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クガイの剣 とある剣豪の異境活劇  作者: 永島 ひろあき
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第七話 夢現街

 タランダから紹介された隠れ家は、彼女が所有している倉庫だった。寝泊り出来るように手を加えられた倉庫には、寝台はもちろん厠に厨房、風呂まで用意されていて、至れり尽くせりであった。

 円柱を縦半分に切って伏せた形状の倉庫は一階建てで、十五坪程の広さである。入口脇に台所があり、一番奥に風呂場がある。


 タランダが占いに使う道具や魔術用の不可思議な品々を納めた木箱やらが山と積まれているが、分かりやすく封印のお札らしきものが貼られているから、クム達は一切手を触れようとはしなかった。それはきっと賢明な判断に違いない。

 タランダの天幕から一行を案内してきたアカシャは一通り中の検分が終わると、入口のところでクムを振り返って居心地を問うた。最も非力な少女だが、一行の決定権を握っているのがクムだと理解しているからだ。


「いかがでしょうか。こちらは元々、タランダが気分転換用に市内の各所に有している別邸の一つです。その中では規模の小さなものではありますが、皆さんの境遇を考えれば適切かと」


「はい。私の元の家よりも広いくらいです。でも、本当によかったんですか? いろいろと調べてもらうだけじゃなくて、隠れる場所まで紹介してもらえるなんて」


 アカシャは顔の下半分を隠す布の奥で柔らかく微笑んだ。邪気のないクムにつられたのかもしれない。


「心配などしなくて大丈夫ですよ。必要な費用はきちんといただいていますし、タランダがよしとした事です。平等な取引の結果なのですから。

 それとこの倉庫と敷地には覗き見防止の術をかけてありますから、敷地の中に限ってなら自由に散歩されても目撃される心配はございません」


 にこやかな声音で告げるアカシャに、これ以上、クムもこれ以上気を揉むのは止めにした。それから屋台とはいえ料理に携わる人間として、一番に気になっていた事を口にする。


「あの! お台所を見て来てもよいでしょうか。せっかくですしアカシャさんもお茶位飲んでいってください。あ、でも、食材は全部タランダさんのものだから」


「置いてある食材は好きに使ってくださって構いませんよ。この間、点検したばかりとはいえ、基本的に日持ちのする食材がほとんどですから、クムさんの目に叶うとよいのですけれど。では、私と一緒に確認いたしましょう。クガイ様、ハクラ様、お二人は如何なされますか?」


 アカシャはクガイの知り合いとはいえクムとハクラからすれば、出会って間もない相手だ。信用を完全に置くことは出来ない。クムはともかくとして押し掛け用心棒のハクラは猶更だろう。

 その心情を汲み、アカシャの方からクムと二人きりにならないよう提案してきたわけだ。

 クガイもそれを察して、ならば外への警戒は自分が行うべきだとハクラに先んじて口を開く。


「俺は辺りを確認してくる。ハクラ、クムにはお前さんがついていたらどうだい?」


「うむ。私もそう言おうと思っていたところだ。ではクガイ、ゆめゆめ抜かるでないぞ」


「分かっているよ。お前さんこそ気を抜くな」


 クガイはハクラにそう告げて少しだけ入口の戸を開き、外の様子を確認してからするりと猫のような動きで隠れ家の外へと出た。足音一つない見事な足運びに、ハクラはしみじみ感心した様子である。


「思いもかけぬところでありがたい味方を得たものだ。願わくは最後まで翻意しないでくれると助かるな。にしても、あやつ、体の中に何か良くないモノを抱えているようだが、大丈夫なのだろうか?」


 まあ、子供でもなし、本当に危なくなったら戻ってくるだろう、とハクラは割と淡白に割り切って、竈の癖を掴もうとしているクムの傍へと歩み寄るのだった。

 ハクラにほんの少しだけ身を案じられたクガイはと言えば、こちらは自分の役割を忠実にこなすべく動いている。


 タランダの手配した隠れ家の内装は既に述べたとおりだが、ではその隠れ家がある場所は?

 隠れ家の左右には同じような倉庫がそれぞれ石積みや木の塀に囲まれて並び、通りの向こうに並ぶ家々の煙突からは七色の煙が上り、その家の頭上には七色の雲が出来上がっている。

 敷地の中にある花壇では、腰から下を花弁の中心に埋めた少年少女が語らいあっている。

 通りを二本足で歩く犬猫などの動物を連れた老若男女が歩き、空を見上げれば箒や杖に跨った老婆達がお喋りしながら行き交っている。


 大浸食により魔界の産物が得やすくなり、また瘴気の影響によって多大な変化を受けた楽都は他に例を見ない霊的異常地帯と化し、今や世界中から魔術や仙術、呪術の徒達が集結して、一つの町を作り上げていた。

 大浸食の齎した災いに対抗するのに、この世の理を誰よりも知悉する彼らの存在は大いなる力であり、同時に魔界の知識を欲する潜在的な脅威でもある。

 そんな人々の暮らすここは“夢現街(むげんがい)”。人間と魔性の入り乱れる都市となった楽都において、一等、摩訶不思議な街。夢と現実の境が曖昧で、夢を見ているのか、現実の中にいるのか定まらぬ奇妙奇天烈な地。


 タランダが自身を楽都で一番の占い師と称したのは決して過言ではなく、彼女はこの夢現街においてもかなりの発言力を有する大人物であった。

 クガイは通りの石畳にモザイクで描かれた横を向いた金髪の美女が、自分の視線に気づいてにこやかに手を振るのを見て、愛想笑いを返してしみじみと呟く。

 石畳のみならず絵画や人形にも意志や生命の宿るこの街は、よく言えば新鮮な体験に、悪く言えば寿命の縮む体験に満ち溢れている。


「色々とおかしなモンは見慣れたと思っちゃいたが、ここはまだまだ俺も世界を知らねえんだって思い知らされる場所だな」


 とはいえ自分の役目を果たさずに戻るわけにもゆかない。倉庫や家屋の敷地の中は持ち主達の領土に等しく、無礼な訪問は宣戦布告を意味する。無用な争いで自分の研究が邪魔されるのを嫌う夢現街の住人達は、厳格な掟を定めて抑止力としている。

 ましてやその名を知られたタランダ所有の倉庫となれば、よほどの馬鹿者か彼女に匹敵する実力者でなければ敷地に足を踏み入れるのすら躊躇するだろう。


「タランダの事だ。なにかしら防衛用のまじないでもしてあるんだろうが、俺もちょいと小細工をしておくか」


 クガイはおもむろに懐に手を入れると、どこかで拾った小枝を数本取り出した。何の変哲もない枝の両端を摘まんでそれぞれ別方向にひねる。

 あっという間に折れてしまいそうなものだが、彼の指からどんな力が加わっているのか、小枝は折れる事もどんどんとねじれていって、クガイは同じ作業を繰り返し、出来上がった小枝を敷地の四隅と倉庫の四隅に埋め込んだ。


「お次はこいつ、と」


 次にクガイは左手一杯の小石を持つと、右手を重ねて肺の中身を全て吐き出す勢いで息を吐き、同じ速さで息を吸う。

 呼吸と血流の操作によって全身の細胞を活性化させ、天地万物が持つ生命力の一種“気”を増幅させ、操る術をクガイは達人と呼べる練度で習得していた。

 自身の増幅した気を小石に込めて、クガイは三分の二を倉庫の周囲に撒き、残りを懐に戻す。


「鳴子代わりはこんなところで十分か。クムの気持ちを落ち着かせる為にも、数日は何事もなけりゃいいんだが……」


 そううまくは行かないと、クガイはこれまで嫌という程体験している。クムの父親らしき人物に端を発する厄介ごとが、そう易々と解決はしないだろうとクガイはそう予感していたのだった。

 敷地と倉庫にクガイなりの小細工を仕込んだ後、通りに出て行き交う人々の顔をひとしきり眺めてから、クガイは倉庫へと戻った。

 既にクムの情報は無尽会に知れ渡り、この夢現街にも息のかかった連中が入り込んでいるかもしれないが、今日一日くらいは平穏に過ごせるだろう。

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