第六十三楽章 “プロ”の洗礼。
最後のアルペジオを弾き終えて、ぼくは、大きく息をはいた。
とたんに、さっきよりもさらに大きな拍手が、会場から巻き起こった。
やりきった……。
「高田っちー!」
っと、叫ぶ声が聞こえた。
そちらに目を向けると、二里と古賀のふたりと、クラスメイトの何人かが、ステージに向けておおきく両手を振っていた。古賀に至っては、顔とメイクをぐしゃぐしゃにして涙を流していた。
ぼくは笑って、そちらに手を振り返した。
会場に向かって、深く礼をする。
そしてぼくは、呆然とマイクスタンドの前に立ち尽くして、ケーブルテレビのカメラを眺めていた。
……この向こうで、波多津薫は観ていてくれたのかな。
ぼーっとそんな事を考えていると、ぼくの両隣に部長と鶴さんがやって来た。さらに両隣には、リズム隊の二人もいた。皆が、笑っている。
「手ぇ出せ!」
そう言った鶴さんがぼくの右手を、部長が左手を握り、高々と空に掲げた。
また、拍手が起こった。
その時、突然、会場から、大きなどよめきが起きた。
客席の皆が、ぼくらの後ろを指差し、なにやら騒ぎ始めている。
いきなり、誰かがぼくの肩を背後から抱きしめた。
何が起きているのか理解できずあたふたするぼくの背後を見て、鶴さんが、目を丸くした。
「君ら、最高やん」
ぼくに抱きついている人が関西弁でそう言って、優しく背中を二度叩き、離れた。
それは、中田マサユキだった。
「よかったよ。ひさびさにええもん見たわ」
中田マサユキは、ぼくの右手を握って、笑顔で言った。
「あ、ありがとうございます」
ぼくは、そうひと言を返すのがやっとだった。
「君がリーダー?」
中田マサユキは、鶴さんに向かってそう訊いた。鶴さんは緊張気味に「オス!」と、なぜか体育会系の返事をした。
「聖飢魔Ⅱか……。あれいける? "エルドラド"」
!?
予想だにしない一言を、中田マサユキは言った。
「オ、オス!」
と、鶴さんが答え、
「まぁ、バッキングに徹すれば」
と、うなずいて部長も答える。……まったく、何者なんだ、この人は。
「EL DORADO」は、聖飢魔Ⅱの信者にとって、ものすごく特別な曲だ。
なにせ、解散ミサの大トリに歌われた曲。そんな大曲を、プロと一緒に演奏する……?
「や、やった事ないんで……」
ぼくがしどろもどろになると、
「じゃ、君はコーラスな」
と、中田マサユキは笑って言った。リズム隊のふたりは興奮で顔を上気させて、もう、各々の位置にスタンバイし直している。
自前の金色のマイクを持ってきて、中田マサユキは、ぼくの隣に立った。
シンバルが打ち鳴らされ、一斉に、皆が演奏を始める。
ぼくは、弾いている“フリ”で参加する。
イントロが終わり、中田マサユキのボーカルが始った。
ぼくは、仰天した。
昔みたいに声が出ない?
もう、ロートル?
プロの歌は、そんな甘いものじゃなかった。
中田マサユキのかすれ気味な声には、陳腐な表現だけど「魂」がこもっていた。
肚から吐き出した自分の魂をちぎって、客席に投げつけているような、技術とか経験とかを超えた“なにか”があった。
すごい。これが、プロなんだ。
後ろで聴いていて、自分の全身に鳥肌が立ったのがわかる。
ちらりと目を向けると、鶴さんも部長も、いつになく緊張した面持ちで演奏している。こんなふたりの顔を見るのは、初めての事だった。
いつの間にか、中田マサユキはぼくの横に立っていた。サビのハモりを、ふたりでひとつのマイクで歌う。中田マサユキがぼくにウィンクをして、ステージ最前列に戻る。
最後に長いながいシャウトを決めて、中田マサユキは、客席に“見得”を切った。
今まで聞いた事がないほどの拍手と歓声が、客席から巻き起こった。そしてそれは、いつまでもいつまで止まなかった。
ぼくは、まるで高名な宗教家でも見るような思いで、中田マサユキの背中を見つめていた。
*****
「ありがとうございました!」
そう言って、鶴さんが差し出した右掌を、中田マサユキは力強く握り返し、そして、なんだか異様に真っ白な歯を見せて笑った。
「いやいや、こちらこそ勉強させてもろうたよ。あれやな、"初心忘れるべからず"や」
そう言いながら、部長さん、狡決亜Ⅱのお二方と順番に言葉と握手を交わし、そして、ぼくの方を向いた。
「あ、ありがとうございました」
ぼくがそう言って右掌を差し出すと、それを無視して、中田マサユキはぼくの身体をぎゅっとだきしめた。
わけがわからず、ぼくがあたふたしていると、
「……続けなさいよ。きっと、なにかが見えてくるから」
ぼくの耳元で、中田マサユキは囁くようにそう言った。
彼の首筋からは、ほんのりと、爽やかで色っぽいコロンの香りがした。
その時、ぼくのズボンのポケットの中でで、スマホが元気よく振動を始めた。
ポケットからそれを取り出し、ロックを解除してLINEを開く。
そこには波多津薫からの、
「おめでとう! 立派な悪魔になりましたwww」
というメッセージが届いていた。




