迷惑以外のなにものでもありません。でもお陰で得るべき情報の幅を絞れたのではありませんか?」


「そうだねえ。肉体を作り変えて異能を獲得した連中を従えるクゼと、肉体はそのままに魔術具や仙術武具を使う連中を率いるラドウ。

 無尽会の内部抗争じみた面が見られる。無尽会会長の仙人崩れの化け物爺さんの態度次第もあるけれど、思ったより早く情報は集められそうだね」


「そういえば先程のやりとりですが、ラドウ様はわざとグケン様を止めなかったようですね」


「さしずめ見どころのあるのは糸目の坊やの方なんだろうね。準備を整えずに喧嘩を売るべきでない相手を教える為に、わざとグケンの好き勝手にやらせたのさ。

 にこにこと笑みを浮かべてはいたけれど、あれだけ分かりやすい作り笑顔もそうはないよ」


「ラドウ様は、本当に笑った事など無い方なのかもしれませんね」


「笑ったことがあろうとなかろうと、クガイ達といずれ刃を交えるのは間違いないよ」


「クガイ様とハクラ様なら並大抵の相手は問題ではありませんが、少々厳しい相手かもしれません」


「クガイの奴は厄介な荷物を抱えているしねえ。でもま、白麗族のお嬢ちゃんはなにかとっておきを隠して持っているようだから、なるようになるさ」


「まあ、冷たいお方」


「どっちも商売相手だからね。それでも人情として、少しだけあのクムのお嬢ちゃんに寄っているよ」


 くくっと喉の奥で小さく笑うタランダの琥珀の瞳からは、果たして口にした言葉が嘘か真か、誰にも読み取れそうになかった。

 一方、タランダの天幕を後にしたラドウは、顔色を青くしたままのグケンの左肩に手を回し、気安い調子で慰めている。端正な顔立ちと柔和な雰囲気と相まって、楽都の裏社会でも有数の武闘派組織の幹部には見えない態度だ。


「おいおいグケン、そんなに落ち込むものじゃないぜ。タランダは占いは楽都一、魔術の腕に関しても五指に入る凄腕だ。会長だってそう簡単には手を出さないような怪物だぜ? 多少の痛い目を見たところで恥じ入るようなことじゃない」


 わざとそうなるよう仕向けておいて、なんとも身勝手なラドウの言い分だが、失意の底にあるグケンはそれに気づかず、上司の前で見せた失態にようやく思い至り、青い顔色のままその場で土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。


「も、申し訳ございません、ラドウ様。言い訳のしようがない失態をお見せしてしまいました。いかようにも罰してください」


「おおっと人の往来のあるところで大の大人が安易に頭を下げるもんじゃないぜ。気にしなくていいって言っているだろう? それより楽都一の情報屋が当てにならない以上、次の手を打ちに行こう」


 これまで口を閉ざしていたセイケンがようやく口を開いた。グケンには視線もくれない。


「では二番目の情報屋から当たられますか?」


「そういうこと! さあ、時間は有限だ。クゼ殿に先を越される前に行動に移るとしようぜ」


 ラドウはタランダの天幕を訪れる前から変わらぬ笑みを浮かべ、腹の底の伺えぬ態度で意気揚々と足を進めていった。

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