第五楽章 ぼくも、ミサが観たいんです!
ガラガラの二階の窓際の席に陣取って、ぼくは上からライブハウスが入ったビルの様子を窺う。
三階建てのビルの一番下に、出入り口と思われる扉が見える。
ドアにも壁にもベタベタとチラシやポスターが貼りまくってあって、明らかに、他の建物とは異質な雰囲気だ。……ドアが開いた!
中から四人が出てきて、入り口脇で煙草を吸い始めた。
黒い長髪の細身の男に、ショートの金髪の小柄な女。ガタイのいい坊主頭の男と、もうひとりの男は、ハットを被っている。
服装はみな同じで、白いTシャツに、革のパンツを履いていた。
……波多津薫らしき姿は、見当たらない。
スタッフか、演者か。どっちだろう。
とっつきにくそうな風体の四人を遠目に眺め、ぼくは、なんだかドキドキした。
突然、四人がそれぞれタバコの火を揉み消して移動した。
路地を横切り、アーケードの方に姿を消した。
ぼくはガラスに張り付く様にして男達の姿を目で追ったが、見失ってしまった。
すこしすると、背後の階段から、賑やかな話し声が登って来た。
「サラダじゃ腹にたまらんでしょ」
「うっせ。医者に怒られたの、血圧」
「うわ! バンド名のまんまやないですか。ウケますね」
「今日のMCのネタ確定やね」
ガヤガヤと喋りながら、数人がトレイを持って上がって来た。
……さっきの奴らだ!
四人は、ぼくの斜め後ろのテーブル席に着いた。
ぼくは、何故か緊張して背中を丸め、しかし、最大限に集中して、彼らの会話に聞き耳を立てた。
「で、どんくらいなんすか、血圧」
「……170の、110」
「それヤバいでしょ」
「コピーバンド結成から十五年で、ボーカルが“秘密の花園”行きかぁ」
「……上手くもねぇし、笑えない」
食事は二の次で、会話に夢中になっている様子だ。
ぼくは、こっそりふたつ隣の席に移動した。ここからなら、横目で風貌も見ることが出来る。
長髪の男が、高血圧に悩むボーカルらしい。伏せ気味にサラダをパクつく顔は長い前髪に遮られてよくわからないが、決して若くはないように見える。
金髪女は、濃いアイラインと口紅で、こちらも年齢不詳だ。
あとの二人は、どう見積もっても四十代だろう。ぼくの同級生の親御さんと言った風貌だ。
盗み聞きしていても、音楽の話はひとつも出ない。
奥さんへの愚痴。
子供の反抗期。
住宅ローンの控除……。
風体はいかにもバンドマンなのだが、話の内容はその辺のおじさん達と何も変わらない。
ラチがあかない。
ぼくはコーラを飲み干して、深呼吸をした。
ただのおじさんだ、怖くない。
心の中でそう何度も呟いて、思い切って立ち上がった。
バクバクと音を立てる心臓と小刻みに震える脚に「喝」を入れ、ぼくは、四人が座るテーブルの脇に立った。
「ん?」という表情で、四人がぼくを見た。
「あ……あの」
ぼくは、なんとか声を振り絞った。
「どうしたの? ボク」
金髪の女の人が言った。
その口調が、思ったより優しく、ぼくは少しホッとした。
「あ……。きょ……今日のライブが、見たいんです」
ぼくは、勇気を振り絞ってそう言った。




