第六十五楽章 赤い玉の伝説
おそるおそる扉を開けると「カランカラン」と、ドアの内側に着けられた鈴が鳴った。
「お!来たな」
いきなり、右手から歓声と拍手が飛んで来た。
見ると、店内右側のカウンター席に、ふたりの男女が腰掛けていた。
「狹決亜Ⅱ」の金髪の女性ギタリストと、ドラマーさんだ。
「あれ、今日はどうしたんですか?」
そう言いながら店内に入ると、死角になっていたテーブル席の方に、リーダーとハットを被ったベーシストさんが座っているのもわかった。
リーダーに「まぁ座れ」と促され、テーブル席に着く。お店のマスターらしき髭のおじさんが出してくれたジュースを飲みながら、ぼくは店内を見回した。
それほど広くない部屋の奥にはライブスペースが設けてあり、ドラムセットやキーボード。数個のアンプ類が備えてある。さらに、狹決亜Ⅱのみんなのギターやベースも置いてある。
そこに、入り口の鈴を鳴らして鶴さんと部長が「お疲れ様っす」と言いながら入って来た。
「……とりあえず、揃いましたね」
鶴さんはそう言いながら、持ってきた物をテーブルに置いた。
夢竜製の、串焼きや焼き物、揚げ物の盛り合わせと、旬の魚を中心にした、刺身の盛り合わせ。それぞれが並べられた大皿ふたつだ。
たちまち、全員にビールジョッキが配られた。ぼくと部長には、ジンジャーエールだった。
「えぇと、それでは。……長ったらしい挨拶はビールがぬるくなっちまうんで。秋祭り、お疲れ様! 乾杯!」
リーダーの言葉に、全員で「乾杯!」と声を交わし、杯を交わした。
それから、ぐびぐびと持っているグラスの中身を飲み干した。
***
狹決亜Ⅱや鶴さんが実際に“参拝したミサ”の思い出話を聞いたり、秘蔵のファンクラブ会報のコレクションを読ませてもらったり。さらにテンションが上がると、それぞれがライブスペースで演奏をしてみたり。とても楽しい飲み会だった。
「そろそろっス」
鶴さんがそう言うと、狹決亜Ⅱのリーダーと金髪の女の人、リズム隊のふたりがライブスペースに並んだ。意外にも、リーダーはキーボードの前に陣取った。
その時、入り口の鈴が鳴った。
皆の視線がそちらに向く。
え?
ぼくの心臓が、ドクンと大きく脈打った。
細身の女性が、そこに立っていた。
艶のある、黒い髪。
その下の、シャム猫みたいな大きな瞳。
よく通った鼻筋。
ぷっくりとした、桃色の唇。
ギターケースを背負って入ってきたその女性は、つかつかとライブスペースに入り込み、下ろした荷物からギターを取り出し、アンプに接続した。
女性が髪をなびかせ「くるり」とターンすると、まっ黒いスカートがはためいた。
波多津薫!
呆然とするぼく以外の皆が、拍手と大歓声を波多津薫に送る。
彼女はウィンクをひとつすると、ギターを弾き始めた。
聖飢魔Ⅱの「赤い玉の伝説」だ。
なんだか少し痩せて見える彼女は、入院前と変わらない笑顔で、楽しそうに真紅のKiller・ファシストをかき鳴らした。




