第四十五楽章 なんだって言うんだよ……
実業祭が終わって一週間が過ぎた。
その日、いつもならとっくに登校している時間になっても、波多津薫は、教室に姿を見せなかった。……昨日は一緒に練習もしたし、特に変わった様子もなかったのだが。
と、考えている時、ポケットのスマホが震えて、通知を知らせた。
波多津薫からの、LINEだった。
「ごめんね。今日、ちょっと休みます。また後でLINEします」
というメッセージの後、デーモン閣下の「地獄で会おう」スタンプが送られてきた。
なにがあったのか。
なんだかそわそわしながら授業を受け、そして、昼休みになった。
***
「今日、薫、休みだって?」
古賀が、カルパスの包装を開けながら訊いた。
昼休み。
いつもの、軽音部の部室に、ぼくと古賀と二里は集まっていた。
相変わらず、ふたりは練習をする素振りもなく、お菓子とおしゃべりを楽しんでいる。
……あれだけのギターとキーボード。きっと、どこかでガチの練習をしているに違いない。ぼくは実業祭以降、このふたりこそ「世を忍ぶ仮の姿」なのではないかと訝しんでいる。
「うん。昨日は元気だったんだけど」
ぼくが言うと、ふたりは「なんだろうな」「珍しいな」と、心配そうな様子だった。
***
部室棟から少し離れたトイレに入ると、いちばん奥の個室から、煙草の煙とひそひそと話す声が漂ってきた。
なんとかという法改正があって、校内は全面禁煙になった。
それ以降、喫煙所を失った先生たちが、ここで、こっそりと煙草を吸っているのだ。
ぼくは少し憐れんで、見なかった事にして用を足すべく、足音を忍ばせて小便器の前に立った。
「さっきの話、聞きました?」
「あぁ。軽音部の、例の子でしょ」
ぼそぼそと、小声でふたりの男が話している。
「なんか、よくない病気だったって」
「早急に手術して患部を切除すれば、セーフらしいとは言うけどねぇ」
軽音部の、例の子?
よくない病気?
早急に手術?
患部を切除?
耳に入る情報を、ぼくの脳が処理できないでいた。
個室のドアが開き、ふたりの男が出てきた。ぼくを見て「うわっ」っと言った。
「なんだ。高田、いつからいたんだ」
男のひとり、数学の峰先生が、なにやらタブレットをポケットから出し、となりの城先生と分けながら訊く。明らかに、動揺している。
「高田。この件は、他言無用でな」
ふたりはそう言いながら、そそくさとトイレを後にした。
他言無用?
なにをだ。
ぼくは、なにやら黒い、嫌な予感で、胸がいっぱいになってきた。
軽音部の例の子。
今日、学校を休んだ、波多津薫の事にしか思えない会話。
なにやら嫌な予感を胸に抱いて、ぼくは、午後の授業にために教室に向かった。
空には、ぼくの心の中のようにどす黒い雨雲がもくもくと湧き始めていた。




