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第五十六楽章 ぼくは、あの子が好きなんです!

 ぼくと部長は三メートルほどの距離をとって、互いの目を見据えて立っていた。

 酔っ払った様子の派手な格好の若い女の人たちが、ぼくらの間を笑い合いながら通り過ぎていく。


「……前に“兄弟みたいなもんだ”って、言ったような気がするが」


 部長は、落ち着いた口調で言った。

 なんだか、困ったような顔をしていた。


「なんでもないなら、“なんでもない”って言ってもらえますか」


 自分が思っていたよりも、大きな声が口をついて出た。


「……お前、まさか、薫の事を……」


 部長が訊く。


 ぼくは、無言でうなずいた。


 部長はひとつ大きなため息をつき、


「高田。それがどういう事か、本当に理解してるのか」


 と、言った。


 “どうだって言うんだ”


 ぼくは、無言で部長の目を睨んだ。


「あいつの身体の事は、わかってるんだろう?」


「もちろんです」


「……お前、それを本当に背負い込む覚悟があるのか?」


 それ?


 なんだ、そんな事。

 この人は、病気が、癌が、なんだって言うんだ。


「今のお前は、薫に夢中でまわりが見えてないんじゃないか? 冷静になって考えろよ。本当に、あいつの身体の問題を抱えて行けるのか?」


 ……部長の言う事は、確かに正論だろう。


 若年性の癌は、進行も、転移の速さも高齢者の比じゃない。それは、ネットで調べた。

 誰もが口には出さないが、おそらく彼女は、これからの長い人生の多くを、癌との闘いに割かれるだろう。


 だけど。いや、だから。

 だから、ぼくは彼女と一緒にいたいんだ。


 波多津薫という、初めて好きになった人を、そばで支えて行きたいんだ。


「全部わかったうえで、それでも、ぼくは波多津さんと一緒にいたいんです」


 ぼくの言葉を聞くと、部長は、夜空を見上げてもう一度ため息をついた。


「……すごいな、お前は」


 部長が、頭を掻いた。


「そのくらいの想いがあるから、あんな短期間で上手くなれるんだな」


 いきなり褒められて、ぼくは、思わず顔を赤くした。


「……お前のその素直さが、正直、うらやましいよ」


 部長はそう言うと、ぼくに背を向けた。


「安心しろ。おれと薫には、本当に何もない。おれは、お前を応援するよ」


 部長が踵を返し、ふたたび家に向かって歩き出す。


「じゃあな。真昼の月、しっかり練習しとけよ」


 小さく手を振り、青信号に変わった横断歩道を、ローソン側に渡った。


 信号待ちの車列で、部長の姿が見えなくなる。


「ありがとうございました!」


 と、大声をあげ、ぼくは、道路の向こう側に頭を下げた。



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