第四十六楽章 予想外の告白
波多津薫からそのLINEが来たのは、終業ホームルームの直前だった。
「今日、会えないかな」
と書いてあるだけの、短いものだった。
さっき盗み聞きしてしまった先生たちの会話が、ぼく頭の中をぐるぐる廻っている。嫌な予感が、胸を覆い尽くす。
だけどなんとか気を持ち直して、ぼくは「わかった」と、返信した。
夜七時に、伊万里駅で会う事にした。
気もそぞろなまま部活を終え、ぼくは、伊万里駅に向けて急いで自転車を漕いだ。
学生やサラリーマンがうろうろしている駅前広場の端っこのベンチに、波多津薫はいた。
お気に入りのデニムジャケットに、黒いガウチョパンツ姿で、なんだか、所在なさげにぽつんと座っている。
「ごめん、待った?」
ぼくが言うと、彼女は、笑って首を振った。
「……ちょっと、人がいないところに行きたいな」
波多津薫が言い、ぼくたちは、広場の裏側の線路沿いの道に移動した。
道から見える駅のホームには、唐津に向けて出発する時間を待っている“御当地アニメのラッピング列車”が停まっていた。立派な一眼レフカメラを持った小太りな男が、それを、一心不乱に撮影している。
一眼レフ男の邪魔をしないように、道の端っこをゆっくり歩く。
「ここがいい」
波多津薫が、線路際のフェンスに指を掛けながら言った。
線路内で伸び放題になっている雑草が、夜風にそよいでいる。
ぼくは、黙ってその様子を眺めていた。
「ちょっと前から、少し身体に違和感があってさ」
いきなり、彼女は話し始めた。
ぼくは、ゆっくりと波多津薫に向き直った。
心臓が、バクバクと音を立てていた。
「今日、近所の病院に行ったら、紹介状を持たされて、共立病院の方に回されて……」
波多津薫は、一回、深呼吸をして、ぼくを見た。
「癌なんだって」
あまり深刻さを感じさせない口調で、彼女はそう言った。
ぼくは「ガン?」と聞き返……す事が、できなかった。手のひらの汗を、ズボンで拭った。
黙りこくったぼくを見て、波多津薫はケラケラと笑った。
「いやいや! 早期発見だから、命に別状とかはなんにもないの。ステージだっけ? あれも、1と2の間くらいだって。手術して取っちゃって、念のために周りに放射線……って言ってたから、全然、大丈夫なんだ」
波多津薫は、早口でそう言った。語尾が、少し震えていた。さらに無言で立ち尽くすぼくを見て、笑いながら、肩をポンポンと叩いてきた。
「やだなぁ。“セカチュー”とか“君のナンチャラを”やらじゃあるまいし。大丈夫。全然、大丈夫なんだけど」
と、そこまで言って、彼女は急に小声になり、肩を震わせ始めた。
「ごめんね……高田君」
顔をあげた彼女の両目から、いつか見たのと同じ、大粒の涙が溢れていた。
「ごめん。あんなに練習したのに、一緒にライブ、出られなくなっちゃった」
こどものようにしゃくり上げ、手の甲で涙を拭いた。
「……そんな事」
泣き出す波多津薫を慰めたいのに、ぼくの口からは拙い台詞しか出てこなかった。自分の語彙力のなさを、ぼくは呪った。
「身体が元に戻ったら、また、一緒にやろうよ」
たったそれだけを、なんとか、振り絞るようにしてぼくは言った。
「ごめんね……。ごめん……」
下を向いてそう繰り返す彼女の全身を、出発時刻を迎えたラッピング列車のヘッドライトが照らしあげた。
列車は、けたたましい走行音をあげながら、うつむいて佇む僕らの横を、唐津に向かって出発していった。




