第二十五話 行く者 送る者
「ようこそ、魔王禍羅漢陛下の眠るこの深き場所へ、人間達。傀儡共に外を探させる手間が省けました。冥業剣の核を持つ者が、お前達の中に居るわね? そうして冥業剣の封印を調整し直すのが目的でしょう。そうでなければ危険を冒してわざわざ降りては来ない」
「いやあ、事情に詳しいようで手間が省けて助かるよ。それで赤い髪と黒い目が素敵な君、君は何が目的でここにいるのかな? ここを発見したのは俺達無尽会だから、ここの所有権を声高に口にする権利くらいはあると思うんだ。そうなると君は不法侵入者だ」
「所詮は無法者の集まりがよく回る口だこと。魔族である私の目的など改めて語るまでもないでしょうけれど、当然、この地に眠る魔王の復活。ただそれだけ。その為に冥業剣の核を回収させていただきます」
「おいおい、気が早いなあ。それにだよ、復活した魔王が君の苦労に報いてくれるとは限らないじゃないか。あ、それとも禍羅漢とは封印される前からの知り合いなのかな?」
「答える必要はないわね。冥業剣の核を差し出すのなら、全員の命を助けるけれど?」
「あははは、それは絵に描いたような三下の台詞だぜ! 君の方こそ悪巧みを全部喋るなら、紳士的に接してあげるよ」
ルリエンの神経を逆撫でしようとしているとしか思えないラドウの発言が、戦いの幕を開くきっかけになった。
目に見えないほど細いルリエンの髪が、何百、何千本とラドウを避けてその背後にいるハクラと抱えられているクムへと向けて、一斉に襲い掛かったのである。
「やらせるかよ、ハクラ!」
「見えている、案ずるな!」
まだ階段の上に居たクガイは髪に宿る妖気と大気の揺らぎから迫りくる髪を探知し、縦横無尽に木刀を振るってことごとく弾き飛ばす。
ハクラは左手でより強くクムをマントごと抱え込み、狩人として鍛えられた五感と白龍の眼を借りてルリエンの赤髪を直剣で断ち切ってみせる。
ルリエンは鋼線よりもはるかに強靭な赤髪が呆気なく断ち切られる光景に、ラドウに続いて厄介な使い手達が居ると意識を改める。
「あれれ、そこは俺に攻撃を集中させる流れじゃないの?」
ラドウはほんの少しだけ焦った声を出しており、どうやら本気でルリエンが自分に攻撃を殺到させると信じていたらしい。あの阿呆、とクガイは怒りのままにセイケンへ叫んだ。
「おいセイケン、お前、上司はきちんと選んだ方が良いぜ!」
「選んだ結果がラドウ様ですので」
「上司が上司なら、部下も部下だな!?」
思わずクガイが怒鳴り返すと、ラドウが灼骨炎戯と呪黒を構え直し、ルリエンへと正面から斬りかかっていた。
「じゃあ、責任は取らないとね!」
クゼのように肉体を改造していない以上、ラドウの速度は自身の鍛錬によるものだ。そう考えれば影も追いつけないのではと錯覚するその速度は、尋常ならざる鍛錬と天賦の才以上のものに恵まれたに違いない。
「口先ばかりの男に興味はない」
ルリエンは心の底からの侮蔑を込めて吐き捨てると、螺旋階段の凹凸に髪を引っ掛けてその場から高速で飛び立った。完全にラドウを無視する構えだが、それを見過ごすラドウでもない。足をたわめて跳躍の為の力を蓄える。
「飛ぶ鳥を落とすよりは簡単――おや」
ルリエンの飛び立ったその背後、通路の奥に無数の輝きがともり、それは無数の熱線となってラドウへと襲い掛かる。ラドウは楽しげに笑うと、自分に当たる熱線だけを選んで二振りの仙術武具で受け、あっさりと凌ぐ。
態度がいかに軽薄で心が伴っていなくとも、流石の実力である。
「ふーん、俺達がこれまで相手をしてきた雑魚よりは上等かな。セイケン、禍羅漢関係でああいう雑兵の情報はあったかい」
通路の奥から姿を見せたのは逞しい男性の姿に頭と胸がひび割れ、その奥に輝く太陽の如き熱源。禍羅漢の瘴気より生まれる魔族――灼烈の群れだ。
「禍羅漢関連となりますと、魔王の瘴気より生じる灼烈という兵隊かと。頭部と胸から熱線ないしは火球を放ったと記録にあります。ラドウ様に向けて先程発射されたのが、記録の中の熱線でございましょう」
「へえ、昔はさぞや大暴れしたんだろね。でもま、ここから先には進められないなあ、全滅させようか」
「それがラドウ様の御意志であれば」
灼烈はただの砲台ではなく、ラドウ達の姿を認めるや一斉に走り出し、その最中でも熱線を乱射して苛烈な攻撃を重ねている。ルリエンへの誤射をまるで危惧している様子はない。
クゼ達もまた命中した壁や階段に指先程の穴を開ける熱線を避けながら、ウロトがクゼに指示を乞うた。これまでなら当然クムの守護を第一とすべきなのだが、灼烈の数と熱線の厄介さがこれまでとは違う行動の必要性を感じさせていた。
「クゼ様、俺達は?」
「雑魚を片付ける。あの女はクガイとハクラで対処できる」
多少の迷いを抱いていたウロトと違い、クゼの判断は迅速だ。彼は続けてゲンテツへと問いかける。
「ゲンテツ、お前の鋼鉄の体はあの熱線に耐えられるか?」
「推測になりますが、五秒までは当てられ続けても耐えられるでしょう」
「そうか。・・・・・・私達はこのままあの灼烈とやらを蹴散らして、封印の間への道を開く。ウロト、ゲンテツ、私に続け」
「はっ!」
灼烈達が頭部からは熱線を、胸部からは火球を撃ち出す中をクゼ達はラドウに続く形で駆ける。自我のない瘴気の塊である灼烈に殺気はなく、それを感知して攻撃を避ける事は出来ない。
距離を詰めるには熱線と火球が撃ち出される寸前にわずかに強く輝くのを見逃さず、射線軸を瞬時に推測して回避する、これを連続して一度も失敗せずに行う他ない。
「ウロト、合わせろ」
「はいっ!」
振りかぶられたクゼの両袖から縄鏢が勢いよく飛び出し、熱線を撃ち出す直前だった灼烈二体の頭部を粉砕する。行き場を失った熱線が花火のように炸裂して周囲の灼烈達を襲う中、ウロトの舌鋼鞭が唸りを立てて疾走する灼烈達の足をまとめて払う。
直前に飛んで避けた者もいるが、少なくない数が舌鋼鞭に足を砕かれて倒れ込み、そこに縄鏢をしまい込んだクゼとゲンテツが躍りかかる。空中でクゼの蹴りが無数に放たれて、灼烈の頭部と胸部を正確に蹴り砕く。
ゲンテツもまた鋼鉄の硬度を持つ拳を振るい、体勢を立て直そうとする灼烈を優先して鉄腕を振るい、遺憾なくその威力を発揮する。
「おお、クゼ殿もやる気になってくれたね。それじゃあ、クガイ殿がルリエンを片付けるのと俺達がこのひび割れ君達を片付けるのとどちらが早いか、競争しようか!」
ラドウは灼烈を相手に呪黒は相性が悪いと判断し、新たに黄色い刀身の刀を左手に握っていた。
「霊剣雷電轟鳴。邪を焼き、魔を討ち滅ぼす“神鳴り”の刃だ。こっちの方が効果覿面だろう」
広場で無尽会の五人が熱線入り乱れる戦いを繰り広げる中、クガイとハクラは階段をいくらか上り直し、自由自在に襲い掛かってくるルリエンの髪を相手に大立ち回りを演じていた。
常に少なくとも数百単位の髪が四方八方から襲い掛かってくる重圧と脅威は、改めて語るまでもないだろう。
「せぇい!」
クガイはぐるりと自分の周囲に輪を描いた赤髪に向けて、大上段から木刀を振り下ろしまとめて斬り飛ばす。
同時に気を流し込んでルリエンの意識を刈り取ろうとしているのだが、ルリエンもクガイの狙いに気付いて自身の髪に妖気を通している為、ルリエンに到達する前に気が相殺されてしまう。
斬られた髪は灰無達のように見る間に消滅しており、ある程度先の髪の毛はルリエンの術で伸ばされたものなのだろう。
「羅象刃・春雷!」
「妖術・刃折髪」
空中に張り巡らせた髪の上に立つルリエンへと向けて、階段を蹴って斬りかかるクガイの一刀を、帯状に束ねられた髪の刃が四本がかりで受け止める。木の刃と髪の刃が噛み合った瞬間、白黒の光が雷の如く周囲へ放出される。
「よう美人さん、あんた一人で仕組んだわけじゃあるまい。あんたの背後にゃ何が控えてんだ?」
「知る必要はないわ。それに魔族が魔王の復活を望むのは、当たり前の話ではなくて?」
まだ空中にあるクガイへと向けて、彼の両膝を断つように髪の刃が横殴りに叩きつけられる。クガイの木刀が雷光の速さでこれを迎え撃ち、その勢いを利用して階段へと戻る。
「魔族だからって全員が魔界の神々に仕えているわけじゃないのは、俺だって知っているぜ。こっちで生まれ育った奴だっているし、神々の間でさえ派閥があるんだ。仕えている連中だって千の差と万の別があって当たり前だろう」
「実感が籠っているわね」
「こっちでも生まれ故郷でも魔族の知り合いはいるんでね。善人と悪人がいるのは、人間も魔族も変わらん。魔族の方が神々の都合に振り回されがちなのが、大きな違いか」
「ここ以外でそういう考えを持つのは珍しいわね。案外、貴方は良い男なのかしら」
「そう思うなら一つ口説かれてくれるとありがたいね。俺は木刀を振り回すよりも、茶でも飲んで昼寝している方が好きなのさ」
「嘘ではなさそうだけれど、時間稼ぎのおしゃべりに付き合うのはここまでよ」
ビン、と弦をきつく張るのに似た音をいくつも立てて、クガイが口を動かす裏で階段を降り、クゼ達の開いた道を目指していたハクラへ無数の赤髪が牢獄の形となって迫る。
「ちぃ!」
「貴方にはこれをあげるわ、色男さん」
これまで髪の斬撃が繰り出されてきたが、再びルリエンに斬りかかろうとしたクガイを襲ったのはまるで光線のように放たれた千本近い赤髪だ。髪の先端が細く鋭い槍となり、クガイを穴だらけにしようと降り注いでくる。
それは降りしきる雨を払うようなもので、さしものクガイも迎撃に注力するのを余儀なくされる。
その隙にルリエンはちょうど広間へ降り立ったハクラの直上から襲い掛かり、開いて右手をぎゅっと握り締める。その動作に合わせてハクラとクムを囲んでいた赤髪が狭まった。
「皮一枚くらいは許してちょうだい」
「なめられたものだな!」
赤髪を青白い直剣の刃が弾き返し、ハクラの周囲に赤い光の線が幾筋も浮かび上がる。霊山で採れる鉄を鍛えた直剣に宿る霊気とハクラの気とが、赤髪の妖気と反発しあった結果だ。
「また私の髪を見切る使い手か」
名の知れた武人であっても容易には見切れぬ赤髪を見切る達人がこうも続けて現れるのには、表には出さないがルリエンとて辟易としていた。一度弾いただけでは終わらず、二度三度と赤髪の包囲は繰り返され、ハクラの前進を阻み続ける。
「冥業剣の核を持っているのは、貴女の抱えている誰かさんのようね。白いお嬢さん」
「渡すつもりはない」
「あっちの男と違って、貴女はお喋りが好きなわけではないようね」
「話をしたい相手とそうでない相手がいるだけだ。お前がどちらかは言うまでもあるまい」
ハクラは音もなく自分の脚に巻き付こうとしていた赤髪を避け、既に通路の向こうへと進んでいるクゼ達の後を追う。
なにかと反発するクゼとラドウだが、こと戦闘において味方として行動すれば連携せずとも圧倒的な突破力を発揮する。
灼烈達の形勢不利を認識したルリエンは、即座に動いた。彼女の目的は冥業剣の核を奪い、所有権を奪って禍羅漢の封印を解く事。ならば仮に封印の間へたどり着かれようと、封印の再調整さえされなければ問題はない。
「妖術・折檻髪!」
これまでとは異なりはっきりと目視できる程、何本もの赤髪をより合わせて太くされた赤髪が、ハクラの四方を囲う格子の檻を形成する。ハクラとて容易には断てぬと判断するだけの妖気が、赤髪から溢れている。
「いい加減、捕まえ……っ!?」
ハクラの真後ろに立ったルリエンを、更にその後ろからクガイの投じた木刀が流星と化して襲い、ルリエンは右の肩肉を抉られながらもかろうじて直撃を回避する。目標を貫けなかった木刀は、そのまま刃の半ばまで石造りの床に突き刺さる。
魔族でも流れる血は赤く、右肩を真っ赤に染めるルリエンが憤怒で染めた瞳で背後を振り返る。そこには木刀を投げた姿勢のまま、得意げに笑うクガイの姿があった。
「無視してくれるなよ。寂しいだろう?」
「ぐぅ、貴様」
「木刀の利点は、気にせずに使い捨てられることだ。ついでにこれもやるぜ!」
クガイが袂から取り出したのは、お堂で一晩を過ごしてから回収しておいた小石や木の枝だ。タランダの隠れ家に仕込んでいた罠同様、クガイの気を数日に渡ってじっくりと込めた石ころや枝の威力は、鎧と盾で身を守っても無意味なほど。
初見のルリエンもクガイが稀なる気功の達人と知っているから、たかが石ころと侮る様子は欠片もない。
「森万流投術・五月雨!」
「赤髪・扇舞!」
大気を抉る石礫と枝矢を広がったルリエンの赤髪が撃ち落とす。帯状から大きく広げられた赤髪は、ルリエンの体を隠すほど大きな扇状となり、触れた石弾と枝矢を瞬く間に燃やして消し去る。
「赤いからって熱なり火を操る髪ってのは、ちょいと安直じゃねえか?」
「少し本気になる必要があると認めただけよ。お前達は無尽会とは別口のようだけれど、あのヨウゼツとかいう道化のお仲間かしら?」
木刀を手放したクガイはそのまま広場へと降り立ったのだが、ルリエンから出てきた名前に眉根を寄せて不審の色を露にする。心外だ、という感情もいくらか含まれているだろう。
「あいつもこっちに降りていたか。あの野郎、本当に何者だ? それでヨウゼツはどうしたんだい? その口ぶりなら随分と鬱陶しく思っているようだ」
「ええ。のらりくらりと煙のように捉えどころのない優男だったわ。首を落とそうとしたけれど、残念。逃げられたの。今もこの蔵のどこかにいるかもしれないわ」
クガイは構えらしい構えを取らず、ゆるく前傾姿勢を取る。手放した木刀を回収するか、それとも素手でルリエンと戦うつもりか。
「あいつは俺にも正体は分からん。妙に情報に精通していやがる。お前さんと同じ魔族が人間に化けてんじゃねえの」
「心外ね。あんな軽薄な知り合いはいないわ」
「お互い厳しい評価だ……な!」
クガイの足元で爆発が生じたような音と共に床が砕かれる。クガイは踏み込むと同時に爆発的な加速を得て、地上すれすれを飛ぶ猛禽類のように床を走る。
「速いっ」
ルリエンは自分に向かうにせよ、無視してゆくにせよ、クガイの向かう先は封印の間へと繋がる通路だと把握しているのが強みだ。ゆえに改めてクガイの前方と自身の後方に赤髪の格子を張り巡らせ、生身で触れれば焼き切られる罠を設置済みだ。
しかるにクガイは罠に気付いた上で構わず突っ込んだ。
「言い忘れていたが木刀の良いところはもう一つ、すぐに用意できる!」
走るクガイの両手に袖から小太刀程の長さの木刀が滑り落ち、しっかりと握られる。
「二刀流!」
「器用なもんだろう? 羅象刃・流れ星二条!!」
「くっ!?」




