第二部 第六楽章 過去の因縁。
「昔、おれがバンドを組んだ中のひとりに“黒川さん”ってのがいたんだよ」
鶴さんが、なにやら神妙な顔で語り始めた。
「これがまぁ、見事な“ヘヴィメタル原理主義者”でさ。日本人のバンドは“ラウドネス以外認めない”みたいな人で」
遠い目をして、鶴さんは続ける。
「バンド組んでからも大変で。めちゃくちゃ上手かったんだけど、素行に問題があり過ぎてさ」
「素行って……例えば?」
ぼくは、興味を持って訊ねる。
「まぁ、とにかく喧嘩っ早い。ライブの客でもスタッフでも、気に食わなきゃぶん殴るんだ。おかげで、出禁の小屋は数知れず」
「こわ……」
と、波多津薫。
「酒が入ったらさらにヤバくて。まわりの音楽やってるやつに音楽議論をふっかけちゃ、気にくわない考えのやつを殴りつける」
めちゃくちゃだな、と、僕ぼくは眉をひそめた。
「警察沙汰もしょっちゅうで、よく保護室に迎えに行ったよ。……でも、ぜんぜん反省してねぇんだ。警察に厄介になるたびに“星型のステッカー”をギターに貼って自慢する有様さ」
ん? 星型のステッカー?
「結局、福岡佐賀長崎じゃ、どこからもお呼びが掛からなくなって、ギターだけ持ってヨーロッパに行っちゃった。“あっちに行けば、おれは認められる”ってな」
波多津薫は、口をぽかんと開けて聞き入っている。
鶴さんは、部屋から出て、階段の前で二本目の煙草に火を点した。
「彼女さん泣いてたよ。だけどまぁ、言い出したら聞かない人だから」
なんか、とんでもない人が伊万里にもいるものなのだな……と、ぼくは思った。
「ところが、その彼女さんが妊娠してるのがわかったんだ。だけど、肝心の黒川さんはどこで何をしてるかもわからない」
そこまで話すと、鶴さんは煙草を深く吸いつけて、そして、一条の煙を吹いた。
「その後、あっちの大使館だか領事館だかから、彼女さんに連絡が来たそうだ。"ギターとパスポートを残して、滞在してた日本人の男が行方不明になってる"って」
「え、そのままいなくなっちゃったんですか?」
ぼくが訊くと、鶴さんは、こくりとうなずいた。
「……結局、彼女さんはお腹の子供を、ひとりで産んで、ひとりで育ててるらしい……っては、人づてに聞いたな」
「最悪! 女の敵だよ!」
ぷんぷん怒る波多津薫を見て、ぼくは“突っ込んだらいけない”と、心の中でつぶやいた。
「……その彼女さんが、木須さんって名前なんだよな」
そう言うと、鶴さんはもう一度、ゆっくりと煙草の煙を天井に向けて吐いた。
「木須さん……ですか?」
ぼくは、そう言いながら、ハッと気づいた。
「あ! それで、星型のステッカー!」
ぼくが発したその言葉に、鶴さんは無言でうなずいた。
「え……。つまり裕子は、その男のひとの娘かもってこと?」
波多津薫がそう言うと、鶴さんは「そうかもな」と答えた。
室内に、なんとも言えない重い空気が立ち込めた。
長い沈黙が、狭い室内をゆっくりと充す。
「……ところでさ」
鶴さんが、その沈黙を破るかのように、誰にともなくそう呟く。
ぼくと波多津薫は、黙って鶴さんの顔を見つめて、鶴さんの次の言葉を待った。
「……アンチって、なんであんなに批判対象に詳しいんだろうな」
それを聞いて、ぼくと波多津薫は思わず吹き出し「確かに!」と笑いあった。




