第五十九楽章 「バンドの部」スタート!
ひと組目のヴィジュアル系バンド「ヨルムンガンド」のステージが、佳境に入っていた。
今回のステージ。各バンドの持ち時間は十分間ほどしかなく、ちょっとMCを入れて、二曲か三曲が限界だ。
ウチが演るのは「真昼の月」と「BRAND NEW SONG」。曲の入りは三人でのアカペラ英語詞で、そのあとから、全員の演奏がスタートする。
とにかく、最初の音をとちらないように……。
考えれば考えるほど、なんだか最初の音がわからなくなって来て、ぼくはさっきからスマホから伸びたイヤホンで音源を聴いて、何度も何度も確認している。
そうこうしているウチに、また、トイレに行きたくなる。
さっきから、何回も尿意をもよおして、公衆トイレに駆け込んでいる。
これだけ出しているのに、テントに戻って準備をしていると、また、尿意を感じてトイレに駆け込む……。これを、もう五回は繰り返している。かといって、水分を取らないと喉がカラカラになってしまうから、ペットボトルの水を、ついついひとくち飲んでしまう。
完全に、悪循環だ。
まわりを見ても、こんなに緊張してるのは自分だけらしく、その事実も、殊更にぼくを焦らせた。
すっかり憔悴しきっているところで、スマホの着信音がなった。波多津薫からのLINEだ。
「いよいよだねー。今、テレビで観てるよ」
と、彼女はいつもと同じ調子だ。
伊万里市と隣接する有田町では、今日の祭りの様子が地元ケーブルテレビで生中継されている。波多津薫は、それを病院で観ているのだ。
「緊張してヤバいんだけど」
ぼくが返すと、
「わかる。私もめっちゃ緊張したのおぼえてる」
と、波多津薫からそう返って来た。
そうか。
あれだけ堂々とステージをこなす波多津薫でも、最初は緊張したのか。
ぼくは、送信しかけた「どうすればいい?」を消して、それから「頑張ってみる」と打ち直したメッセージを返した。
波多津薫が、
「がんばれー!」
と、返してきた。
「薫か?」
いきなり、鶴さんが横からスマホの画面を覗き込んできた。ぼくは、思わず隠すようにそれを伏せた。
「よっしゃ。みんなで写真とろう」
突然、鶴さんが言い、全員が招集された。
「全員で、薫に送る写真を撮る!」
鶴さんの提案に、皆が拍手をする。
祭りのスタッフさんに頼んで数枚の写真を撮ってもらい、それを、波多津薫に送信した。
しばらくして、届いた返信は、
「ゾッドwww」
だった。
その時、ヨルムンガンドがステージを終えて、楽屋テントに引き揚げて来た。




