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クガイの剣 とある剣豪の異境活劇  作者: 永島 ひろあき
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第六話 クゼ

 クガイ達がとりあえずの拠点を確保した頃、クゼ達は都市の北西部にある拠点を目指して足を進めていた。

 出血の止まらなかったウロトの舌には半透明の緑色の軟膏が塗られ、ゲンテツのどす黒く拳大に膨れ上がっていた左の首筋には包帯が巻かれて、腫れがいくらか収まっている。


 楽都の北西部は魔界の大浸食の影響が強く残っており、自然発生する妖怪や悪霊、怪物の数と種類が劇的に多く、瘴気の影響を受けて異能に目覚める人間も多い。

 当然、治安は悪くまっとうな住人は好んで近づこうとはせず、住人は逆に魔界の悪影響を食い物にしようとする欲望に塗れた亡者が多くを占める。


 クゼ達の所属する無尽会ものその類で、今は北西部にあるクゼが管理する拠点の一つへと戻る途中であった。

 通りを歩く者のほとんどは物々しい雰囲気の持ち主ばかりで、四本の腕に刃物を握る改造人間や虎の頭を乗せた人虎、空中に浮かぶ座布団に腰かけた土気色の肌の術士、全身から黄色い酸性の汁を滴らせている粘塊、荷物を担いだ骸骨を率いる枯れ木のように痩せ細った老婆……


「クゼさん、次はどうするんですか? あの女が言った通りなら動いているのは俺達だけではないようですが」


 出血により顔色をいくらか青くしたままのウロトが、先頭を進むクゼに問えば、クゼは特に苛立った様子もなく淡々とした声で答える。


「ラドウもクムさんの身柄を確保しようと動いているようだな。会長から咎めは入っていないだろう」


 ハクラが戦った者達を率いているのが、クゼの言うラドウなのだ。クゼと並ぶ無尽会の幹部で、別派閥を率いていてクゼとは対立する場面が多い。

 クゼの顔を知る者が左右に分かれて出来上がった道を進むクゼが、不意に眉根を険しく寄せる。どこかで馬鹿が爆発を起こしたらしく、爆炎と爆発音が通りの向こうで連続している。クゼの耳はその騒音の中から、目的地より届く争う音と拾っていた。


「ウロト、ゲンテツ、襲撃だ。お前達は後から来い」


「クゼさん!?」


 二人の子分の返事を待たず、クゼは一足で左手側にあった四階建ての建物の屋上へと飛び上がり、そのまま次の建物へと飛び移ってゆく。飛行能力の持ち主や超人的な身体能力の持ち主が珍しくない楽都でも、目を引く速度と無駄の削ぎ落とされた連続跳躍だ。

 クゼ達が戻ろうとしていたのは、表向きは真っ当な運輸業者として商売している社屋だ。

 クゼはそこの代表取締役として籍を置いており、従業員も全員無尽会に所属している者達だ。


 クゼが代表を務める『土雲通運(つちぐもつううん)』は、敷地を魔除けの札をびっしりと張りつめた塀で囲み、見事な門構えを持つ四階建ての楼閣である。

 その正門で、クゼの見知った顔とそうでない顔が素早く入れ代わり立ち代わりを繰り返し、争いを繰り広げている。


 この付近の住人は刃傷沙汰などちょうどいい暇つぶしとしか思わないから、遠巻きに眺めながら酒を片手にどっちが勝つか、賭け事を始めている始末だ。

 クゼは全身から針の如き毛を生やした大猿と紫電を纏う刃を振るっていた男の間に降り立った。大猿はクゼの部下で、雷刃を手にした四十がらみの男は襲撃者だ。


「代表!」


 待ち望んだ味方の到着に猿女が喜びの声を上げる中、クゼはぎょっとした表情を浮かべる襲撃者の鳩尾に左拳を叩き込んだ。

 手首までめり込んだクゼの拳から、練りに練られた“気”が襲撃者の体内へ打ち込まれると同時に蹂躙を開始し、五臓六腑と血管、神経をことごとく破裂させた上、骨もまとめて粉砕する。

 口から、鼻から、耳から血を噴いて絶命する襲撃者に一瞥もくれず、クゼは部下の大猿を振り返った。


「エンキョウ、無事だな?」


 クゼが一声かけると、大猿は顔だけ十代後半のやや吊り目の少女のものとなる。


「はっ!」


「敵の数は?」


「武装した六名による襲撃です。傀儡を少なくとも二十体以上投入してきました。代表が倒したこの男を含めて三名を殺害。残る三名が社屋に侵入し、現在戦闘中です」


「少ないな。陽動の可能性もある。お前はこの場で待機。ウロトとゲンテツがすぐにやってくるが、二人とも負傷している。戦力としては二人で一人分と思え」


「は、はい!」


「では、私は塵掃除をしてくる」


「ご武運を!」


 エンキョウが答えた時には既にクゼは疾風となって社屋へと駆け込んでおり、周囲で賭けをしていた野次馬はクゼが襲撃者を皆殺しにするのにどれだけ時間が掛かるかで、新しく賭けを始めていた。

 土雲通運は徹頭徹尾真っ当な商売を心掛けた会社で、社内をどう探られようと後ろ暗いものはなく腹の痛むところもない。

 時折、市の方から嫌がらせ目的の査察は入るが、こうまで大胆な襲撃となれば無尽会と敵対している組織の差し金か、あるいは……


 社屋に飛び込み、受付の脇を駆け抜けて走るクゼが最初に邂逅したのは、二階に上がる階段の前で戦う一組の女性達だった。

 栗色の髪を三つ編みにして垂らし、緑色の制服を着た下半身が巨大な蟹に変化しているのがクゼの部下で、対峙している両腕から先にそれぞれ四本ずつ鋼の鞭を直接装着している女が襲撃者だ。


 武器を兼ねる義肢は使い手である女の意志によって自由自在に動き、蟹の大鋏と堅固な甲殻を相手に立て続けに振るわれている。

 周囲には傷を負って倒れ伏す他の部下達や、破壊された人形が散乱している。鎧兜で武装したこの人形――傀儡は、楽都で流通している自律稼働殺人兵器だ。

 作り手次第で性能が大きく左右されるが、大量生産前提の廉価版は画一化された戦力と安価を売りにした大量投入が出来る。


「ラドウの手駒か?」


 答えを期待しての問いではない。クゼの声に気付き、鋼の鞭を腕代わりに振るう女が振り向いた矢先、その頭部をクゼの右回し蹴りが呆気なく粉砕した。血と肉と骨と髪が生々しい音を立てて壁に叩きつけられて、倒れた女の体から血だまりが広がってゆく。

 死の風の如きクゼの瞬殺劇に下半身が蟹の女は一瞬だけ茫然としたが、風の正体が味方であり自分の主であると知ると安堵した。これでもう戦いは終わったも同然だとこれまでの経験から悟ったのである。

 クゼはそのまま部下を放置して二階へ駆けあがり、待ち構えていた二人の襲撃者と交戦に突入する。


 一人はまだ十二、三歳と思しい黒髪の少年でほのかに青く光る短剣二振りを手にしている。もう一人は少年を十歳ほど成長させればこうなるという青年だった。こちらは赤く輝く刃の短剣を手にしている。

 屋内で振るうのに適切な長さの獲物だ。刃の輝きからしてそれなりに強力な呪いが施されており、並みの悪霊や防護術では薄紙の如く斬り裂かれる。

 クゼの出現は階下で戦っていた味方の壊滅を意味していたが、少年達に動揺はなかった。もとよりクゼの実力に関してはある程度調べがついているのだろう。


「しいぃっ!」


「お覚悟!」


 少年の振るう二振りの刃は、階段から飛び出てきたクゼの首を左右から鋏み、青年の青い刃はクゼの胴を薙ぐべく振るわれる。

 素質のある者を物心つく前から殺人術のみを学ばせ鍛え上げた暗殺者の息の合った連携攻撃をその身で味わう寸前になっても、クゼは顔色一つ変えない。


 クゼは少年の振るう短剣に五指を揃えた右手を二度振るってどちらも刃を根元から切り離し、青年へは斬撃よりも早い左足の蹴りが唸りを上げて襲い掛かり、赤い刃の短剣を握る右手を肘から骨ごと纏めて切断してのける。

 呼吸と血流の調整によって体内の“気”を増幅、凝縮し操る事で、クゼの五体は鋼鉄を上回る武器と化すのだった。


「ぐおお!?」


 いかなる責め苦にも耐える訓練を受けている青年だったが、右肘を絶たれると同時にクゼから流し込まれた気が彼の肉体を活性化させることで、痛みを彼の限界を超える領域にまで増幅していた。


(フン)ッ!」


 鋭い一声と共にクゼの右手刀が少年の首をへし折り、空中で軌跡を変えた左足は青年の胸部を打ち、胸骨と脊髄を粉砕してのける。

 会敵してから一秒と経つ間もなく絶命した二人が左右の壁に叩きつけられ、血の跡を引きながらずるずると床に落ちる横で、クゼは音もなく降り立つ。


「クゼ様、お戻りでございますか。お迎えにあがれず申し訳ございません」


 クゼのすぐ傍で彼に詫びる声が上がった。クゼの膝までの背しかない小型の獣だ。どこかに隠れて、息を潜めて少年達の命を狙う隙を伺っていたのだろう。

 齧歯類の獣に似た風貌だが二本足で立ち、仕立ての良いシャツとベストをきっちりと着こみ、左目にはモノクルをかけている。

 土雲通運でクゼの片手として事務を一手に引き受けているバラカだ。人間に換算すれば六十間近の男性である。クゼが到着するまで二人の襲撃者を足止めしていたのは、この男だ。


「構わん。被害は?」


「襲撃時に爆薬と毒薬を使われましてその際に軽傷者が三名、その後の襲撃で重傷を負った者が一名。その他は社屋の修繕費が主です。全員、仙術武具ないしは魔界武具持ちですが、どれも量産品ですな。嫌がらせでしょう」


「本気だったのは襲撃した当人達ばかりか。掃除はいつもの通りに」


「はい。既に手配済みでございます。使える臓器が多ければ、医師の皆様が喜んでくださりますな。いかにもラドウ様の配下然とした者達でしたが、いかがでしょうや」


「ラドウに濡れ衣を着せる為か、そう思わせておいて本当にラドウの手勢か。ふん、どちらでも構わん。些事だ。ただ探りは入れておけ。ラドウの奴も例のものに目を付けたようだ」


「御意に」


 恭しく首を垂れるバラカに背を向けて、クゼは四階にある会長室へと足を運んだ。彼の服には返り血一つ、泥一つ付着していない。

 魔界の瘴気に影響を受けた芸術家達のものした絵画や陶器に囲まれた部屋で、黒い革張りの椅子に腰かけたクゼは頬杖を突いて思案に耽る。


「あの二人ならばラドウの手勢程度は退けるだろう。あちらがラドウの手駒を減らすのを待つか、それとも腹を割って話をしてクムさんの保護を申し出るか。どちらでも動けるように備えねばならん」

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