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クガイの剣 とある剣豪の異境活劇  作者: 永島 ひろあき


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第十七話 魔性の者共

 楽都の治安を守る都市警察の詰め所は、おおよそ四名ほどの警察官が詰めており、近隣の治安維持に重要な役目を果たしている。

 迷子の保護に道案内、コソ泥の検挙から悪行をなす音量や妖怪退治に夫婦喧嘩の仲裁、失せもの探しと業務は多岐に渡る。

 楽都の性質上、どうしても生命の危険が付きまとうから、警察官は総じて厳しい戦闘訓練を経た対人・対魔戦闘に長けた戦士でもある。

 善良な一般人であれば頼りになる守護者なのだが、それも頼る事が出来たらの話だ。


「さてさて、姿を隠しながら詰め所を見張れる場所からあたるとしようかい」


 気休めの変装として目立つ赤い羽織や民族衣装から草臥れた外套に着替えた、クガイ一行はお堂を離れて、最寄りの詰め所を目指して進んでいた。お堂を仮の宿にしていたクガイの記憶が確かなら、通りに出ればすぐに詰め所が見つかるはずであった。

 クムの足でも追手達からしばらくは逃げられたことからわかるように、クムの家から近く観光客よりも楽都の住人達の姿が目立つ一角である。

 クガイを先頭にクムを真ん中において、ハクラが殿を守っている。正面から敵が来たなら、クガイが壁となってその間にハクラがクムを抱えて離脱し、逆に後ろから敵が来たならクガイとハクラの役割が変わる並びだ。


「ここらの詰め所ならばクムの知り合いもいるのではないか?」


 楽都でもそうは見かけない顔立ちと美貌からひときわ目立つハクラからの問いかけに、フードを目深に被って顔を隠しているクムが答える。


「えっと、私の商売していたところとはちょっと離れていて、そこまで戻れればお世話になっている方もいるんですけど……」


「では最寄りの詰め所の次に行くとしよう。ところでクガイよ」


「んん? なんだい」


 人の波をかき分けつつ進むクガイは、後ろを振り返らずに気の抜けた声で応じる。体のどこにも緊張した様子はなく弛緩しきっているが、いざ危険が迫れば閃光となって動く。いついかなる時、どんな場所であっても戦場となるのを骨身まで理解しているのだ。


「都市警察とやらの実力の程はどうなのだ? 悪党や妖怪の多いこの街の治安を守っているのだから相当な手練れ揃いとは思うが、私は理解しきれていない。

 だからお前に聞きたいのだ。たった一カ月、しかして一カ月だ。タランダと付き合っているくらいなのだから、お前はこの楽都で相当修羅場をくぐってきただろう。少なからず都市警察と遭遇するか、刃を交えたこともあるのではないか?」


「まあ、それなりに物騒な事件には巻き込まれてきたぜ? この街に来た時にタランダ相手に貸しを作っちまってな。そのせいで今も時折こき使われて、色々な連中とつまらないいざこざをしたよ。その中で都市警察の連中と顔を合わせる事もあった」


「ふむ、その口ぶりからして積極的に戦ったわけではないようだな」


「公僕を相手に、本気で喧嘩を売る理由はなかったってだけだよ。俺は別にこの街を騒がしたいわけでもないし、治安を悪くする意図なんて欠片も持っていないんだぜ。

 ちょいと話が逸れたか。話を戻すとだ。並みの警察官なら俺とお前さんなら怖くはないが、斬滅隊の連中は一味違うぞ。特に上位の隊士達は、クゼやラドウともやり合える凄腕揃いだ。

魔神との戦闘も想定しているのは伊達じゃない。隊士の技量も覚悟も装備も、敵に回すと厄介だぜ」


「声に実感がこもっているな。真っ当な都市の守護者であるのならば、無尽会を敵に回すよりも厄介に違いない。私とお前はともかくクムは善良な市民なのだから、全面的に保護してもらいたいものだ」


「心の底から同意するぜ。なあ、クム」


「ええ、えーと、そうですね。ちゃんと税を納めていますし、こういう時にこそ守ってもらえたらなと思います。あんまり期待できないみたいですけど……」


「ま、成るように成らあな。よくない結果になりそうだったら、俺とハクラが力づくで変えてみせるから、心配しないで構えてなって」


「頼りにしています」


 クガイとハクラはこのように会話を交わしながら、詰め所とその前に立つ警察官の姿が見えたところで一旦足を止めて、クムを囲うように通りに背を向けて足を止める。

 ここからは小さく声を抑えての会話となる。クガイとハクラが真剣な表情を浮かべているのを見て、クムは咄嗟に口を閉ざした。戦いに縁遠い自分が口を挟んでよい領分ではないと、この少女は理解していた。


「あそこの角の飴売りと、向かいの宿の二階の真ん中の部屋」


 とハクラが視線は向けずに、詰め所とその近くを通る者達を観察している連中の所在を告げる。クムは思わずハクラの告げた先に視線を向けたが、この距離からではろくに見えもしないのに、信じがたい観察力であった。


「それと荷車を引いていた野菜売りの夫婦、天秤棒を担いでいた魚売りに用心棒風の槍使いも、だな。それとなく周囲を警戒していやがる」


 今度はクガイがそう告げた。


「どいつがクゼ派かラドウ派かまでは分からんが、やはり監視されているな。そうなると俺達が見つかる前にこの場を後にして、また方策を考えるとするか」


「ふむ、警邏中の警察官を探すか、タランダをまた頼ってみるか? あの占い師ならば都市の上層部とも繋がっていよう」


「ちょいとでかい借りになりそうで怖いが、それもありだな」


「それじゃあ、もう一度タランダさんのところに行きましょう」


「おう。ここからタランダのところなら二つ前の路地に入っていった方が早い。今は急ぐが吉だ。そら、駆け足、駆け足」


 おどけた調子で告げるクガイに促されて、クムは小さく笑いながら駆け出して、クガイもそれに続く。ハクラは少し呆れた調子ではあったが、自分には難しいやり方でクムを気遣うクガイのやり方に文句はないようだった。

 そうしてクガイを先導役として三人は二つ前の路地に入った。塀に囲まれた家や集合住宅の間を伸びる路地だ。クムが逃げ込んだ路地に比べて散在するゴミや、うずくまって虚ろな目をしている人間の姿は見られず、共通しているのは薄暗いことくらいのもの。


「都市警察を頼るか、クゼさんやラドウさん? という人に鍵を渡してしまうか。うーん、悩みどころですね~」


 少しは心の余裕が出来てきたのが、大胆不敵ともいえる発言をするクムに、ハクラは小さく笑う。これまで相手の都合で追い回される側に立たされていたが、今のクムは自分に主導権がある事を理解した発言をしている。

 ハクラの胸で大いに泣いて気分の切り替えが出来たのもあるが、弱いだけでは踏みにじられるだけのこの都市で生まれ育ったが故の強さと根性がクムには宿っている。


「鍵を欲する者を集めて競りをするのも良いかもしれんな。精々、高値をふっかけてやるといい」


「あはは。そうですね、一年分くらいの材料費でも貰おうかな」


「一生遊べるくらいのお金をせしめても罰は当たらないと思うが……ふむ?」


 不意にハクラが足を止めた。既にクガイも足を止めて、腰に差した木刀を抜き放っている。前後の二人がにわかに剣呑な雰囲気を纏うのに気付いて、クムもまた足を止めて護身用の霊撃棒を両手で構える。

 おおよそ大人二人分の幅の路地だ。大立ち回りを演じるには狭く、前後から襲われればその危険度は言うには及ばずだろう。加えてこの楽都となれば“上”と“下”からも、襲撃が加えられる可能性を危惧しなければなるまい。


「音が……しなくなりましたね」


 クムがごくりと生唾を飲み、突如訪れた路地の変化を口にする。先程まで通りから届いていた賑わいの一切が途絶えている。耳が痛いほどの静寂が路地を満たしていて、クムは自分の心臓の音が煩わしくて堪らなかった。

 ハクラはクムを挟んでクガイに背を向けて、先程自分達が足を踏み入れた方向を向いている。通りを行き交う人々の姿は見えているが、あちらからこちらは見えていない様子だ。


「人を遠ざけるのと音を遮断する類のまやかしか。クガイよ、無尽会の者共にもう見つけられたと思うか?」


「どうかね。俺もまだ知り合って長いわけじゃないからな。ただ、俺の経験則から言うとこういうやり口は術に長けた奴らか魔族の得意技だぜ!」


 言うが早いか、クガイは左右の壁から滲むように姿を見せた灰色の影へ木刀を打ち込んだ。灰色の影はつるりとした硬質の皮膚を持った顔の無い人間のように見えた。その頭部が半ば程まで陥没し、身震いしながら地面へと落下して霧散する。

 灰色の肉体は筋肉質の男性めいていたが、膝から下は刃のように細く鋭利で、両手の十本の指も恐ろしく鋭利だ。

 目の前で灰のように散ってゆく異形を目の当たりにして、クムはぱくぱくと言葉もなく口を動かす。


「こいつぁ、灰無(はいなし)か」


「くく、クガイさん、知っているんですか!?」


「ああ。灰色の顔無しで灰無だ。ここじゃどう呼ぶかは知らんが、俺の地元じゃあそう呼んでいた。魔界の連中が作り出した雑兵だ。魔神の眷属である魔族って奴だな。

 魔界の連中が地上に侵攻する時に送り出す定番の斥候で、魔導師なんかが手駒として召喚したりもする。

 最下級に分類される雑魚だが、それでも魔界の産物だ。人間位、簡単に解体するから甘く見るなよ」


「あわわわわ」


「それと頭部が裂けてああなるから、齧られないように気をつけろ。岩だろうが鉄だろうが豆腐みたいに齧るからな」


 正面に新たに出現した三体の灰無を牽制しながら、クガイはクムを振り向いてハクラの方を示した。クムが素直にそれに従うと、ハクラの側にも出現していた灰無が胴を真っ二つにされる場面を目撃する羽目になった。

 灰のように崩れ落ちる中、灰無は口惜し気に刃のように鋭い指先をハクラへと伸ばし、花開くように十文字に裂けた頭部を向けていた。

 十文字に裂けた灰無の頭部の内側には、びっしりと硝子片のような牙が並び、あれなら一齧りで人間などあっというまに穴だらけになるだろう。


「ふぇ」


 恐怖のあまりに言葉もないクムの視界を、マントをたなびかせるハクラの背中が覆うと同時に、直剣が頭上目掛けて半月の軌跡を描く。

 三人の頭上から飛びかかってきた灰無を真っ二つにしたのだ。クムやハクラに振りかかる前に、灰無の残骸が消え去ったのは幸いだった。


「魔界の産物とは言うが、こちら側の武器でも通じるものなのだな」


「こっち側に出てくる以上、大なり小なりこっち側に合わせる必要があるからな。それにお前さんの気の質と量なら、獲物が何でも通じるさ。クムの棒だって、こいつらにはそれなりに有効な方だぜ?」


「ええ? でもこれ、特別品質のいい代物じゃないですよ! 普通の護身用です。普通の!」


「それだけ楽都で流通している武器が特別ってこったな。つくづく恐ろしい街だぜ。そう思うだろう? 灰無さんよ!」


 クガイは四つ足の獣のように身を低くした灰無と、その上から飛びかかってくる灰無の二体へ、神速以外に表現のない真っ向からの打ち下ろしを叩き込んだ。上下から全く同時に襲い掛かる灰無の連携をものともしない、見事な一閃であった。

 ハクラもまた狭い路地の中、壁や地面から姿を見せる灰無を相手に、迷いも戸惑いもなく間合いに入った瞬間から蒼銀に輝く斬撃を見舞い、斬った数を増やしてゆく。


「なるほど、これではクガイが雑魚と言うのも無理はない。知恵のない獣同然ではないか」


「まともな指揮官が居れば結構厄介なんだぜ。それに魔界の瘴気でいくらでも作れるって利点もある。楽都の場合、魔界に浸食された名残があるから、こいつらを作りやすいのかもしれん。問題はけしかけた奴が誰かって事だが……」


 さて、とりあえず人避けの結界から脱出するのを優先するか、とクガイが思案していると活きの良いクムの声が耳朶を討った。


「えい!」


 クムが思い切り上に振りかぶった霊撃棒を、足元に顔を覗かせた灰無の頭部に叩きつけたのだ。


「はは、いい一撃だぞ、クム」


 クムに叩かれた灰無が脳震盪を起こしたようにぐらついたところに、クガイの木刀が雷光の速さで突き込まれ、灰無の左側頭部から右首筋までを貫き、更にハクラの旋回しながらの斬撃が灰無を胸から両断する。


「クガイ、この程度なら百や二百、どうという事もないが煩わしさはある。それに魔界の瘴気から生まれた者を長く相手にしてよい事はあるまい。特にクムにはな。通りに戻るか?」


「近いがその分、罠も張りやすい。ここはひとつ初志貫徹といこうや」


 ハクラとクムを振り返り、クガイはにかっと笑う。太陽の下でいっそう輝きを増す笑顔だった。クガイの影など一つもない笑顔に勇気づけられたクムが、クガイの言葉を繰り返した。


「初志貫徹、あ、タランダさんのところに行く事?」


「ああ。こういう状況こそタランダの得意分野さ。それに天界とも魔界とも違う外の神々と通じる術を扱うって話だしな。頼りになるのは間違いない」


「外の神々……」


 クガイの口にした外の神々という言葉にハクラが反応したが、正確に言えばハクラを通じてこの状況を観察している白龍が、呟いたものをハクラがつい口にしたものだった。


「ハクラさん、どうかしました?」


「いや、なんでもない。それよりも追加が来たぞ」


 ハクラの視線を追ってみれば、路地の奥からうじゃうじゃと中途半端な人型の灰無達が姿を見せる。気の所為ではなくはっきりと路地と頭上の空の色が暗くなっていて、クムは息苦しさもまた覚えていた。

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