第四十四楽章 歩いて帰ろう!
夕陽を浴びながら、ぼくと波多津薫は202バイパスの歩道をゆっくりと歩いた。
眼下に広がる堤防側の住宅街が、真っ赤な夕焼けに染まっていた。すぐ下にある保育園の庭ではしゃいでいる子供たちの声が、ここまで聞こえてきた。
利用者が少ないから整備が後回しにされているのだろうか、なんだかでこぼこして、雑草も目立つ道だった。
いつもならバスで帰宅している波多津薫が「歩いて帰る」と言い出して、ぼくが、自転車を押してお供する事になった。
「どうよ。“白い奇蹟”、びっくりしたでしょ」
波多津薫が、いたずらっぽく笑う。
「うん。でも、なんでルーク参謀の曲じゃなかったの?」
ぼくがそう訊ねると、
「そりゃ、君にお手本を見せるためよ」
と、彼女はドヤ顔をして見せた。それから、ちいさく笑った。
「なんてね。……あの時、部長の家で高田君が弾いてくれた“白い奇蹟”。ほんとは、凄い嬉しかったんだ」
あの日を思い出そうとするかのように、波多津薫は、どこか遠くに視線を彷徨わせた。
優しい風が吹いてきて、彼女の髪を柔らかくなびかせた。
「初心者なのに、わたしに習った理論を使って、ひとりで、一所懸命に練習してくれたんだなぁ……って」
波多津薫が微笑む。
ぼくは、すこし顔を赤くして、
「ぼ、ぼくも。今日は、みんなにお礼を言わなきゃ」
と、言った。
波多津薫はきょとんとした貌で「お礼?」と訊いた。
「……聖飢魔IIを聴き始めてから“他の歌手やバンドは、みんな低レベルなくだらない奴らだ”って思ってた」
ぼくの言葉に、波多津薫は笑った。ぼくは続ける。
「だけど、いろんな人が、いろんな世界観を持って、歌って。……そのどれもが、良いものなんだなって。今日、わかった気がする」
波多津薫は、
「そうだね」
と、うなずいた。
「いろんな人が、いろんないい歌を作ってるのに、それを聴かないのはもったいないね。……そして“いろいろ好きだけど、いちばんは聖飢魔II!”って、胸を張って言える方が、わたしはいいと思うな」
ぼくは、その言葉に深くうなずいた。
波多津薫と知り合って、ギターを習って、ケンカして……そして、好きになってから。ぼくは、今まで知らなかったし、知ろうとしていなかった世界観を、いっぱい、彼女から教わった。
ほんとうに、彼女と出会えてよかった。
「で、高田君も入部決定なの?」
波多津薫が、ぼくの顔を覗き込む。
ぼくは笑って、
「うん。これからよろしくお願いします“新部長”」
と、言った。
「よし。みっちり鍛えてあげるから、覚悟するように」
波多津薫は胸を張ってそう言った。ぼくらは、ケラケラと笑いあった。
気付けば、マクドナルドを越え、リンガーハットを越えて、伊万里駅ちかくの交差点まで、ぼくらは辿り着いていた。
「ありがとう。ここまででいいよ」
波多津薫が、笑顔で言った。
「うん。それじゃ、また明日、学校で」
ぼくも、笑顔で言った。
お互いが手を振り、それぞれの家路に方向を変える。
……しまった。大事な事を訊くのを、忘れていた。
「あのさ!」
5メートルほど離れた波多津薫に、ぼくは訊ねる。
波多津薫が、振り返る。
「雪だるま! なんでドラゴンの“竜”だったの!?」
「えっ……。だって、あのふたりが“ホウリュウジのリュウはこれだ”って!」
なるほど、古賀と二里のふたりか。
ぼくは笑った。
「あれじゃ、ぜったい“タカシ”って読めないでしょ!?」
波多津薫はその一言に“はっ”とした表情を見せた。
そして「あいつら〜」と小さく言った。
ぼくたちは、笑いながら手を振って、ふたたび別れた。
夕陽が、離れていく波多津薫の後ろ姿を赤く染め上げていた。




