第四十一楽章 Mary's Blood(仮)
演劇部の「八甲田山」が終わり、舞台に、幕が下された。会場が、拍手に包まれた。
涙で顔をぐしゃぐしゃにして「ひでぇなぁ。救いがねぇなぁ」と呟いている鶴さんの隣でパンフレットをパラパラとめくっていた時、ぼくのスマホが震えだした。LINEだ。
「舞台袖、来ない?」
と、波多津薫からLINEが送られて来た。
画面を見せて「行きます?」と鶴さんに訊くと、ハンドタオルで鼻をかみながら、
「席とっとくから、お前だけ行ってきな」
と、言われた。
*****
関係者出入り口を固めている眼鏡の女子生徒会員に「軽音部の波多津さんの……」と言いかけると、
「あ、高田さんですね。うかがってます、どうぞ」
と、彼女はあっさり通してくれた。
舞台袖は、引き揚げられた演劇セットと、大勢の“雪にまみれた旧日本兵”がごった返していて、何が何だかわからない有り様だった。
人波にのまれて彷徨っていると「君、手が空いてるならこれを頼む」と、日本兵のひとりから、ひと抱えはある雪だるまのハリボテを持たされた。
「高田君、こっち!」
不意に、上から聞き慣れた声が降って来た。
見上げると、波多津薫が階段の上から、こちらに手を差し伸ばしていた。舞台からの逆光で、顔が見えない。
ぼくは、雪だるまを抱えて旧日本兵たちと押し合いへし合いしながらも、なんとか階段下に辿り着いた。
波多津薫が伸ばした手を握って、なんとか、最初の一段を登った。
「助かった……」
そう言ってため息をつき、あらためて波多津薫を見て、ぼくは、思わず息を飲んだ。
濃いアイラインに、黒い口紅。
ゴシックロリータ調の漆黒のワンピースに、網タイツとブーツ。
……なんだか、とてつもな大人っぽくて、色っぽい衣装だった。
ぼくが思わず見惚れていると、波多津薫の後ろから二里と古賀のふたりが顔を出し「どうだ高田っち。惚れ直したか」と揃ってニヤニヤした。
「ほ、惚れな……」
ぼくが狼狽えると、
「わたし、やり過ぎだって言ったじゃん」
波多津薫が、真っ黒な唇を尖らせた。
「いいじゃん。“メアリーズブラッド”みたいでカッコいいって」
と二里が言い、
「薫、ちゃっきーと違ってペッタンコだけどな」
と余分な一言を添えた古賀が、波多津薫からボディブロウを喰らった。
「高田君、写真とろうよ」
波多津薫は、そう言うと、スマホを古賀に渡した。
……女の子とふたりで写真。
初めての事にどうしていいか分からず、ぼくは、直立不動でピースサインをする。我ながら"硬い"笑顔をつくってみる。
「もう、わたしたちは“こう”でしょ」
波多津薫が笑い、ぼくの眼前に“サタニックサイン”を出した。
「こら、もっとくっ付け高田っち!」
という二里からのヤジを聞き流し、ぼくと波多津薫は、初めて“ふたりだけの写真”を撮った。
「それ、どうするの?」
部長や他の軽音部員に挨拶をして自分の席に戻ろうとしたぼくに、波多津薫が、後ろから声を掛けた。
“それ”は、さっき演劇部に手渡され、そのまま持っていた雪だるまのハリボテだった。
「どこかで返そうか……と」
ぼくが言うと、いきなり、波多津薫が雪だるまを抱えあげた。
「高田君の“タカシ”って、どんな字だっけ」
突拍子もない質問に戸惑い、ぼくは、
「ほ、法隆寺の」
と、答えた。
「ホウリュウジ……」
波多津薫は、口の中で何度かそう呟いた。
「どうするの? それ」
今度は、ぼくが訊ねる。
波多津薫は“ニヤリ”として、
「この子には、君の代わりにローディをしてもらいます」
と、雪だるまを抱えて、スタスタと奥に行ってしまった。
*****
鶴さんの隣の席に戻った時、また、スマホが震えた。
「今日のローディ君2号」
というメッセージに、額に、
「竜」
と書かれた雪だるまの写真が、添付してあった。




