第二部 第十六楽章 思わぬ再会。
ゆっくりと指や肘のストレッチをしたあと、深呼吸を三回、屈伸を三回、背伸びを一回、タブ譜の復習、トイレ、人という字を三回てのひらに書いて飲む……。まぁ、出番までに出来る事をぼくがあらかたやり尽くしかけた時、
「隆。ちょっと来い」
と、鶴さんから声が掛かった。
そちらに顔を向けると、鶴さんと年配の男性がふたりでこちらを見ていた。
近づいて、会釈をする。
「こちら、ナッシュのオーナーで、このイベントの主催者の金立さん」
鶴さんが言うと、年配の男性……金立さんが、右手を差し出した。ぼくも慌てて右手を出し、握手を交わす。
「君の話は、マーちゃんから聞いてるよ」
……マーちゃん……?
金立さんの言葉にぼくがキョトンとしていると、
「"エメキン"の中田マサユキさんだよ」
と、横から鶴さんが小声で言った。
「"伊万里に若くていいミュージシャンがいるから、宜しく"ってね」
金立さんが笑った。
え?
いいミュージシャン??
プロからのまさかの高評価に、ぼくのテンションはググッと上がった。
だけどそのあと、
「"技術は全然だけど、魂がある"って褒めてたよ」
と金立さんが言葉を続け、それを聞いたぼくは苦笑いしか出来なかった。
まぁ、それはそうだろう。プロから褒められる技術レベルじゃないのは、自分が一番わかっている。
だけど、このやりとりのおかげで、なんとなく気持ちが解れたような気がした。
大丈夫だ。
あの、秋まつりの時の様な、浮き足立つほどの緊張感はない。
金立さんが「じゃ、頑張ってね」と言って去って行った。
「……さぁ、ぼちぼちいくかな」
という鶴さんの言葉に、
「はい」
ぼくは、そう応えて立ち上がる。
と、その時。
横から「こんにちは」と、ぼくらに声が掛かった。
ぼくと鶴さんがそちらを向くと、そこには、綺麗な女のひとが立っていた。
淡い茶色の長い髪で、細身の身体の、三十代半ばくらいのひとだ。首から、バックステージパスを下げている。
「お久しぶりね、鶴飼君」
女のひとがそう言った。
「木須……さん」
鶴さんが、そう呟いた。




