表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/90

第六十楽章 ちょっと待ってよ……

「お疲れ様」と声を掛けた鶴さんに、


「いやー、客層が厳しいっス。全然もりあげられなかったっスわ」


 “王子様然”とした耽美な見た目とは裏腹の体育会系な口調で、ヨルムンガンドのボーカルは肩を落としてそう答えた。


 ステージから、激しいギターリフが聴こえてきた。二番手のパンクバンド「VUG’Z」の演奏が始まったのだ。


「……ここも盛り上げんの上手いんだけど、今日は厳しいだろうなぁ」


 鶴さんが、腕を左右に振って背中のストレッチをしながら言う。


「厳しい?」


 ぼくが訊ねると、


「そりゃ、客のほとんどが“エメラルドキングの中田マサユキ”目当てなんだからな」


 と、鶴さんが答える。


「アウェイの空気感は、スポーツよりエグいからな。音楽は」


 そんな場所に、初心者のぼくが立って歌う。……考えたら、また緊張がぶり返して来そうになった。


 その時。


「キィィィィィン!!…………」


 と、強烈なマイクのハウリング音が響き、VUG’Zの激しい演奏が、ピタリと止まった。


 何事かと、テントの外に皆が飛び出すと、鋲付き革ジャンに黒いデニム、モヒカン頭のVUG’Zのボーカルが、ステージ下のアスファルトの上で、腰を押さえて悶絶していた。


 状況が飲み込めずに唖然とするぼくらの前、VUG’Zのメンバーが次々とステージから飛び降りて、苦しみもがくボーカルの周りを取り囲んだ。


「おい!しっかりしろ」


「大丈夫か? 意識あるか?」


「返事できるか!?おい!」


 メンバーがそれぞれ励ます最中、どこからか担架が持ち込まれ、モヒカンのボーカルは、一旦、テントの中に担ぎ込まれた。


「どうしたの?」


 鶴さんが、VUGZのメンバーに訊いた。モヒカンさんは、まだ、腰の辺りを押さえて呻いている。


「いやぁ、客が全然もりあがらないんで、こいつがモッシュかましたんス。そしたら、お客さん達、受け止めるどころかみんな逃げちゃって。コイツ、まともに地面にぶつかったんス」


 VUG’Zのメンバーさんが真顔で話した内容に思わず吹き出しかけて、鶴さんは、咳払いをしながら顔を背けた。


 そりゃ、自分に向かっていきなりこんな風貌の人が飛んで来たら、さぞかし肝を冷やすだろう。中田マサユキさん目当てで来ているお客さんの心中は、察するに余りあった。


「次、すぐ出られますか!?」


 祭りの実行委員の女の人が、ぼくらに向かって叫んだ。


 え?


 ちょっと待って。まだ、心の準備も何もできていない。


 ぼくの焦りはさて置かれ、他のみんなは「しゃーねぇーなぁ」などと言いつつ、準備に取り掛かり始めている。


 やばい。


 ぼくだけ、完全にテンパっている。


「いけるか?」


 部長が、小声で訊いてくる。ぼくは笑顔を返そうとするが、顔が引きつってそれすら出来なかった。


 部長が、ドラマーさんになにやら耳打ちしているのを、ぼくは、まるでテレビの中の出来事でも観ているような感じで眺めていた。


「いいですか! 客席に飛び込んだり、火を吹いたりは禁止ですから! 即刻、中止にしますからね!」


 実行委員の女の人は、部長の顔を見ながらそう叫んだ。


「……おれ、どんな目で見られてるんですかね」


 部長が真顔でそうぼやくと、


「まぁ“悪魔を見るような目”だろうなぁ」


 のんびりと、ベーシストさんがそう答えた。


「お願いします!」


 女の人の合図で、ぼくらは、一斉にステージに上がった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ