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クガイの剣 とある剣豪の異境活劇  作者: 永島 ひろあき
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第八話 それぞれの事情

「戻ったぜ。今のところ、ここに意識を向けているような奴らは見当たらん。今日くらいはゆっくりできるだろう」


 クム達は倉庫の中心に置かれた円卓について、お茶を飲んでいるところだった。毛足の長い絨毯を重ね、その上に木製の円卓と椅子が四脚置かれており、クガイは空いている一脚に腰かけた。

 タランダのものである椿と小鳥の描かれた白磁の急須と茶碗が円卓の上に置かれていて、すぐにクムがクガイの分のお茶を淹れてくれる。うっすらと紅色がかったお茶は、薔薇の芳しい香りを立てている。


「ん? 薔薇茶かい? 優雅なもんだな」


 ふわっと鼻孔をくすぐる芳香に、クガイは口元を綻ばせる。


「私の屋台ではとてもではないですけれど、出せない良いお茶ですよ。他にも手を出せないような食材がたくさんあって、目が回ってしまいそうした」


「ふふ、遠慮なく使ってくださいね。何度も言いますがタランダも承知の上ですから」


 アカシャは変わらず顔の下半分を布で隠しているが、既に茶碗の中身は三分の一にまで減っていた。

 ちょうど薔薇茶を飲み干したハクラが、表情を引き締めてアカシャにこう尋ねた。彼女は常に生真面目だ。


「ところで、アカシャ、尋ねておきたいことがある。私はまだこの街に来てから三日ほどなので、いろいろと知らぬことが多い。なので、もしかしたら礼を失した物言いをするかもしれないが、その時には遠慮なく言って欲しい」


「では、なにをお尋ねになりたいのですか?」


「タランダは情報屋なのだろう。ならば私達の情報はどう扱う? 求められれば売るのか? 私達の情報も彼女にとっては商品だろう」


 ハクラの質問に、クムはあっという顔になり、クガイは黙して語らない。アカシャは布の奥でふわりと笑ったようだった。クムを思って、ハクラが神経を尖らせているのを理解しているからだ。


「その点につきましてはご安心を。情報屋としての信頼を得る為に、まっとうな情報屋ならば依頼を受けた相手の情報は伏せます。タランダが皆さんの情報を扱うとなったなら、皆さんの関わっているこの事件が解決してからです」


「うむ、ならば安心だ。クガイ、ひょっとしてお前はそのことを知っていたのではないか? もしそうならば言ってくれればよいものを」


「まあ、知ってはいたが、ここに来て一カ月そこらの俺よりも、昔からここで商売をしているアカシャの口から言われた方が説得力があるだろ?」


「それはそうだが、お前もこの楽都に来てその程度の時間しか経っていないのか? 馴染んだ様子だったから、もっと古株なのかと思ったぞ」


「俺は元々この国とは別のところの生まれさ。それで色々とあってここに流れ着いたのが、大体一カ月前になる。言葉や文字は似たところがあったが、違う国の言葉を覚えるのには苦労したぜ」


「なんと。それは苦労しただろう。それにしても国が違うと言葉が変わるというのは、面白い話だな。私の故郷は一応、この楽都と同じ国の版図の中だが、それでも暮らしぶりの違いには心底驚いている。それが国が違うとなれば、その驚きたるや一層凄まじかろう」


「ふふ、私とタランダはクガイ様がまだこちらの言葉をうまく話せない頃からのお付き合いになりますね。初めてお会いした時、ほとんど襤褸同然の服の他には何も持たないクガイ様は、お困りの様子でした」


「一文無しで言葉も半端にしか通じねえとなれば、少しは慌てるさ。あの時、最初にアカシャに会えたのは、不幸中の幸いだったぜ。

 この街のイロハを教えてもらえたのは、特に助かった。ま、その時の貸しだと言って、時々こき使われているけれどよ。

 俺の故郷にもおかしな街はあったが、魔界とここまで深く関わった街なんざなかったから、度肝を抜かれたぜ。他の国にはこんなあぶねえ街があるのかってな」


「この国の人でも、市外から来た観光客の人なんかはみんなそう言うみたいですよ」


 呑気な台詞は、楽都で生まれ育ったクムのものだ。クムのような子供でも護身用の武器で武装し、低級の悪霊の撃退方法などを知悉している街はこの楽都くらいのものだろう。


「ま、俺にとっちゃ都合が良かったがね。ここなら俺の探し物が見つかる可能性が高いからよ」


「ほう、クガイも探し物か。私も探し物をしにこの街に来たのだ」


 これはハクラの言である。ハクラとクガイはお互いに相手の事情をこれっぽっちも知らない間柄だが、これまで特にそれを問題視はしていない。クムを守るという点において、意見が一致していればよい、と二人とも割り切っているからだ。

 ただこれから短ければ数日、長ければどれほどになるか分からないが、同じ屋根の下で暮らす以上、多少は胸襟を開くべきだと二人とも考えていた。だからこそハクラも自身の目的位は話すつもりになったのだろう。


「ハクラ様は遠く北に臨む霊峰に住まう白麗族の出自でございますね。異国より来られたクガイ様よりは楽都に近いですが、それでも山を離れるなど滅多にない事でしょう」


「白麗族? クムは聞いたことはあるか?」


「いえ、初めて聞きました。ハクラさんの顔立ちはこの辺りでは見かけないものですけれど、楽都ではそもそも人間でない住人も多いですからあまり気にしなかったので」


「まあ、虫頭や犬頭も多いからな。人間の姿をしていても、頭が前後にくっついていたり、三つ生えていたりするのと比べりゃ気にならんわな」


「集落の外との接点は、麓の山の者達と山で狩った獣や妖怪の皮や牙を交換するくらいだから、山を下りるまで外の人間を見る機会はほとんどなかった。白麗族を知る者もそう多くはあるまい。

 楽都に来るまでいくつか村や町を経由したが、それでも初めて見聞きするものばかりで目の回るような思いをしたぞ。

 それとてこの楽都に比べれば、どうという事はなかったのだと、この街を見た時から痛感した。外から見ても尋常ではない妖気が発せられているからな」


 三日前に経験したばかりの事をしみじみと語るハクラに、同感だ、とクガイは頷いている。

 仕事柄、他所の土地の魔性や世情に詳しいアカシャが、ハクラの意見を捕捉するように言った。


「大浸食の中心地となった北西部、いわゆる浸食区は世界を見回しても三本の指に入る魔性の地へと変わり果てましたから、清廉なる霊気に満ちた霊峰で生まれ育ったハクラ様には、なおの事、敏感に妖気を感じられたのでしょうね」


「そうなのだろう。大浸食とやらの影響は、遠く白麗族の集落でも感じられたと長老達が口にしていたのを聞いた覚えがある。まさか、自分がその異変の地に足を踏み入れようとは、未来とはなにがあるか分からないものだ」


「私やタランダのようなものにとっては、最高の環境ですよ。ふふ、そろそろ私はお暇しようかと思います。タランダが情報を得ましたら、また伺いますのでそれまでは多少手狭ではございますが、この隠れ家にてご静養ください」


「アカシャさん、タランダさんにクムがお礼を言っていたとよろしくお伝えください。アカシャさんは平等な取引の結果と言われましたけれど、やっぱり、それ以上の事をしてもらっていると思いますから」


「あら、ふふ、ではしっかりとタランダに伝えましょう。それでは、クム様、ハクラ様、クガイ様、ごきげんよう」

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