第二部 第十四楽章 クラシックロック・サガ。
鶴さんが運転するバンに乗ってたどり着いたのは、佐賀市の一角にある思ったよりも大きな建物だった。なんとなく、こじんまりとしたライブハウスを想像していたぼくは、それを見て、少し緊張してきた。
「ここが、佐賀でいちばんデカいハコだ。……まぁ、あんまり気張らずに楽しんでいけばいいよ」
そのの様子を見て、鶴さんがのんびりとそう言った。ぼくは、無言でうなずいた。
「関係者出入り口」と張り紙されているドアを開けて、建物に入る。
ナッシュの楽屋は、もうすでに多くの人でごった返していた。
イベントの性質がら、ベテランっぽい人が多い。持っている楽器類もステッカーだらけのケースも、なんだか、年季と貫禄を感じさせる。
例によって、鶴さんは陽気に顔見知りの人たちと談笑して回っている。一方、ぼくは、隅っこで小さくなっていた。
そこに、波多津薫と木須裕子が入って来た。
波多津薫は、ライダースジャケットとデニムパンツ。木須裕子は、なぜか制服姿だった。
ぼくに気づくと、木須裕子だけがこちらにやってきた。
「お疲れ様です。高田先輩も来るなんて、びっくりですよ」
木須裕子は、なんだか素なのか皮肉なのかわからない口調で、そう言った。
「……勉強させてもらおうと思って。ところで、なんで制服?」
ぼくが訊くと、
「午前中、補修があって。そのまま薫先輩と待ち合わせて来たもんで、着替える時間がなかったんです」
そう言ってぼくに向けて掌をひらひらさせると、木須裕子は大きなバッグを持ってどこかに行ってしまった。
ぼくは、ファシストのチューニングをしている波多津薫に歩み寄った。
「……久しぶり」
ぼくが話しかけると、波多津薫は、一瞬だけ手を止めて、コクリとうなずいた。
「……今日は、何を弾くの?」
なんと声を掛けていいかわからなくて、ぼくは、当たり障りのない事を言ってみた。
「アイアンメイデンと、メタリカ」
波多津薫は、ぼくには目を向けずに答える。
少しの沈黙のあと、
「……木須さんと、付き合い始めたの?」
ぼくが訊くと、波多津薫は、はじめてゆっくりとこちらを見上げた。シャム猫を思わせる大きな瞳が、なんだかすごく懐かしく思えた。
「ううん。そんな気には、なれない」
波多津薫は、少し笑って言った。
ぼくは、それを聞いてなんだか少しほっとした。
そこに、鶴さんが近寄って来た。
「薫、元気か?」
鶴さんが訊くと、
「うん。ごめんね、出てこなくて。落ち着いたら、また来るから」
と、波多津薫は言った。
「あぁ」
とだけ言うと、鶴さんはぼくの腕を引っ張るようにして、元の位置に戻った。
「あの……もう少し、波多津さんと」
ぼくが言いかけると、
「お前は口下手なんだから、バシッと今日のステージで、歌で伝えな」
と、鶴さんが言った。
……そうだ。
そのために、あれからたくさん練習したんだ。
ぼくは、無言で頷いた。
「……まぁ、歌もまだまだ練習せんといかんがな」
鶴さんが、余計なひとことを、小声で添えた。




