第二十一話 どうしてこんなことに
「まずお鍋に鶏の手羽元を十本入れて、下ろしたにんにくとしょうがを加えます。そこに塩と白胡椒、それに香菜の粉を入れてまぶし、更に蒸留酒を適量垂らしてよっく揉みます」
広く清潔な厨房の中で、一人で調理をしているのはクムであった。タランダの隠れ家にあった厨房よりも数段立派な厨房は、あの後、クゼに用意された最高級の宿の部屋に備え付けられているものだ。
厨房ばかりか浴場に厠まで個別に設置され、市外の上流階級が使用する高級宿だ。本来ならクムには生涯縁がなかったような場所で、調度品一つでクムの屋台の売り上げ何か月分か、あるいは何年分に相当するか分かったものではない。
「よく揉み揉みして混ぜたら、片栗粉をまぶして熱した大量の油でカリカリになるまで揚げれば、手羽先の揚げ物の完成!」
クゼに紹介された宿の厨房で、クムは鬱憤を晴らしがてら普段は使えないような高級食材を惜しげもなく使い、母に教わりながらも食材費の都合で作れずにいた料理の数々を仕上げている。
そうして出来上がった料理を台車に乗せて、クガイとハクラに手伝ってもらいながら、不必要なくらいに広い部屋に運び、座るのも躊躇する冗談のように高い値段の円卓の上に並べて、三人そろって椅子に腰かける。
「今日のお夕飯は帆立をたっぷり使った炊き込みご飯、甘辛く味付けした手羽先の揚げ物、キクラゲと胡瓜の酢の物、細切りにした玉ねぎと牛肉の炒め物、鯛の塩釜焼、羊肉の香草焼き、それに海老に烏賊、帆立、白身魚の切り身がたっぷりの汁物。最後にこし餡入りの胡麻団子です」
料理用の前掛けを着けたままのクムが誇らしげに口にした夕食が、円卓を埋め尽くさんばかりに並べられ、食欲を誘う香りがいくつも混じり合った結果、食欲をこれでもかと刺激してくる。
魔族相手の大立ち回りで着いた服と体の汚れを洗い落とし、身も心も綺麗さっぱりとしていたクガイとハクラは、クムが席について二人の為に丼に山盛りにした炊き込みご飯と汁物の配膳が終わるのを待つ。
「それではクガイさん、ハクラさん、いただきましょうか」
「ああ、こいつはまたとびきり豪勢だ。顔がにやけちまう」
「ふむ、見慣れぬ料理ばかりだが、美味しいものしかないのは私でも分かるぞ、クムよ」
「えへへ」
クゼの手配した宿は料理もまた超一流で知られており、料理人の技量は間違いなくクムよりも上だ。
それでもクムが手ずから料理をしたのは、明日、フウナンの宝物庫に足を踏み入れて問題の核となっている禍羅漢を再封印する、という一大事に同行してくれる二人に、せめてものお礼をしたいと考えた結果だ。
加えて言うならば、クガイとハクラはクゼならば、実行する可能性は低いと考えているが、万が一にも料理に毒を盛られる危険を考慮し、クムが調理を担当してくれるのはありがたい話だった。
大きめの土鍋にたっぷりと炊かれた炊き込みご飯や大鍋いっぱいの汁物が見る見るうちに減ってゆき、空の皿が次々と積まれる中、一尾丸々用意された鯛を食べ尽くしたクガイが、チマチマと炊き込みご飯を口に運んでいるクムに話しかける。
「ところでクム。食事中にする話ではないかもしれんが、本当に蔵に行って冥業剣を完成させて構わないのか? どうしたってお前さんが直接足を運ばなければならないから、危険極まりないんだぞ」
「はい。私がその冥業剣の主になってしまっていて、封印をし直さない限りまたあの魔族みたいなのに襲われて、クゼさん達にも追い掛け回されるっていうんなら、自分の意志で決着をつけたいです。流されて、とかやらされて、は嫌です」
「ふーむ」
クガイはじっとクムの瞳を見た。楽都という異常な都市で生まれ育ったとはいえ、クムは十をいくつか越えた程度の少女だ。家を追われ、市内を転々とし、命の危機にも見舞われて、精神は相当参っていたが、同時に強く鍛えられてもいた。
自分の巻き込まれた事態の原因と解決法がはっきりと提示された事で、それが更なる命の危機に繋がるものであろうと、だったら自分の手で終わらせてやる、という意気込みに繋がっている。
「安易に強い子だなんて言いたかないが、この街の子が他所の土地より肝が据わっているのは確かだしな」
「? なんでしょうか?」
「いや、ただの俺の感想」
「はあ。でも私のことよりもクガイさんとハクラさんこそいいんですか? 蔵の中へはクゼさん達が案内してくれるから、お二人が私の護衛をしてくれる必要は無いって言っていましたけど」
「今更それは言いっこなしだぜ。ここまでクムに付き合ってきて、中途半端なままで降りられねえよ。ハクラもそうだろう?」
ハクラは二人の会話を危機ながら汁物を啜っていたが、手に持った椀を置き、真摯な顔つきで二人を見る。
もともとこういう顔付きなので、仮に冗談を口にしても真剣に見えるので、場を和ませる冗談なのか本気の発言なのか、すぐには分からないという厄介さがハクラにはある。
「問うまでもなく私もクムには最後まで付き合うつもりだ。最悪の場合、冥業剣とやらの封じている魔王とかいうのが復活しかねないのだろう。ならば戦える者は一人でも多い方が良いし、そんなところにクムが行くと知って放ったままにしておける性分ではない。
ましてやクムを任せる場合の相手が、クゼやラドウのような後ろ暗い仕事を生業としているような連中では、心配のあまりおちおち寝てもいられん」
「ハクラも俺と同じ意見だそうだ。クムは俺達のことは気にせず、自分の事を考えていな。結構、大事な役割だぜ」
「あうう、言われてみると確かに……ひえぇん」
「クゼの奴も余計な企みをする余裕はないだろうし、邪魔する奴らは全部俺達で懲らしめてやるさ。俺から始めた話だが、明日の話はこれくらいにして目の前の御馳走に集中しようや」
場を収めようとするクガイの言葉に、クムもハクラも反論はなく、三人は今度こそ食事に集中して、あっという間に用意された全ての料理を平らげる。
食事を終えた後、部屋に付いている浴場で改めて身も心も清めた三人は、クムとハクラが同じ寝台で、クガイは別室の寝台で夜を過ごして明日への英気を十分に養った。
翌朝、朝陽が地平線のはるか彼方を照らし出した時刻に三人は起床し、クムが拵えた朝食を済ませると手早く出立の準備を済ませた。
クガイは愛用の木刀の握りを確かめるくらいのもので、クムは母親から知らぬ間に受け継いでいた冥業剣の核となる鍵をしっかりと確認し、そしてハクラは契約を交わした白龍と魔王禍羅漢、並びに冥業剣について意見交換と情報収集を心の内で済ませておいた。
三人に用意された部屋の外にはクゼの配下であるエンキョウが既に待っており、身支度を整えた三人はクゼの待つある場所へと馬車に乗って案内される。
楽都には夜行性の妖怪や怪奇現象が多く、朝陽が昇って街並みが明るく照らし出されるのに合わせて、それらの妖怪達が暗闇の塒へと帰ってゆく物音がする。
宿と同じく最高級の馬車の中で、ハクラが外の景色を眺めながら不意に口を開いた。
「初めてこの街の夜を迎えた時、あまりの物音と妖怪の気配の多さ、そして濃度を増す瘴気にいったい何事かと驚いたものだが、なんということはない。この他所ではありえぬ妖怪との“同居”がこの街の当たり前なのだな」
清浄ではある苛烈なる環境で生まれ育ったハクラにしてみれば、この楽都は信じられないほどの汚濁と危険がそこかしこに存在する土地なのだが、住人からすれば驚くに値しない当たり前の日常に過ぎない。
それはハクラの左隣に腰かけたクムが外の異音や時折発生する花火めいた閃光や大小の爆発にも、まるで動じた様子がないことから察せられる。
「まあ、ここ以外の場所だったら世界の終わりかと勘違いしそうな乱痴気騒ぎと、おぞましい瘴気の濃度だわな。こういう場所で生まれ育ったんなら、クムみたいに度胸のある子に育つのも納得だ」
「そう言われても、私が特別なことはなにもないと思いますよ。私くらいの歳で働いているのも、朝焼けの騒動に驚かないのも、珍しくとも何ともないし。そりゃあ、外から来たクガイさんやハクラさんからしたら、見る者、聞く者、全部珍しいかもしれませんけど」
「それは否定できないが、魔王の復活だなんだって騒動は流石に珍しいぜ。クムだって、そんな危ないものがこの街に眠っていて、ましてや自分が関わるなんて夢にも思っていなかったろう?」
「そう言われると否定できませんね……。本当、どうしてこんなことになっちゃったのかな?」
クムのその疑問にはクガイとハクラも答えを持ち合わせてはいなかった。それこそ、神の類にでも尋ねなければ、答えは得られない質問だったろう。




