第六十楽章 ちょっと待ってよ……
「お疲れ様」と声を掛けた鶴さんに、
「いやー、客層が厳しいっス。全然もりあげられなかったっスわ」
“王子様然”とした耽美な見た目とは裏腹の体育会系な口調で、ヨルムンガンドのボーカルは肩を落としてそう答えた。
ステージから、激しいギターリフが聴こえてきた。二番手のパンクバンド「VUG’Z」の演奏が始まったのだ。
「……ここも盛り上げんの上手いんだけど、今日は厳しいだろうなぁ」
鶴さんが、腕を左右に振って背中のストレッチをしながら言う。
「厳しい?」
ぼくが訊ねると、
「そりゃ、客のほとんどが“エメラルドキングの中田マサユキ”目当てなんだからな」
と、鶴さんが答える。
「アウェイの空気感は、スポーツよりエグいからな。音楽は」
そんな場所に、初心者のぼくが立って歌う。……考えたら、また緊張がぶり返して来そうになった。
その時。
「キィィィィィン!!…………」
と、強烈なマイクのハウリング音が響き、VUG’Zの激しい演奏が、ピタリと止まった。
何事かと、テントの外に皆が飛び出すと、鋲付き革ジャンに黒いデニム、モヒカン頭のVUG’Zのボーカルが、ステージ下のアスファルトの上で、腰を押さえて悶絶していた。
状況が飲み込めずに唖然とするぼくらの前、VUG’Zのメンバーが次々とステージから飛び降りて、苦しみもがくボーカルの周りを取り囲んだ。
「おい!しっかりしろ」
「大丈夫か? 意識あるか?」
「返事できるか!?おい!」
メンバーがそれぞれ励ます最中、どこからか担架が持ち込まれ、モヒカンのボーカルは、一旦、テントの中に担ぎ込まれた。
「どうしたの?」
鶴さんが、VUGZのメンバーに訊いた。モヒカンさんは、まだ、腰の辺りを押さえて呻いている。
「いやぁ、客が全然もりあがらないんで、こいつがモッシュかましたんス。そしたら、お客さん達、受け止めるどころかみんな逃げちゃって。コイツ、まともに地面にぶつかったんス」
VUG’Zのメンバーさんが真顔で話した内容に思わず吹き出しかけて、鶴さんは、咳払いをしながら顔を背けた。
そりゃ、自分に向かっていきなりこんな風貌の人が飛んで来たら、さぞかし肝を冷やすだろう。中田マサユキさん目当てで来ているお客さんの心中は、察するに余りあった。
「次、すぐ出られますか!?」
祭りの実行委員の女の人が、ぼくらに向かって叫んだ。
え?
ちょっと待って。まだ、心の準備も何もできていない。
ぼくの焦りはさて置かれ、他のみんなは「しゃーねぇーなぁ」などと言いつつ、準備に取り掛かり始めている。
やばい。
ぼくだけ、完全にテンパっている。
「いけるか?」
部長が、小声で訊いてくる。ぼくは笑顔を返そうとするが、顔が引きつってそれすら出来なかった。
部長が、ドラマーさんになにやら耳打ちしているのを、ぼくは、まるでテレビの中の出来事でも観ているような感じで眺めていた。
「いいですか! 客席に飛び込んだり、火を吹いたりは禁止ですから! 即刻、中止にしますからね!」
実行委員の女の人は、部長の顔を見ながらそう叫んだ。
「……おれ、どんな目で見られてるんですかね」
部長が真顔でそうぼやくと、
「まぁ“悪魔を見るような目”だろうなぁ」
のんびりと、ベーシストさんがそう答えた。
「お願いします!」
女の人の合図で、ぼくらは、一斉にステージに上がった。




