表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/90

第六十一楽章 経験こそが、物を言う。

  センターマイクの前に立ったぼくの目に飛び込んできたのは、今まで見た事もないような、大勢のひとたちががひしめき合っている様だった。


 何人いるんだ?

 百人?

 ……千人?


 足の裏が、地面に着いている感触がない。ふわふわと、まるで雲の上にでも立っているような感触だ。


 係の人に促され、ぼくは慌ててシールドをアンプに突っ込む。


「英語詞から、曲入り」

 何度も確認、練習、復習をした事なのに、一体どのタイミングで入ればいいのか、なんだかさっぱりわからない。


 ……やばい。


 ぼくがオタオタしているその時、いきなり、背後のドラムが8ビートのリズムを刻み始めた。続いて、そこにベースも絡み始める。


 え、なに?

 こんな事、練習していない。聞いてない。


 動揺して振り返ると、部長がぼくの顔を見て「手を叩け!」と笑顔で叫んだ。


 わけがわからないまま、ぼくはドラムに合わせて手拍子を始めた。


 今度は横から、鶴さんが「隆! 跳べ!」と叫んだ。


 リハーサルと全然ちがうオープニングで、ぼくは、もう何が何やらわからなくなった。ただただ、夢中で飛び跳ね、手を打った。


 すると、静まり返っていたお客さん達の中から、少しずつ、手を叩く音が聞こえて来た。


 ぼくの動きに合わせて、手拍子を打ってくれている……?


 やがてその音は、波紋のように客席全体に広がっていった。そして、いつの間にか、会場全体が手拍子で包まれていた。


 そうか。


 部長と鶴さんは、これを狙ってたのか。


 ぼくが手を打っていると、いきなり、ギターの音が響いた。


 部長が、アドリブのソロを弾きはじめたのだ。


 なにやらオシャレなフレーズをきっちり四小節弾いた後、続いて鶴さんがレスポールをギャンギャン鳴かせて、ブルースっぽいソロを奏で始める。


 え、

 まさか。


 あたふたしていると、鶴さんもいきなり、ぼくにギターソロを“振って”来た。


「下だけ向いてガチャガチャ高速で弾いてるよりも、お客をちゃんと見て、一発チョーキング決めて、それから手でも振る方が、よっぽど盛り上がるんだよな」


 狡決亜Ⅱのリーダーの言葉が、ぼくの頭の中に“ぽっ”と浮かんだ。


 ぼくは、自分が弾けるメジャーコードを丁寧に積み重ねて四小節を弾き切り、最後をチョーキングで締めて、客席に向かって手を挙げた。


 客席から、拍手と声援が巻き起こった。


 これだ!

 これが、リーダーの言ってた事なんだ。


 客席から、古賀と二里、ふたりの声も聞こえた。

 見ると、満面の笑みで、ふたりはウチワを振っていた。ぼくも、笑顔を返す。


 あれだけ緊張していたのに、いつの間にか、ぼくは、このステージを楽しんでいた。抜けるような秋晴れの空が、どこまでもひろがっている。


 目の前に、ケーブルテレビのカメラマンがいる。大きなカメラを担いで、ぼくらを撮っている。


 波多津薫は、病院のテレビでこれを観ている。

 よし。彼女に、届くように歌おう。


 ぼくはピックを持った右手を掲げ、ドラムのリズムに合わせて「真昼の月」の最初の英語詩を、高々と歌い始めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ