第八楽章 その時を待つ。
ひとり残されたぼくは、店内をきょろきょろと見て回ることにした。
何人かのスタッフが作業をしている。
楽屋とステージを行ったり来たりしている者。
ライティングの設定をする者。
マイクを片手に、演者の足元、モニタースピーカーの調整をする者……。誰もかれもが、忙しそうに動きまわっていた。
こういう騒ぎをぼおっと見ているのは、なかなか楽しい。誰もぼくを気に掛けていない事に、少し安心する。
思えばぼくは、小学校の運動会の、前日の雰囲気なんかも好きだった。
放課後、先生たちが明日のためにせっせと万国旗や入場ゲート、本部席のテントなんかを組み立てているのを見ているのも楽しかった。なんだかその時と似通った空気が伝わってきて、ぼくは、それを胸いっぱいに吸い込んだ。
さっき金髪の女の人に教えてもらった「バーカウンター」に向かってみる。
おっかなびっくり近付いてみるが、どうも、誰もいない様子だった。
ところが、どうも、中にはひとの気配がする気がする。
背伸びをして中を覗き込んでみると、カウンターの中に人影があった。
チリチリにパーマがあてられた長髪の男の人が、ひっくり返したビールケースに腰掛けて、小振りなウイスキーボトルをラッパ飲みしていた。
チリチリ男は面倒そうに立ち上がると、なんとも無愛想な口調で「学生さん?」と、言った。
ぼくが「はい」と答えると、
「ノンアルは、コーラとオレンジジュースとウーロン茶しかないよ」
と、言いながら冷蔵庫をまさぐった。
そして「……ワリ、ウーロン切れてるわ」とボヤいて、頭を掻いた。
さっきマクドナルドでコーラを飲んだばかりで、ぼくは甘いものを飲む気分じゃなかった。
「えっと、ミネラルウォーターとかって……」
おそるおそる訊くと、チリチリ男は少し考えた後、吊るしてあるグラスのひとつを手に取り、蛇口から水を注いで、カウンターに置いた。
ぼくがチケットを渡そうとすると、
「いいよ、水道水だから。ライブ終わったら、また飲みに来な」
と、ぶっきらぼうに男は言った。
ぼくは「ありがとうございます」と言って一息にそれを飲み干し、カウンターにグラスを戻した。
その時、背後の防音扉が重い音をたてて開いた。
ドヤドヤと、数人のグループが入ってきた。開場の時間になったのだ。
様々な年代の男女が、次々と入ってくる。三十人以上はいるだろうか。
“この人たちは、全員が聖飢魔Ⅱを知っている”
当たり前の事なのに、なんだかとてつもない事に思えて、ぼくの胸は高鳴った。
ぼくが、伊万里の片隅でひっそりと発見したと思っていたバンドは、実は、隣町にもこんなに聴いてるひとがいるんだ。
顔見知りの人同士が多いらしく、それぞれが談笑しあい、ゆったりと開演の時間を待っている。
ぼくもなんだかそわそわしながら、開演のその時を待った。
店内に流れる曲が、いつの間にか「白い奇蹟」になっていた。




