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第三十九楽章 LUNATIC PARTY

 そこにちょうど、古賀と二里が帰って来た。


「なにしてたのよ」


 と、頬を膨らませて波多津薫が訊くと、


「あっちで、ジェットスキーに乗せてもらえるんだよ!」


 と、興奮した口調で古賀が言った。


 見ると確かに、ふたりともうっすらと細かな水滴をまとい、身体が濡れて輝いている。


「ヤバいよアレ、めっちゃアガった! ふたりとも乗って来てみ」


 二里も、海の方を指さしながら同様に騒ぐ。


「それどころじゃないよ! ナツ、アキ。今からステージ!」


 波多津薫が、血相を変えると、


「は?」


 と、呆けた貌でふたりが言う。


「演奏していいって。楽器も借りれるから、ほら、曲えらぶよ!」


 そう言いながら、波多津薫がスマホを取り出す。続いて、古賀と二里も、あわてて自分たちのスマホを手に取った。


「年齢層は?」


 二里が言うと、


「四十から五、六十……ってとこか」


 会場を見渡して、古賀が答える。


「なら、コレとコレ。あと、コレは?」


 波多津薫が、スマホを指し示す。


「いいね。でも、コレはちょっと被ってない?」


「あ、そうか。……じゃあこっち」


「いいじゃん。じゃあ、この三曲」


 ……ぼくが呆気にとられているうちに、三曲が、軽音部のレパートリーの中から決まったらしかった。ずいぶんと、早い。


*****


「はい。頑張ってきて」


 ギタリストさんが、波多津薫に例の「バリアックス」を手渡す。


「ありがとうございます」


 それを肩に掛けて波多津薫はそう言うと、ステージにあがるちいさな階段の前に立った。続いて、タンバリンを持った二里、最後に、古賀がその横に並ぶ。


「円陣!」


 波多津薫がそう言うと、三人は互いの肩を組み合い、ちいさい円になった。


 はじめて見る光景に、ぼくは思わず生唾を「ゴクリ」とひとつ飲み込んだ。


「いきなりの演奏だけど……しっかりと演ろう」


 波多津薫が、力強い口調で言う。


「おう! お客さん、ウチでぜんぶ持っていこう!」


 二里が、負けないくらいの力強さでそう応えた。


「よーし! じゃあ、いくぞ。……“実業軽音部!”」


 いきなり古賀が、大きな声でそう叫んだ。すると、残りのふたりが、


「”keep on rocking”!!」


 とさらに大きな声で返す。そして、三人でおおきく両掌を打ち鳴らした。


 つられて僕も拍手をし、そして、それを見守っていたバンドの皆さんも、歓声をあげ、掌を打った。


 三人が、ゆっくりとステージにあがった。


 波多津薫はセンターマイクの前に立ち、タンバリンを持った二里が舞台下手側のマイクの前に、古賀は、キーボードの前に陣取った。


「こんにちはー! ウチ……私たち、伊万里実業高校軽音部です!」


 二里が、マイクを通して挨拶をする。


 会場から、小さく拍手と歓声が起こる。


「えっと、今日は、演奏させてもらえるって事で……。頑張りますんで、よろしくお願いします!」


 そう言うと、波多津薫と古賀と、アイコンタクトを交わす。


「まずは……“世界でいちばん熱い夏”!」


 二里の絶叫に、波多津薫のギターと、古賀のキーボードが被さった。


 古賀が、キーボードを駆使してベースラインを演奏して見せる。


 会場から、どよめきと歓声が同時に上がった。


 有名な曲なのだろうか。会場のボルテージが一気に上がったのが、ぼくにも伝わってきた。

 

 夏の青空を思わせる、爽やかで楽しい曲だった。知らない曲なのに、演奏に合わせて自然と手拍子を打ち、歓声をあげてしまった。


 曲の最中には、先程のバンドのベーシストさんとドラマーさん、さらに、バンマスの人も飛び入り参加してきた。


 ステージ上で演者各々がアイコンタクトを交わし、なんとも楽しげプレイした。

 

 ……年代も嗜好も違う赤の他人が、あっと言う間に打ち解け、同調できる。


“音楽って、凄いな。演奏できるって、楽しいんだろうな”


 ぼくは、素直にそう思った。


 演奏が終わった。

 会場から、やんやの歓声が上がる。


「続いて行きます! "ふたりの愛ランド“!」


 二里が叫ぶと、また、大歓声だ。


 サビは、どこかで聞いた記憶があった。キャッチャーで、凄く楽しい曲だった。


 なにより、演奏がいい。


 普段は練習している素振りなど微塵も見せないくせに、古賀と二里のパフォーマンスは、もの凄かった。


 演奏が終わると、客席から、さっきよりもさらに大きな拍手と歓声が湧き上がった。


 波多津薫と、古賀と二里は、額の汗を掌で拭って、笑顔を交わした。


 二里が、ふたたびMCにはいる。話し始める前におおきなハウリングが起こり、軽音部の三人は、顔を合わせて笑いあった。


「ありがとうございます! ……えっと、次で、最後です」


 二里の言葉に、拍手とブーイングが同じくらいの音量で、客席から上がった。二里が、苦笑いして続ける。


「ありがとうございます。……じゃあ、来年も、ウチら遊びに来てもいいですか?」


 二里の言葉に、客席から今日いちばんの大きさで、拍手と歓声が起こった。


「ありがとうございます。じゃあ、最後の曲……"少年時代"」


 古賀の奏でるキーボードの音色が、スピーカーを通してゆっくりと会場に拡がっていった。


 続いて、二里の歌声が会場に響き、波多津薫のギターが、しっとりとそれに色を着ける。


 美しい曲だった。

 そして、美しい演奏だった。


 二里がゆっくりと丁寧に歌う歌詞が、実際にビーチを包み始めた夕焼とリンクして、なんだかすごく、心に響いた。


 客席の皆もステージの演奏に酔いしれ、身を委ねていた。


 演奏が、終わった。


 最初は小さく、そして、まるで津波が起こったかの様な勢いで、拍手と歓声が、客席から巻き起こった。


 軽音部の三人とサポートに入った三人が、ステージの最前列で、並んで頭を下げた。


 拍手と歓声は、いつまでも、いつまでも止まなかった。


***


 帰りは、社長さんが運転するマリーナの白いバンで送ってもらった。


「ちょっとサスペンションの調子が悪いけど」と社長さんが笑ったその後ろに、引っ張ってきた荷物を積ませてもらい、それから、座席に乗り込んだ。


 古賀と二里のふたりは多少の揺れなどお構いなしに、シートにもたれ掛かって、ぐーぐーとイビキをかいて眠っている。その様子を見て、波多津薫が笑った。


「いやぁ、本当によかった。感動したよ。来年も、ぜひともよろしくね」


 社長さんが満面の笑みでそう言うと、


「はい! こっちこそ、よろしくお願いします」


 と、波多津薫が答えた。


 窓の外には、夕焼けに染まってキラキラ光る伊万里湾がひろがっている。その向こうに、シルエットになった造船所が見えた。開かれた窓からはいってくる潮の香りが、車内をたっぷりと満たしていた。


 ぼくらを乗せたバンは、真っ赤な夏の夕焼けを浴びながら、市街地に向けてガタゴトとゆっくり走り続けた。





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