第二部 最終楽章 BRAND NEW SONG
波多津薫のギターが更に加速したような錯覚を、ぼくは覚えた。
なんとか、必死に、食らいつく。
今回は、鶴さんがボーカルを担当している。それはつまり、ぼくはサイドギターを完璧にこなさなければいけないという事だ。前回の、鶴さんと部長に「おんぶに抱っこ状態」とは違う。
全身全霊をかけて、波多津薫の神がかったギターに並走する。
はじめて同じステージで聴く波多津薫のギターは、物凄かった。
こんなにも、速く。
こんなにも、スリリングで。
こんなにも、美しい。
ステージで隣りから見る波多津薫は、今まででいちばん綺麗だった。見惚れてる余裕などこれっぽっちもなかったけど、ついつい、視線を向けてしまう。
ギターを弾きながら、ぼくはなぜか、波多津薫と歩いた伊万里駅の線路脇の光景を思い浮かべていた。
あの時、病気を告白して、波多津薫が涙を流したこと。
あの時から、半年以上が経った。
あの時とは違う、成長した自分を見せるんだ。
ふたたび、波多津薫のアルペジオが始まる。間奏のギターソロだ。
と、波多津薫が、いきなり僕の方を向いた。そして「こっちに来い」とジェスチャーした。
戸惑いながら、ぼくは前に出た。
ぼくが側に来た途端に、ギターソロが始まった。
凄まじい速さのオルタネイトピッキングで、波多津薫は複雑なソロパートを華麗に弾きあげる。
ぼくも、必死で速弾きをこなす。この曲はテンポが命だ。ここでトチって、ぼくが足を引っ張るわけにはいかない。
波多津薫のとは違った意味で、かなりスリリングなプレイだった。
時間にしたら、ほんの三十数秒間だけど、ギターを始めてから、最も手に汗を握った時間だった。
無事に弾ききって、ぼくは思わず波多津薫の方に目を向けた。
目の前に、波多津薫の顔があった。
上気して、きらきらと汗を流しているのが見えた。
「え?」
そう言いかけたぼくの唇が、突然、温度と粘度を感じた。
観客席から、歓声とも悲鳴ともつかない声が、今日いちばんの大きさで響いた。
ぼくは、唇を半開きにして佇んだ。
波多津薫は、自分のマイクスタンドの前にサッと戻り、サビのハモりを歌っていた。
ぼくも、我に帰ってマイクスタンドの前に戻った。
せっかくうまく弾けていたのに、後半の演奏はガタガタだった。
そうなった原因である波多津薫は、素知らぬ顔で歌って、ファシストをかき鳴らしていた。
ぼくの唇からは、波多津薫の唇の温度と感触が、なかなか消えなかった。




