第五十三楽章 “お前の”メロディー。
夢竜から徒歩で五分ほど。
アーケードの一角にある古めかしい貸しスタジオに、ぼくらは集まった。
「他にお客はいないから」と、店番のおじいちゃんが、スタジオ利用料だけで特別にホールを貸してくれた。通常は“カラオケ大会”やら“社交ダンス”やらに使う場所で「客席最大五十人収容可能」と書いてある。けっこう広い。
皆で手分けしてさまざまな機材を運び、ほどなくして、練習準備が整った。
「どっちから行く?」
アンプの設定をいじりながらの鶴さんの問いに、
「ブランニューからお願いします」
と、ぼくは答えた。
初めて、生身のスティックカウントに合わせて、ぼくはギターを奏でた。
背中にドラムとベースの生の振動を感じながらギターを弾くのは、とても新鮮だった。バスドラとベースラインが、ぼくの足元にずんずんと響く。
続けて二回、演奏した。
結果は、散々だった。
原因は、もちろんぼくだ。
一定のリズムをキープして弾く事に気を取られ過ぎて、ボーカルを飛ばす。
焦りすぎてギターソロで先走り、あげく、演奏をミスする。
細かく言えばきりがないほどミスをした。あれほど練習しても、まだ、波多津薫の足元にも及んでいないという事実が、重くのしかかってきた。
「もう一回お願いします」
二回目を終えて、ぼくが皆に頭を下げた時、
「一旦、休憩しようか。おれ、お薬タイム」
と、隅っこで見物していた狡決亜Ⅱのリーダーが、のんびりした声をあげた。
「そうだな。ちょっと休もう」
鶴さんも、腕のストレッチをしながら言った。
ぼくは“その間にもう一度お手本を確認しよう”と、スマホとイヤホンをを手に取った。その時、
「少年。ちょっと付き合え」
リーダーが、ぼくの前に立って、そう言った。
*****
廊下の突き当たり、自販機そばの椅子に、リーダーと並んで腰掛ける。
ぼくは、奢ってもらったミネラルウォーターを、静かに口に運んだ。
「……なかなかうまくいかねぇな」
ぼそりと、リーダーが言った。
「はい……」
ぼくは、小さく答えた。
「そんな手になるまで練習してんのになぁ」
「はい」
「悔しいなぁ。あの子みたいに弾けなくてなぁ」
「……はい」
ぼくは、自分の下手さ、才能のなさに嫌気が差してきて、身体が震えて来た。悔し涙が、頬に流れた。
「多いんだよなぁ」
リーダーが、ポケットから出した煙草を一本指で摘み、ゆっくりと火を着けた。
「……?」
「聖飢魔IIのコピーを長年やってると、少年と同じミスをしてるギタリストを、いっぱい見るんだよな」
「……同じミス?」
リーダーが顔をしかめながら、煙草を吸い付け、ゆっくりと吐いた。
濃い紫煙が、ふわりと宙に泳いだ。
「ルーク篁のコピーをする時、弾くのに夢中で、自分の手元しか見てないし、自分の音しか聴いてないんだ」
その言葉に、ぼくは「はっ」とした。
図星だった。
「だけど、ルーク篁本人や上手いやつらは、ちゃんと、弾きながらお客もバンドも見てるんだよな」
「……」
「だいたいさ。下だけ向いてガチャガチャ高速で弾いてるよりも、お客をちゃんと見て、一発チョーキング決めて、それから手でも振る方が、よっぽど盛り上がるんだよな」
「……」
「そもそも、別に、譜面どおりに弾かなくてもいいんじゃね?」
リーダーの言葉に、ぼくは息を飲んだ。
「コンテストじゃあるまいし、自分に出来る事をキチンとやりゃ、それでいいんじゃね?」
一条の煙を宙に吐いて、リーダーが続ける。
「少年は“薫姫”とは違うんだ。……ありゃ天才だよ、フツーじゃない。……なら、無理してあの子やルーク篁の弾き方を完コピしようとしなくてもいいだろ」
ぼくは、静かに話すリーダーの横顔を、じっと見つめた。
リーダーは、自分が吐いた煙の行方を目で追いながら、言葉を続けた。
「……どうせ、世間じゃ“一発屋カルトバンドのマイナー曲”さ。なら、少年のやり方で弾いてみたらどうよ。聴いてる客には、譜面どおりかどうかなんてわかんねぇよ」
そうか。
ぼくがあの天才の真似をしても、出来るわけがないんだ。
……なら、ぼくの「新しい唄」にすればいい……!
「あ、ありがとうございます!」
ぼくは立ち上がって、リーダーにお辞儀した。リーダーは「ん」と、短く応えた。
そうだ。
このために、波多津薫から音楽理論を習ったんじゃないか。
リーダーの言葉で、いきなり、肩の荷が下りた気がした。
ぼくは、練習場に駆け戻った。
「もう一度お願いします!」
と、皆に頭を下げた。




