第六十七楽章 ぼくだけが知らなかった……。
「もしもし」
「あ、もしもし」
「なんだ。珍しいな、お前が電話してくるなんて」
「えっと、今、なんかされてます?」
「なに……って、受験勉強だよ」
「あ、すみません」
「いいよ。もちろん、よっぽどの用事だろうな?」
「……実は、今日、あの後。波多津さんに告白して」
「!」
「それで、その、オッケーもらって」
「……マジか」
「はい。それで、その、抱き合って……いやその、抱き合うったって、ハグの延長みたいなもんなんですけど」
「……ノロケ聴かせられるんなら、勉強に戻りたいんだが」
「あ、待ってください。そしたら、その、波多津さんの、その……股間に、ちょっと変化がですね」
「……そりゃ、ナリはああでも健全な男子なんだから、恋人と抱き合えばそうもなるだろうよ」
「…………」
「なんだ。どうした?」
「部長、今から会ってもらえませんか?」
「あ? 今からって、もう一時近い……」
「お願いします。とても大事な相談なんです」
「……あぁ。じゃあ、どこにする」
…………。
*****
少しして、ぼくと部長は、駅前のガストで落ち合った。
「遅くにすみません」
と、席に着いたぼくは部長に頭を下げた。
部長はホットのアメリカンが入ったカップを持ったまま、
「いいよ。で、相談ってなんだ」
と、ぼくに言って、それから、そもコーヒーをひとくち飲んだ。
*****
「薫が男だって知らなかった!?」
部長が大声をあげたのを、ぼくは慌てて制した。
ちらほらといるお客さんが、その大声に反応してちらりとぼくらに視線をよこした。
「だって、まさか。夢にも思いませんよ……」
ぼくは頼んだドリンクバーを注ぎに行く気力もなく、ぽつりとそう言った。
「いや、しかし。入学したその日に、クラスや学年の全員に周知されたはずだぞ。ウチの部員だって全員が把握してるし」
そう聞いて、ぼくはハッとした。
「ぼく、あの頃インフルエンザにかかって、入学式から一週間、登校停止でした」
「いや、でも」
部長が、またひとくちコーヒーを飲む。
「クラスの友達が教えてくれただろ?」
「えっと、ぼく、友達いないんで……」
「あ……。そうか」
部長は、頭を抱えた。
「でも、おれもあの時に確認したよな? “覚悟があるのか”って」
部長が、夢竜からの練習帰りの会話を持ち出した。
「……知らないから、てっきり病気の事だとしか思いませんでしたよ。なんで、はっきり言ってくれなかったんですか」
「いや、それはおまえ」
そう言うと、部長はコーヒーをまたひとくち飲んだ。
「デリケートな話だから、オブラートにだな」
「いや、まぁそうでしょうけど……」
今度は、ぼくが頭を抱えた。
「で、どうするんだ高田」
「……」
「“ごめんなさい知らなかったんですサヨウナラご機嫌よう”か? あいつ、それでどれだけ傷つくと思う?」
そう聞いて、ぼくは息を飲んだ。
今までの、生まれ持ってしまった性別のせいで翻弄されてきた人生。
はじめて、その壁を越えて愛を告白してきたぼく。
それに「間違いでした」と、いきなり見捨てられる。……確かに酷い話だ。
いや、しかし、だけれども。
「薫は、おれの弟みたいなもんだからな。これ以上、辛い目にはあわせたくない」
部長は、真顔でそう言った。
「高田。お前が、自分でしっかり考えて、今後をどうするか決めろ」
そう言い残し、部長は、ふたり分の伝票を持ってレジに向かった。
ぼくは、ただただ呆然と、グラスに残った水を眺めていた。




